第19話 服屋の店員は男性に厳しい②

「あれ? 生活が落ち着いたら、学校に行こうと思ってたんじゃないの?」


 ダンジョン内で話を聞いた感じだと、京子は学校のことがかなり好きそうだった。

 家にいづらい京子にとって、学校は唯一の居場所だったそうだ。


 落ち着いたらまた学校に通いたいと言っていた。


 俺の家に住むようにすれば宿代も浮く。

 そうすれば、ダンジョンに潜るのは放課後の時間だけでも十分のはずだ。

 だから、もう学校にも通えるはずだ。


 母親は放任主義だから、家出した京子が学校に通っていても何も言ってこないだろうとのことだし。


 授業料は入学の時に全額払い込んでいるため、また通うことは可能らしい。


 授業料はあったことのない父方の祖父母が払ってくれたそうなのだが、母親に横領されそうなので、入学時に全額払える学校を選んだそうだ。

 ほんとに大変な家庭なんだな。


「……今学校行くのはちょっと危ないかなと思ってます」

「どうしてだ?」

「多分大丈夫だとは思うんですけど、ケンタが学校を張っているかもしれないので。ほら、私、ずっと制服姿じゃないですか」

「あー」


 京子は昨日ケンタ達にダンジョン内で置き去りにされた。

 生き残れこそしたが、かなり危ない状況だった。

 俺が助けて一緒にEランクダンジョンを攻略したことでお金を稼ぐこともできたので、京子はケンタのことをあまり恨んではいないように見える。

 だが、側から見たら恨んでいて当然だ。


 恨まれる側のケンタとしては京子が生存しているか死亡しているかくらいは確かめておきたいだろう。

 京子はずっと制服で行動していたので、京子の学校は特定されている。

 学校で待ち伏せしていてもおかしくない。


 生存を確かめるだけで済めばいいが、生きていたらいっそのこと殺してしまうという手に出てくるかもしれない。

 京子をモンスターの前に置き去りにしたような奴だ。

 何をしてくるかわかったもんじゃない。


「だから、ほとぼりが覚めるまで、一週間くらいは学校に行くのは避けようかなと思ってます」

「なるほど。そういう理由なら俺も止められないな。じゃあ、今日は俺と一緒にダンジョンに潜るか?」

「良いんですか!」

「うぉ!」


 俺が一緒にダンジョンに潜ろうというと、ローテーブルに両手をついて京子は身を乗り出してくる。


 京子は今俺が貸したブカブカのパーカーを着ている。

 そんな状態で前屈みの体勢になるのは危ない。

 何がとは言わないが、本当に危ない。


 俺は赤くなった顔を逸らしながら京子に答える。


「あぁ。昨日、京子と一緒に潜ったのは結構快適だったからな。今日も一緒に潜れたら良いなとは思ってる。Eランクダンジョンに潜ることになると思うけど、大丈夫か?」

「問題ないです! むしろ嬉しいくらいです!」


 京子はニコニコと微笑む。

 心なしか体を揺らしているように見える。


 だから、さっきよりさらに危ない状況になっていた。

 これは、指摘した方がいいのか?


 えーい、ままよ。


「よかった。……それと」

「それと」

「前、見えそうになってる」

「え? きゃ」


 俺の指摘に京子は恥じらうように体を抱える。

 おそらく、調理中の汚れが気になって着替えていなかったのだろう。

 早く着替えた方がいい。


「……制服より、別の服を買った方がいいんじゃないか?」

「そうですね。制服で歩いていて、補導されそうになったこともあるので」


 ケンタ達と渋谷でダンジョンに潜っていた時も何度か補導されそうになったらしい。

 その時は全力で逃げたが、どうせなら服を変えてしまうのがいいだろう。

 その時はお金がなかったが、昨日Eランクダンジョンを攻略したおかげで、京子も数万円の収入を得ている。

 今なら服の一着や二着、普通に買えるだろう。


「とりあえず、服を買いに行った方が良さそうだな」

「そうですね」


 俺たちはお互い顔を赤くしながら、出発の準備をした。


***


「どうですか?」

「うん。可愛いと思うぞ?」


 俺たちは新宿まで来ていた。

 京子は清楚系のワンピースを着て俺の前に立っている。


 着崩した制服姿だと気付かなかったが、京子はかなりの美少女で、癖のないサラサラな髪は肩口で綺麗に切り揃えられており、白いワンピースを着ると、いいとこのお嬢様みたいに見える。

 正直、ドストライクだ。


「(サグルさんは清楚系が好みみたいね。ちょっとエッチなのも好きみたいだしし、夜はえっち系でせめて、昼は清楚系でいくのが良さそう)」

「ん? なんか言ったか?」

「いえ? なんでもないですよ?」

「そうか」


 何か言っていたような気がしたが、気のせいだったのか?

 いや、独り言だったら突っ込んで聞くのも野暮か。


「じゃあ、これをお願いします。クレジットカード払いで。あ。服はこのまま着ていきます」

「はいはい」

「え?」


 俺が近くでニヤニヤと俺たちを見守っていた店員にクレジットカードを渡すと、それを受け取った店員はスッと京子に近づき、手慣れた手つきで服のタグを回収していく。

 そして、颯爽と会計機の方へと行ってしまった。


「そ、そんな! 悪いです! 私、出しますよ」

「気にしなくていいよ。それくらいはプレゼントする。可愛い姿を見せてくれたお礼だよ」

「……! ありがとう、ございます」


 京子は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 店員さんにこう言えと言われたから言ってみたが、これでよかったのか?


 さっき、京子が着替えているうちに、店員さんが寄ってきた。

 そして、こういう時は男の方が奢るのが当然だし、ちゃんと褒めることという指示を出されたのだ。

 ちなみに、「可愛い姿を見せてくれたお礼だよ」っていうのも店員さんの仕込みだ。

 感情の消えた顔で迫ってくる店員さんに拒否する事はできなかった。


 助けを求めるように店員さんの方を見ると笑顔でサムズアップをしている。

 おそらく、これでいいという事なんだろう。


 彼女いない歴=年齢の俺より、百戦錬磨っぽい店員さんの方が信じられるだろう。


「……えへへ。可愛いって言ってもらえた」


 漏れ聞こえてくるセリフから、嫌がられてはいないようだし、よしとしよう。

 さて、この後はついにダンジョン探索だ!

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