第10話 張り込み捜査は無茶苦茶大変④

「今日も順調順調♪」

「そうだな」

「……」


 翌日。俺と京子は朱莉と一緒にダンジョンに潜っていた。

 昨晩のうちに京子には状況を教えておいた。

 朱莉の家に借金取りが来ていることや、その借金取りが探索者であることなどだ。

 そして、今日行う予定の作戦を告げると、「ぜひやりましょう!」と二つ返事でOKしてくれた。


「次はどのダンジョンに潜る? さっきは色欲のダンジョンだったし、次は強欲かな? 嫉妬のダンジョンっていうのもありだよね」


 朱莉は移動中の電車内でも昨日と同じように元気に話しかけてくる。

 事情を知っていると、それが空元気だとわかる。


 表情は笑顔を作っているが、目は笑ってないし、声にもどこか影がある。


 午前中のうちに一緒にダンジョンに潜ってみて、朱莉はかなり限界に来ていると確信した。

 だから、予定通り、作戦を実行することにした。

 そのためには、朱莉にも作戦のことを話さないといけない。


 俺たちはターミナル駅に着いたので、電車を降りる。


 この駅周辺はかなり発展しているので、ダンジョンもたくさんある。

 だが、ここで電車を乗り換えれば、朱莉の家まで帰ることができる。


「あれ? 改札はそっちじゃないよ?」


 俺と京子は迷わず乗り換え駅のほうへと向かう。

 平日の昼間ということもあり、少し離れた場所にあるホームの近くにはあまり人がいない。

 もともとここで朱莉と話し合いをするつもりだった。

 ダンジョン関係の話は他人には聞こえなくなるが、借金取りの話はどの程度聞こえなくなるかわからないからな。

 人のいないこの辺りで話をするのがいいだろう。


 千葉方面へ向かう電車のホームはなぜか隔離されたような場所にあるんだよな。

 本当、なんでだろ?


「なぁ。朱莉」

「ん? 何?」

「俺たちに言ってないことないか?」

「?? なんのこと?」


 朱莉は本当に訳がわからないという顔をしている。


 いう必要がないと思っているのか、言いたくないのか。


 朱莉は他人にできるだけ迷惑をかけたくないと思っているみたいだし、おそらく前者だろう。

 知っていれば俺も京子もなんとかしようとするのはわかりきっているからな。


 実際、今なんとかしようとしてるんだし。


「ごめん。俺さ、昨日別れた後、朱莉の跡をつけたんだ」

「!!」

「詳しい話は警察官の人の話を立ち聞きさせてもらった。一週間前から朱莉のところに借金取りが来てるんだろ?」

「そ、それは……」


 朱莉が目を泳がせる。

 まさか知られているとは思わなかったんだろう。


 バツが悪そうに頬を掻く。


「本当にごめん。秘密を暴くような真似をして」

「ごめんなさい」


 俺と京子は深々と頭を下げる。


 朱莉は頭を下げた俺たちをみて手をぱたぱたとして焦る。


 借金取りたちは犯罪にも手を染めるような奴らだ。

 下手をしたら俺たちも巻き込んでしまうことになったかもしれない。

 だから、朱莉の中では悪いのは朱莉の方のはずなのに、なぜか頭を下げられているのだ。

 罵られたっておかしくないはずなのに。


「そんな! こっちこそごめん! 言ってなくて」


 俺たちが頭を上げると、今度は朱莉が深々と頭を下げる。


 今度は俺たちの方が目を白黒させる番だった。

 なぜ朱莉が俺たちに頭を下げているのかわからない。


 だが、朱莉がなぜ頭を下げているかは朱莉の次の言葉ですぐにわかった。


「絶対サグルっちたちには迷惑をかけないからさ。このまま一緒にダンジョンに潜らせてください。このまま稼ぎ続ければ一ヶ月中にはきっと借金が返せる! だから、お願いします!」


 朱莉の必死さがその声音からも伝わってくる。


 朱莉にとっては俺たちとダンジョンに潜って稼ぐことは地獄に垂れてきた一本の蜘蛛の糸のようなものなのだろう。


 本当は朱莉も借金を返しても何も変わらないと言うことはわかっているのだろう。


 だが、借金取りたちはあらゆる手段で朱莉たちを苦しめてくる。

 警察が動いても何も変わらず、実行犯を捕まえることすらできていない。

 今後も当分この苦しみは続くはずだ。

 それから抜け出すために、借金を返す以外の方法は思いつかなかったのだと思う。


 そして、俺たちとダンジョンに潜り続ければ、そう時間をかけずにお金が溜まり、借金を返すことができる。

 つまり、俺たちとのダンジョン探索は今いる地獄から抜け出す唯一の手段ということだ。

 なんとしてでも手放したくないと思ってるみたいだ。


 そんな心配する必要ないのに。

 俺たちはそんな回りくどいことをせずに直接的に相手を遠ざけるつもりなんだから。


「朱莉をパーティメンバーから外すつもりなんてないよ」

「そうです! せっかく見つけた信頼できる探索者なんですから! そう簡単に逃しませんよ!」

「本当!」


 朱莉は勢いよく顔を上げる。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


 朱莉は京子の親友だし、俺にとっては妹みたいなものだ。

 朱莉を見捨てるなんてありえない。

 朱莉が困っているなら尚更だ。


「今日言いたかったのはそのことじゃないんだ」

「じゃあどういうこと?」

「昨日、俺が朱莉の跡をつけてたって話はしただろ?」

「?? うん」


 朱莉は不思議そうな顔をする。

 まだ何かあるんだろうかという顔だ。


「そのあと、借金取りたちの後も追いかけたんだ」

「!! じゃあ、あいつらのアジトがわかったの!?」


 朱莉は期待の目を俺に向けてくる。

 アジトが見つかれば、そこに警察が乗り込んで一網打尽にできると思ったのだろう。

 だが、俺はアジトまでは着いていけていない。

 それに、アジトに乗り込んでもあいつらは逃げおおせてしまうと思う。

 多分、ダンジョンが近くにあるところにアジトを構えるだろうからな。


「いや、アジトまではついていけなかった。あいつらが逃げ出してすぐにダンジョンに潜ったからな」

「……!!」


 朱莉は俺の言っていることを理解すると、驚きで目を見開く。


「あいつら、探索者だったの?」

「あぁ。逃げながらダンジョンGo!を開いてダンジョンに潜ってたから、間違いない」


 探索者じゃない警察官には何も聞き取れなかっただろうが、俺には問題なくダンジョンについての会話が聞こえてきた。

 奴らが探索者であることは間違い無い。


「そうか、それで」


 朱莉も奴らが捕まらなかった理由に思い至ったらしい。

 唐突に朱莉たちの家の前に現れた理由にも。


「……つまり、借金を返すまでは今の状況が続くってことか」


 借金取りたちが探索者なら、探索者では無い警察官が奴らを捕まえることはできないだろう。

 ダンジョンに潜るだけで簡単に逃げおおせてしまうのだから。


「いや、それが、実は俺に考えがあるんだ」


 俺は朱莉にも俺の作戦を話した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る