歌渡り
ほがり 仰夜
雨浜暮らし
白く消えゆく終着駅
ここは地の果て、海の底。灰色の空。雪が積もる。闇に閉ざされている。白い闇。吹雪だ。なにも見えない。俯く。呼吸を邪魔する風雪。なんとか顔を上げる。たたきつける雪のつぶて。細かくばらばらと、痛い。薄く目を開けて吹雪の向こうを見る。巨影が揺らめいた。鬼だとか墓標に違いない。
生の果て、死出の岸辺。どこへも繋がらない終着駅。人は暮らしているのか。誰ともすれ違わない。動くものがない。地吹雪で両手の届く範囲しか見えないから、いないとも言えない。いるのかもしれない。いたら驚く。真っ白な雪だるまが歩くのみ。
「とんでもない場所に来たもんだ」
たまらずぼやくと口の中に雪が入ってくる。熱が奪われる。黙るしかない。まつ毛に雪が積もって凍る。俯いて雪を踏みしめる。一歩一歩が重い。風の渦の中でもみくちゃになる。どこに向かうべきかもわからない。駅に戻って晴れ間を待つべきか。見回す。雪を踏んで来たはずなのに足跡はすでに消えている。進めず、戻れもしない。歩く。雪が鳴る音だけがやけにはっきりと聞こえる。縮こまって歩く。ぶつかる。雪の塊だ。いいや、真っ赤な鬼火だ。違う、人だ。
「いてて、すみません」
「悪かった、なにも見えなくて」
「お互いさまで」
「ひどい雪だ」
二人は頭に積もった雪を払う。いやはやと顔を見合わせる。鬼火をぶら下げた雪の塊、改め人が一瞬目を見開く。
「あっおまえ」
「え、どなた?」
「とぼけるんじゃない。三百年ぶりか?」
「いや俺覚えていないんだよ」
「なぜ来た」
「俺が聞きたいよ」
吹雪の中を彷徨っていた男は寒さに震えながら記憶が解凍されるのを待っている。思い出したくない気がする。腐れ縁のような気がする。凍らせたままにしておきたいところだが寒すぎていつまでもとぼけていられない。
「おまえに頼むのも癪だが今日ばかりは頭を下げるから雪を凌げる場所に連れていってくれ」
「わからん」
「何千年この地に住んでいるんだ」
「住んではいるが、ホワイトアウトしているんだ、わかるわけがない」
「なんでここにいる」
「灯油買いに来た」
雪の塊は片手の鬼火もとい赤いポリタンクをゆらゆらさせる。中身は調達済みらしい。帰り道を吹雪に阻まれたらしい。こんな日に灯油を切らすとは準備が足りない。無策の二人は立ち尽くす。雪だるまになる。
「おーいシラヌイ」
雪煙の中から声。どこにいる。誰を呼んでいる。鬼火の男が振り返る。そういえばそんな名前だった気がする。彷徨う男も辺りを見回すが救いの光は見えない。雪がただある。
「あ、コギ。助かった」
「早く帰ろう、凍ってしまう」
「耳が取れそうだよ」
二人が並んだ。迎えに来たのは白いコートの子供だった。雪に隠れてやって来たらしい。あぶないから濃い色のコートを着なさい。小言を引っ込めて雪の妖精に懇願する。
「俺も、俺も連れて行ってくれ」
妖精は一瞥しただけで良いとも悪いとも久しぶりとも言わない。呆れている。あるいは凍えている。
「寒い、行こう」
コギを先頭に縦に並んで歩き出す。灯油がたぷたぷ言っている。
「寒い、口数が減っちまう」
「喧しいのがいるね」
「しかたがないから連れて帰ろう」
助けあうしかない。こんな果ての地では。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます