第2話 アルゴセンター

『龍樹』は余程、儲かっているのだろう。新宿アルタ前の一等地の広大な敷地を買い占めて、巨大なアルゴセンターを建てた。二十階建てのその建造物は、一階が吹き抜けになっていて、大きなモニターがいくつもぶら下がっている。モニターにはアルゴの観光名所がリアルタイムで映し出されている。一カ所人だかりが出来ているモニターがあり、僕と年格好が似ている少年が映し出されている。アルゴのトピックスを写すモニターで、何でもステータスアップのアルゴのレコードを更新したらしい。

 アルゴは地球を模して作られた広大なバーチャルリアリティの世界だ。地球上では見られない奇景も多い。

 柱の側にはパンフレットが多数置かれており、アルゴのツアープランが多種多様に載っている。

 奥にはカウンターがあり、ツアーの申し込みや、儀体の申請、アルゴへの加入手続きの窓口があり、窓口の上にはアルゴの通過であるアルゴドルと現実のUSAドルとの為替ルートが示されている。金融窓口では現実の貨幣とアルゴドルとの交換や入出金が出来る様になっている。課金アイテムを売っている窓口もある。

「スゲーな……」

 馬鹿みたいな感想しか出て来ない。

「体験したら、もっと凄いぞ。えーっと、入会の窓口は……あった! あそこ空いてるぜ! 行こうぜ!」

 窓口に並ぶお姉さん達は美人ばかりだった。そのことを興奮して伝えると、丸井はにべもなく、「アルゴには美男。美女しかいないぜ」と答えた。


「いらっしゃいませ。ご新規の方ですね? 担当の新谷美枝と申します。暫しの間、お付き合いお願いいたします。それでは、こちらの用紙にご住所とお名前、生年月日をご記入頂けますか? その間、IDカードをお預かりさせて頂けますか?」

 僕はあらゆる個人情報の入ったIDカードを取り出して渡す。先進国の住人なら誰でも持っているもので、DNA情報まで入った代物でキャッシュカードにもなる。健康保険証にもなる。

「恐れ入ります。お客様。こちらの端末からパスワード入力をお願いします」

 アルファベットと数字のキーが並んだ横から見れない様にカバーの付いた電卓の様な端末でパスワードを入力する。

「ありがとうございます。しばし、お待ち下さい」

 新谷お姉さんはカウンターの奥に消えた。

 その間に必要事項を記入する。同意書にサインした後は、儀体の希望項目の記入になる。

 儀体の種類は人間種の白人にした。性別は『男性』『女性』『両性具有』とある。僕は横に座った丸井に尋ねた。

「なぁ? これって男が女の儀体も選べるのか?」

「選べるよ。SEXの時は、男には無い器官の感覚を味わうから気持ち悪いらしいが……。性同一性障害の人でもないと選ばないよ」

「じゃ、誰が両性具有なんて選ぶんだ?」

「そりゃ、バイの人だろう?」

「ネカマに騙される可能性はないのか?」

「少ないな。店にはネカマはいないから安心しろ」

 丸井は呵々大笑する。僕は白人種の人間で、金髪碧眼の二十歳前半で設定した。名前はスター・ドラゴンとした。何のことは無い僕のペンネームだ。職業は画家を選んだ。そこまで書き終えた所で、新谷お姉さんが戻って来た。

「赤城竜司様、お待たせしました。こちらのIDカードをお返しします。ありがとうございました。今日、お誕生日なのですね。十八歳のお誕生日おめでとうございます。アルゴセンターではお誕生日にご入会頂いたお客様に20ドル相当のマジックアイテムをプレゼントしております。こちらがアイテムの一覧ですので、ゆっくりお選び下さい。ボディーのランクはどうなさいますか?」

「―――へっ?」

 僕は間抜けな声を上げた。儀体にランクがあるとは知らなかったのだ。

 説明によると、儀体にはGからBまでのランクが設定されていると言う。アルファベットが上に行くほど値段は破格に上がる。Gランクのボディーには何の付加価値も無い代わり、単に観光を味わうには十分であるそうだ。それより上のランクにはランクに応じた筋力や武芸の技がインプットされており、武芸の経験が無くてもランクに応じた技が振るえる。アルゴでは冒険者が夜盗やごろつきに姿を変えることがままあるらしい。新谷お姉さんはDランクかCランクのボディーを勧めて来た。僕程度、ネットマネーがあれば、十分買える値段だし、まず、ごろつき程度には負けないと言う。Bランクは冒険者を希望した大金持ちが注文する特殊な儀体だと言う。

