第18話 『追跡!怪しい男たち!』

 ◆レーヴェ 中央区◆


 ……近い。


「……なぁエルシェ、せめてもう少し離れてくれないか?」


「何を言ってるんですか少年。これ以上横に出たらあっちにバレてしまうかもしれないでしょう。我慢してください」


 声の調子を落とし、ひそひそ声のボリュームで会話する俺たちは今、物陰に隠れ行商人一行を追跡していた。


 少し離れたところにある通りの角から道を行く彼らの様子を伺っているものの、現在の状況は、といえば───俺の顔のすぐ前にエルシェの後頭部があった。


 隠れて相手を追跡する尾行という事情上、限られたスペースを二人で共有しなくてはならない場面が多い。

 密着するせいで時折顔にかかる青髪がくすぐったく、俺は下手したらくしゃみが出てしまいそうだった。無論こんな大事な場面でくしゃみなどしてしまえば怒り狂った青髪の騎士にフルボッコにされてしまう未来は見え透いている。


「それで、結局なんであの人たちが怪しいってことになったんだ? 見たとこそこまで悪そうな感じには見えなかったぞ」


「理由はいくつかありますよ。まず第一に、彼ら行商人にしてはあまりに重装備でした」


「重装備?」


「もちろん全国各地を歩いて回るのですから、自分たちの身と品物を守るために行商人は相応に武装しています。剣やナイフ、あるいはメイスなどですね。それ自体になんら違和感はないのですが……先ほど見た限りではあの一行、全員が少なくとも二種類の武器を携帯していました」


「うーん……でも、それだけ物騒なところを旅してきたんじゃないか? あるいはとんでもなく重要な品物だとか」


「その可能性もあります。でもだとすると、護送用の傭兵を雇っていない点が不可解です。彼らの来ている服はそれなりに上等で清潔なものでしたし、経済的事情があるとは思いにくいです」


 なるほどな。言われてみればそうだ。エルシェは意外と人をよく観察しているらしい。


「それに、あのあまりの大荷物も引っかかります。スフィリアの海上輸送路の主要な中継地でもあるレーヴェに行商人がやって来ることは珍しくありませんが、あんなに大きな荷物を持った行商人の一行は一度も見たことがありません」


「さらにその中身を教えてくれなかったからなおさら怪しい、ってことか」


「はい。そしてこれは彼らが怪しい三つ目の理由でもあるのですが……あれだけの大荷物であるにも関わらず、なぜか馬車ではなく台車を使ってわざわざ人力で引いている、という点。馬は人間よりもずっと力がありますし、あれだけの大荷物を人に引かせて移動するとなると、馬に引かせるより労力も時間も無駄にかかってしまいます。なのになぜか人に台車を引かせていた───不自然だと思いませんか」


「確かにそれはおかしいな……」


「ええ。さっきの質問への回答も妙に歯切れが悪いものでした。おそらく彼らは何かを隠しています。例えば───あの荷物の正体だとか、ですね」


「荷物の正体、ね。俺にはさっぱりわからないけど、お前は見当がついてるのか?」


「そうですね。まだ確証はありませんが、なるべく外部の人間を傭兵すらも雇わず、馬も使わず、というより使えない事情があるとなると……考えられる候補はそう多くありません。───恐らくですが、ベスタですね。それも、密輸」


「……っ⁉」


 そんな馬鹿な。ベスタ、だと? まさかここであの魔獣の名が出てくることになろうとは思いもしなかった。


「密輸っておい、それ本当なのか? だとしたら……」


「当然連邦法でもレーヴェの法律でも厳しく取り締まられていますから、かなりの重大事件ですね。ですから私たちが今こうして追跡しているのですが……あ、少年次行きますよ」


 物陰から物陰へと移り、俺たちはこそこそと一行を追いかける。


「仮にあの台車に乗っているのがベスタだとすれば、なんで荷車に馬を使ってないんだ? 引かせればいいじゃないか」


「馬……というよりほとんどの動物は本能的にベスタを恐れ、忌避します。動物は感覚が鋭いので、たとえ布で覆い隠していてもかすかな臭いなんかでベスタの気配を察知してしまい取り乱してしまうんですよ」


「それで人力で運んでるってわけか。でもベスタをわざわざこんな孤島に密輸する意味はあるのか? いや、そもそもレーヴェでないにせよベスタなんかの密輸に何のメリットがあるんだ」


「ベスタの毛皮や爪、牙は裏市場において高値で取引されるようです。また死骸は衛兵局に差し出せばそれなりの額で買い取ってもらえるので、利益目的での密輸というケースも存在するんですよ」


「……ということは、この間俺が遭遇したのは」


「密輸されてきたベスタが何らかの理由により外に解き放たれた個体、という可能性もありますね」


 マジかよ……。


 それが本当だとしたら恐ろしい話だ。例えばベスタが檻を壊して外へと逃げ出したのだろうか? 

 それとも、何者かが意図的に放した? 後者ではないことを切に祈るばかりである。もっとも密輸されたものでないことに越したことはないのだが。


「そういうことですのでこのままみすみす彼らを見過ごすわけにはいかないという訳です。さぁ行きますよ! 騎士の掟第3条! 『怪しい人物はとりあえず追跡せよ』です!」


「それ、俺の時も地下牢で似たようなこと言ってなかったか……?」


「むっ、細かいことを追求するようでは私のような誇り高き騎士になれませんよ少年」


「いやだから俺は騎士になるつもりはないっての……あと、近いって」


 そんなやり取りをしながら、俺とエルシェは男たちの尾行を続けた。


 ☆


「そろそろ夜になるな。けど……」


「まだ大きな動きはありませんね。ですが、これからです」


 物陰に隠れながらもふと空を仰ぐ。

 日は既に半分ほど沈んでおり、視界は薄暗い。レーヴェではもう夜の帳が下り始めていた。時間帯もあってか街に人気は少なく、メインストリートはさすがに多くの人でごった返しているもの、そこから少し外れた───より具体的には俺たちが今いる街の片隅の方では、もはやチラホラとわずかに人の姿が見えるだけだった。


一回騎士団《クラン》の本部に戻って、ロアさんに知らせたほうがいいんじゃないか? 心配してるかもだし」


「ああ、多分大丈夫です。あの人は基本的に仕事と睡眠のことしか頭にない人なので」


 そうなのか……。まぁ、たしかに言われてみればそんな気はするけども。


「それにしてもあいつら、さっきから街中を練り歩くだけで全然それっぽい動きを見せないな。やっぱり本当にただの行商人の一行だったりしないか?」


「いえ、まだ彼らが行商人である、あるいはベスタの密輸業者であるという証拠を掴めていません。せめてあの荷物の中身がわかるまでは追いかけましょう」


 かれこれ数時間、俺たちはこうして離れた場所から物陰に隠れて男たちを尾行していた。

 男たちは俺たちと別れた後、エルシェに案內された宿屋の前までは行って立ち止まり、しばし建物を眺めていたもののなぜか肝心の中には入らず、そのまま再び歩き始めると水上都市の各地を回り始めたのだ。


