番外編:わたしと恥の上塗り作戦と千草ちゃん
「うわー、やば。ほんとに。やば……」
と、まあ。時が流れるのは早いもので。あっという間にレクリエーション当日の早朝。わたしは服やらなんやらの入ったボストンバックを担いで、おかあさんの車から降りた。流石にこれ持って自転車で来るのは無理そうだったので送ってもらったのだ。
吉井さんの手回しもあってか千草ちゃんと同じ班になれたのはいい。だけどやっぱり、とんでもないことをしてるんじゃないかと頭がぐるぐるしっぱなしだ。
わたしと同じく千草ちゃんもレクリエーションのことをすっかり忘れてたらしく、わたしと寝泊まりすることを知ったときはおでこまで真っ赤にしていた。
だからかこの1週間、喋ることはあってもお互いになんだかすごくぎこちない。人間をやめてターミネーターならぬポンコツな小ー実ネーターになった気分だ。このままだと溶岩じゃなくお風呂に沈んでいくことになりそう。
「おはよ、早いね小実ちゃん。昨日は寝れたー?」
「おはよ……そんなわけないじゃん……。ずっと妄想しっぱなしだよ……千草ちゃんのこと……」
集合場所の正面玄関前までやってくると、片手をあげながら同じ班の吉井さんが近づいてきた。残念ながらとわたしが首を振ると吉井さんは『健全でよろしい』と笑ったのち、こっそりと耳打ちしてくる。
「小実ちゃん。やるなら今日、だかんね」
「……うん、わかってる」
頷くと、吉井さんはぽんとわたしの肩を叩いてかすかに笑った。
「――おーい! どっとちゃん! 使徒子さん! おっはよー!」
と、そのとき正面から元気な声。向こうからポニーテールのバドミントン部少女、奥田瑠衣さんが猛スピードで走ってきていた。
「あ、おはよう奥田さん」
「瑠衣ちゃん、今日も元気だねぇ」
「まあね! 元気だけがあたしのとりえだから!」
あっはっは、と快活そうに両手を突き上げる奥田さん。彼女もわたしたちの班の一員だ。千草ちゃんと仲がいいこと。そして彼女も女の子と付き合ってること (告白現場をのぞき見したわたしたちはともかく、吉井さんはなんで知ってるんだろう)から、吉井さんが班のメンツに入れることを提案した。実際話したことはほとんどないけど、気は楽だった。
そんな奥田さんはわたしのことを『どっとちゃん』と呼び、吉井さんのことを『使徒子さん』とあだ名で呼ぶ。
わたしのは小実って名前がネットのURLに使われてるドットコムに似てるから、吉井さんのは美里って名前をエヴァのミサトさんと掛けてるらしい。
千草ちゃんの苗字、『漆』を『膝』と読み間違えて膝子さんと呼び始めたのも奥田さんなので、まああだ名付けのセンスがかなり独創的な女の子……って認識だった。
「あれ、そーいえば膝子さんは?」
「まだ……来てないかな。時間的には余裕あるから大丈夫だと思うけど」
「珍しいねー、あの子入学式に遅刻したときから時間にめちゃ厳しいのに。ねぇどっとちゃん」
「あ、う……そうだね……っ!」
入学式かあ。あれがあったから千草ちゃんと出会えたんだよね。わたしが思い出してちょっとどぎまぎしつつ奥田さんに答えると、吉井さんがにやにや笑いながら話を続けた。
「うーん、千草ちゃんは緊張してるとそういうの見えなくなるタイプだからねー。多分今日もどっかの誰かさんのせいで緊張してるんじゃないかな」
「えー! それってあたしのことぉ!?」
「うん、瑠衣ちゃんはそういうキャラでいいや」
その後も2人と話しつつ、千草ちゃんを待つ。でも集合時間まであと5分になっても彼女は姿を見せない。まさか、風邪とか? わたしは不安になってくる。
「ちょっとわたし、校門まで行ってくる!」
2人に告げて、荷物だけ置いて走り出す。息切れしながら校門までついたとき、向こうから見知った姿の少女が丁度走ってきてるところで、ほっとした。
「千草ちゃーん! おはよー!」
手をぶんぶん振って彼女の名前を呼ぶ。遠くからちょっと見えただけなのに。心が晴れやかになっていくみたいな、心地いい何かに包まれているみたいな感覚があった。
「お、おはよ……四ツ足さん……ごめん……時間間違えて遅れちゃった……」
千草ちゃんはでっかいカバンを地面に下ろして、わたしの横でぜえぜえと荒い息を吐いた。おでこに汗が浮かんでるからよっぽどすごいスピードで走ってきたんだろう。
「ううん、大丈夫。まだ間に合うよ。ほら行こっ」
わたしは千草ちゃんのカバンを持って、彼女の背をさすった。千草ちゃんは顔を背けて『ほんと……優しいね。ありがと……』と呟いてのろのろと立ち上がる。
多分だけど。千草ちゃんが時間を間違えるほど緊張したのって、わたしと泊まったりお風呂入ったりすることに、だよね。
だったら、わたしも恥ずかしいけど勇気を振り絞らなきゃ。告白したときのことを思い出つつも。吉井さんとレクリエーション前に相談したあの『作戦』を開始するなら――今っ!
「ねぇ、千草ちゃん……」
「!」
そっと、カバンを持ってるのとは逆の手で横の千草ちゃんの手に触れる。一瞬身体を強張らせるのがわかったけど、千草ちゃんはすぐに指を絡めてきた。恋人繋ぎ。ここまでは付き合う前からやってる。
「わたしたちって、付き合い始めてからそれっぽいこと、まだしてないでしょ? キスもまだ2回だけだし……」
「え……! あ、うん……そうだけど……」
いきなり直球で切り出したわたしに挙動不審になりつつも、千草ちゃんは頷く。そんな大好きな女の子に、わたしは顔から発火しそうなのを抑えて思い切った提案をした。
「だからさ、この合宿中――どっかで
「え、ええええええええええええええええええええええええ???」
何言ってるんだこいつとばかりにぐるぐるの目になってわたしの顔を覗き込んでくる千草ちゃん。うん、わたしもおかしなこと言ってると思うよ? でも――これは作戦なんだ。わたしと千草ちゃんがもっと距離を縮めるための、ね!
わたしの相談を受けた吉井さん曰く、『けっ、初心野郎が。惚気やがってよぉ。お風呂やお泊りが恥ずかしいなら、もっと恥ずかしいことしちゃえばいいじゃん! 恋人らしいこともできるしさー! 名付けて――恥の上塗り作戦!』。
最初に吐き捨てるように言った言葉が本心な気がしないでもないし、内容もおかしいし、恥の上塗りも多分違う意味だと思うけど。
あと吉井さん、面白がってこんなはちゃめちゃなこと提案してないよね? 違うよね?
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