「お前のランクは?」丸井に尋ねると「Dだよ。腕試ししたことはないけど、カツアゲされるのは真っ平ゴメンだからな」と答えた。僕は丸井に習い、Dランクの儀体に決めた。マジックアイテムは次回のダイブで決めることにした。

「それでは、儀体の細部デザインとシンクロの調整に移ります。赤城様はお二階にご足労願います。丸井様はこちらでお待ちになりますか?」

「いや、先にダイブして向こうで待ってるっス。竜ちゃんのID教えて貰って良いスか? じゃ、竜ちゃん。ダイブポイントの教会の門で一時間後に会おう」

「では、丸井様は九階のダイブスポット、A-77でダイブして下さい。行きましょう赤城様」

 新谷お姉さんはお尻を振り振り、先へ立ち、エスカレーターへと向かう。丸井に手を振られながら、僕は新谷お姉さんのお尻を追いかけ、二階へと向かった。


(3)

 エスカレーターを上がったホールに近未来的デザインの露出度のやたら高い制服を着た金髪碧眼の肉感的な美女が立っていた。胸にタッチパネルの機器を抱えている。

「アリス。お疲れ様。こちらのお方が赤城竜司様です」

 新谷お姉さんにアリスと呼ばれた女性は、深々と僕に頭を下げる。ふくよかな胸の谷間に目が釘付けになる。

「赤城様の儀体を担当させて頂く、アリス・スチュアート2級技師官です。よろしくお願いいたします」

「ここからはアリス技師官が担当します。わたくしは持ち場に下がらせて頂きます。引継は完璧に出来ておりますので、ご安心を。それでは」

「赤城様、こちらへどうぞ。儀体のデザインを決めましょう」

 アリスお姉さんは極上の営業スマイルを浮かべた。

 アルゴセンターではセクシーで美人のお姉さんしか雇わないのだろうか?

 アリスお姉さんは僕を個室に招き入れた。広い個室の中央に全裸の男が直立不動しているので、肝を抜かれたが、それは本物と寸分違わぬホログラム映像だった。

「これが赤城様のベースとなる儀体のホログラムです。まずは顔から加工していきましょう」

「あ、顔なら決まってるんです」

 僕はバックからスケッチブックを取り出し、目的のページを広げて見せた。アリスお姉さんは驚きの声を上げた。

「これ、ゲームのスクラップ・キルの主人公じゃないですか? 版権とか取らないとこのままの顔には出来ませんよ」

「あ、僕。キャラデザ担当したんです。版権は僕にあります」

「まぁ! まぁ! まぁ!」

 アリスお姉さんはオーバーリアクションで驚く。

「ハンドルのスター・ドラゴン! イラストレーターのスター・ドラゴン先生本人でしたか! こんなにお若いとは! ちょっと、待って下さい!」

 アリスお姉さんは奥の部屋に引っ込むと夏の同人誌即売会でウチが出した同人誌を持って来た。

「是非、サインをお願いします!」

 サインをするとアリスお姉さんは「キャッ」と喜びの声を上げ、その豊満な胸に同人誌を抱き寄せる。代わって欲しいと思った。

「これなら設定は早く済みます。何か特殊能力は必要ですか?」

 仕事モードに戻ったアリスお姉さんが尋ねる。

「アルゴは初めてなので、特殊能力が必要かも分かりません」

「そうですね。職業が画家ですし、取り急ぎ必要なオプションは必要無いでしょう。後から付け足せますし……。では、儀体の設定は終わりました。では、全裸になって頂けますか?」

