第18話 服屋の店員は男性に厳しい①

「ん。うーん? 母さん? なんか良い匂いがするけど、朝ごはん何?」

「くすくす。ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」

「……はっ!」


 京子の声を聞いて、一瞬で眠気が吹き飛んだ。

 ベットから起き上がると、京子が楽しそうに料理をしている姿が目に入ってきた。

 制服が汚れるのが嫌だったのか、俺が貸した服装のままだ。


 どうやら、俺は京子と母親を間違えてしまっていたらしい。


 これは恥ずかしい。

 小学校の時、先生を間違えて「お母さん」って呼んじゃった時くらい恥ずかしいぞ。


 俺は顔が真っ赤になるのを止めることができなかった。


「冷蔵庫の中のもの色々と使わせてもらいましたけど、よかったですか?」

「え? あぁ。大丈夫だぞ」


 ローテーブルには二人分の朝食が並んでいる。

 納豆に味噌汁といった、「ザ・日本の朝食」という感じのメニューだ。

 これに塩鮭と海苔でもあれば完璧だった。


 当然俺の冷蔵庫の中にそんなものはないので、代わりにハムエッグが並んでいる。


「もう直ぐご飯も炊けるので、少し待っていてください」

「あぁ。わかった」


 俺はベッドから起きて、軽く身支度を整えた後、テーブルにつく。

 それとほぼ同時に、京子がご飯をよそって持ってきてくれた。

 京子はそのまま席に着く。


「えーっと。いただきます」

「はい。めしあがれ」


 俺が手を合わせて「いただきます」というと、京子は真剣に俺の方を見てくる。


「……」


 京子さん。

 そんな真剣な顔でみられてると食べづらいんですが。


 少し恥ずかしく思いながらも、目の前に並んだ料理を口にする。


「……! うまい!」


 一口食べただけで思わず顔が綻ぶ。

 そのまま二口目、三口目とどんどん食べ進めてしまう。


「よかった。口に合ったみたいですね」


 京子はほっとしたように微笑む。


 ご飯はいつもよりふっくら炊けている気がする。

 いつも使っている炊飯器で炊いたはずなのにだ。

 ハムエッグも、思っていた以上に美味しい。

 今までハムは生でしか食べてなかったけど、焼くと美味しいんだな。

 いや、味付けしてるのか?


 そして、何より味噌汁だ。

 いつもはインスタントしか食べないから、ちゃんと作った味噌汁なんて、母さんが東京に遊びにきた時以来だ。

 母さんの味噌汁とも少し違い、どことなくホッとする味がする。


 俺は夢中で朝食を食べきった。


「ふぅ。食った食った。ごちそうさまです」

「お粗末さまです。喜んでもらえたみたいでよかったです。もっと色々と材料があればちゃんとしたものが作れたんですが」

「いやいや、めちゃくちゃちゃんとしてたよ! 本当にありがとう」


 俺は朝食は食べないか、食べても軽いものだけだったが、今日の朝食は美味しかったので、夢中で食べてしまった。

 それくらい美味しかったのだ。


「こんな朝食なら毎日食べてもいいな」

「!! なら……!」

「ん? なんだ?」

「いえ。何でもありません(落ち着くのよ、京子。まだ攻めるタイミングじゃないわ。今はなし崩し的にこの部屋に住み続けるのが先決よ。ここで攻めて部屋から追い出されたら元も子もないわ)」

「……そうか」


 独り言をぶつぶつ呟く京子のことは気になったが、何でもないというのであれば、何でもないのだろう。

 お局の武井さんもこういうことよくあったし。

 そして、こういう時にツッコむと高確率でキレられるのだ。

 キレる若者とかいう言葉がよくあるが、年配の方の方がよくキレると思うんだよな。

 しかも、長い間ネチネチと根に持ち続けるし。


「そうだ。京子。この後どうするんだ?」

「!!」


 俺が、質問すると京子は体をこわばらせる。

 俺、そんな体をこわばらせるようなこと聞いたか?


 そして、しばらく俯いた後、上目遣いに俺の方を見てくる。


「えっと、この家に置いてもらえないでしょうか」

「……あぁ。この家にいたいなら京子が居たいだけいてくれていいぞ」

「!! サグルさん! ありがとうございます」


 京子は捨て猫のような表情から一気に笑顔になる。

 よく、こういう時、花の開花の高速再生に例えられるが、本当にそうだな。

 みるみるうちに表情が変わっていく様子は見ていて面白いものがあった。


 面白がってたら怒られるかもしれないけど。


(こんなに喜んでくれるなら、いくらでもいてくれて大丈夫だな。昔の俺なら断ってただろうけど、今ならちょっとくらい警察に捕まっても大丈夫そうだしな)


 社会人にとって、警察のご厄介になるというのは死活問題だ。

 もし、女子高生を家に連れ込んでいたとなれば、会社をクビになることは間違いない。

 前の社長なら俺のこともちゃんと知ってくれていたから、首にされないかもしれないが、武井さんあたりはかなりキツく当たってきそうだ。


 その点、今なら大丈夫だ。

 運営元はどこかわからない『ダンジョンGo!』で稼いでいるからな。

 それに、このままEランクダンジョンに潜り続ければ一日に数万円は稼げる。


 稼げるうちに稼いでおけば、もしダンジョンで稼げなくなっても大丈夫だろう。


「俺が聞きたかったのは、そうじゃなくて、今日この後どうするかってことだよ。お金稼ぎにダンジョンに行く? それとも、もう当分生活できそうな金額は稼げたし、学校の方に顔出してみる?」


 俺の質問に京子は思案顔になった。

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