 たしかにそれ自体がかなーり不審で怪しい行動ではある。あるのだが、いまだ彼らがベスタの密輸業者である証拠は何一つとして掴めていない。


「あ、待った! また止まりましたねあの人たち」


 そしてこのように、時おり人のいないところで立ち止まっては何やら話し始める。

 一体何を話しているのだろうか、会話の内容までは聞き取ることができない。だが彼らは俺たちが後をつけている数時間、ずっとこの行動を繰り返していた。


「一体どこが目的地なのか……いえ、あるいは目的地なんて存在しないのかもしれません」


「お、また動いた」


 ガラガラという台車の音に反応し、俺たちはまたこそこそ隠れながら尾行を続ける。


「ここは……随分とまた暗いところだな」


 次に台車が止まった時、周りを見渡してみればそこは辺り一帯が建物の影で覆われており、大きく日陰となっているような場所だった。


 既に時間帯の関係で街はかなり薄暗いのだが、この辺りはより一層顕著で目を凝らさなければ少し離れた場所にいる彼らの姿が見えない。


 一応外灯が設置されてはいるものの、まだ時間が早いのかあるいは壊れているのか明かりは点いていなかった。


「こんな暗い場所で立ち止まって一体何を……また話し始めたな。はぁ、今までと同じか」


「いえ、でも……今までとはどこか様子が違うような」


「様子?」


 エルシェの言葉に男たちをよく見てみると、たしかにどこか様子がおかしかった。


 相変わらず会話の内容は聞き取れないが、こう……怒っている、怒鳴っているような声だ。今までとは打って変わって雰囲気が異なる。


「……だって言ってるだろ‼」


「うるせぇ! 大体お前は……」


 風に乗って、男たちの発する言葉の断片が少しだけ聞こえてくる。だがそのいずれにも互いに文句を言い合っているような、強い怒気がこもっていた。


「内輪揉め、でしょうか」


「みたいだな」


 事情はわからないが、どうやら男たちは揉めているらしかった。わざわざ人気のないところに移動したのは、口論を住民に聞かれて余計な騒ぎにならないようにしたためか。俺とエルシェは顔を見合わせると、引き続き男たちの口論をじっと息を潜め観察していたが───突如として、背後でザッと鳴った何者かの足音に心臓が凍りついた。


「───っ⁉」


 背後にまで迫られていたことに、全く気づかなかった。誰だ!? 俺とエルシェは慌てて振り返る。


「誰ですかっ⁉」


 と、そこにいたのは。


「……女の子?」


 三、四歳くらいの、小さな女の子だった。レーヴェのどこにでもいるような服装で、髪の色もどこにでもいるような薄い茶髪。見た限りでは本当に街を歩いていてよく見るような、普通の女の子だ。

 だがしかし、何があったのかその瞳は今にも泣きそうなほどに潤んでいた。


「……っ」


「ま、迷子……? あっ」


 話しかけようと思ったその瞬間、女の子はぴゅーんと突っ切って俺たちを横切ると、男たちの前に走っていってしまった。


「どうしてこんなところに小さな女の子が……⁉」


「おそらく、ご両親とはぐれて迷子になってしまったのかもしれません。それで偶然この辺りに迷い込んでしまい……大人の大きな声が聞こえてきたのでびっくりしてここに来てしまった、と」


「そんなことあるのかよ。 確かにこの島は結構広いみたいだけど……ってそれどころじゃないよな?」


 男たちの方へと視線を戻せば、突如として現れた小さな女の子に固まっていた。

 まぁ、そうだよな。いきなり小さな子が現れたのだから当然の反応ではある。


 彼らは一旦怒鳴り合うのをやめると女の子の方へと向き直り、また何やら話し始めた。おそらくはこの子をどうするべきか話し合っているのだろう。


「……おい、どうすんだよこの子。やっぱり……」


「……いや待て、下手に殺るのはリスクが……」


 最大限まで耳をすませば、風に乗ってやはり断片的な会話は聞き取れるものの、はっきりとは聞こえない。

 彼らは女の子を前にしばし話し込んでいたが、やがて結論が出たようで、一人の男が女の子の前に進み出た。昼間エルシェに道を訊ねた、あの初老の男だ。


「……」


 握る手に自然と汗が滲み、力が入る。


 彼らは一体女の子に対してどう出るのか。その対応次第で、俺たちは大きく動くことになるのだ。願わくば、彼らがあの女の子に優しくほほ笑みかけてくれるといいのだが───残酷なことに抱いたそんな希望はすぐに潰えた。


 男は冷たい顔で懐からナイフを取り出すと、あろうことかそれを女の子へと向けたのだ。


「っ!」


「少年」


 咄嗟に飛び出そうとした俺だったが、気づけばエルシェが俺の肩に手を置いていた。


「ど、どうした!? 早く行かないと、あの子が───」


「お前はここから決して、動かないでください。最悪その場合、命を落とすことにもなるかもしれませんから」


「え……⁉ それって、どういう意味で……」


「簡単な話です。あの子には絶対に怪我一つさせません」


「と、いうと……?」


「まだわかりませんか? ここからは───レーヴェの秩序と平和を守る誇り高き騎士の出番という訳ですよ」


 ───次の瞬間、視界からふっとエルシェの姿は消えていた。

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