「―――ここでですか?」

 僕は驚愕と恥じらいの混じった叫びを上げる。アリスお姉さんはにっこり笑って頷いた。


「……う~ん。目立つ傷は盲腸の跡くらいですね」

 アリスお姉さんは全身をくまなく見て呟く。全裸の羞恥、扇情的なアリスお姉さんの制服、それらが相まって、アリスお姉さんが僕の盲腸の傷に触れたとき、性的興奮が高まった。それは僕の身体の一部を凶悪に変化させる。アリスお姉さんは天を向いてそそり勃つ一物を見て目を丸くして言った。

「―――若いのねぇー。角度が凄いわ」そう言って優しく握ると、「あんっ! 堅い! わたし、火が付きそう」とのたまった。

 僕はこの人は職務規程とか頭にあるのだろうか? と不安になった。

「オプションになりますけれど、ペニスのサイズとか形状どうされます? あと、盲腸の傷は儀体に写します?」

 いつの間にかペニスから手を離し、タブレットに入力している。

「盲腸の傷はお金かかるなら写さなくても良いです。……ペニスは……みなさん、どうなされているんですか?」

 僕は赤面して尋ねた。アリスお姉さんはまだ勃っている僕のペニスに視線を向けながら微笑んだ。

「おそそ、40%の方がペニスの勃起率を10から20%増やしていますね。16%の方がイボを付けたりカリを高くしたりされています。わたしの個人的な意見では、赤城様は何もされなくても十分魅力的ですよ♪」

 アリスお姉さんは頬を染めてハートマークの付いた笑顔を向ける。笑顔の効果に花が無数に咲くが、僕にはその花が食虫植物に見えた。

「それじゃ、オプションは要らないです。ノーマルのままで」

「じゃ、お顔だけですね? そのスケッチブックお借り出来ますか? 取り込みしたいので」

 僕はスケッチブックをわたす。アリスお姉さんはコピー機のようなもので、イラストを取り込むと、スケッチブックを僕に返す。

「少々、お待ちくださいね」

 にこやかに微笑むと、椅子にに腰を下ろして、メモ帳に何か書き出す。ふっと顔を上げて「赤城様も腰を下ろして楽にして下さい。儀体の完成に十分ほどかかります」と言う。僕は素直に腰を下ろした。アリスお姉さんはメモ帳を千切ると丁寧にたたみ、僕に手渡した。

「センターを出たら見て下さいね♪」

 妖しい笑顔で言う。僕はシャツのポケットにメモ帳を仕舞った。全裸のままである。この羞恥プレイは何時になったら終わるんだと思った。その時、ブザー音が鳴った。

 ホログラムの男性が一瞬消えたかと思うと、また、現れた。それは理想の僕の姿をしていた。ソフトマッチョの憂いのある美青年だ。

「確認して下さい。不都合な所があれば修正します」

 僕はまじまじとホログラムの青年をあらゆる角度から観察する。非の打ち所がない。完璧に僕の理想だ。

「完璧です。文句のつけようがありません」

「良かったですわ。ではこちらにサインをお願いします」

 アリスお姉さんはタブレット端末を僕に渡す。専用のペンでサインする。

「では、アルゴにダイブして頂きます。こちらのカプセルに入って下さい」

 銀色の2メートル程の長さのカプセルが半分開いている。

「アルゴへのダイブには『電気椅子』に拘束されるんじゃないんですか?」

「今週から導入された新しいシステムです。専用回線を引いているコアユーザーなら今も『電気椅子』ですけどね」

 アリスお姉さんはカプセルに横たわるよう指示したので、それに従った。頭部にバイオメットが取り付けられる。取り付けが終わるとカプセルが閉じて緑の液体が流入してくる。呼吸が出来ないと焦ったが、アリスお姉さんの優しい声が「怯えなくて良いです。グリーンスープが肺を満たせば普通に呼吸できます」LCLの様なものかと思う。実際、苦しむこと無くグリーンスープは肺を満たし、普通に呼吸が出来た。

「今からダイブを開始します。『アルゴ』の世界にようこそ」

 アリスお姉さんの声は遠く聞こえた。僕は白い煙突の内側を凄い勢いで上昇するのを感じた。堪らないと思った時に上昇は収まり、今度は落下が始まった。落下傘無しで飛行機から飛び降りた心地がした。落下が止まったと思った時、僕は新しい肉体で目覚めていた。

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