イマジネーション。
音佐りんご。
イマジナリーフレンド。
◇
ベッドに私が眠っている。
以下、夢であり追想。
私:昔、私はずっと大好きだったイマジナリーフレンドに、
彼:「思穂。お前は友達じゃない」
私:と言われた。
それはとてもショックだった。
私:そう、私のそばには物心ついたときからイマジナリーフレンドの彼、空木想太がいた。
もしかしたら、想太は物心つく前からいたのかも知れない。
いつから? どうして? そう思ったことはたぶん無い。
兄弟とも、幼なじみとも違う。
私にとってイマジナリーフレンドは、想太はそこに居て当たり前の存在だった。
彼:「思穂! 一緒にトランプしよ!」
私:幼い私の病室に彼はよく遊びに来た。
彼:「思穂! 元気になったらサッカーしようぜ!」
私:彼のを分けてもらったのか、サッカーは無理でも、私は外で遊べるくらいになった。
彼:「思穂! こっち来て! 珍しい花が咲いてるんだ!」
私:想太との日々は驚きと発見に溢れてた。
彼:「思穂! 何してるの?! 本読めるんだ! すごいね! どんな話なの聞かせて!」
私:私は想太が好きだった。
彼:「思穂! 大好きだよ!」
私:けれど、恥ずかしくてあまり私は好きだって言えなかった。
彼:「思穂! 一緒に学校行こうぜ!」
私:想太と私は一緒に大きくなった。
彼:「思穂! 宿題教えて!」
私:小さい頃は落ち着きの無い子だったけど、
彼:「思穂。なんか辛いことでもあった? 話聞くよ」
私:いつの間にか頼りになる存在になってた。
彼:「思穂。そういえば小さい頃に見つけたあの花好きだったよな。最近やっと名前分かったんだ、ほら、この本の花、そうだろ?」
私:いいえ、最初から頼りになる存在だった。
彼:「思穂。なんかあったら俺に言えよ?」
私:背も気が付いたら私より高くなってた。
彼:「思穂。……いや、何でも無い。ああ、駅前に美味しいパン屋見つけてさ、帰りに寄ってかない?」
私:知らないうちに、どんどん好きになっていった。
彼:「思穂。……俺の顔に何か付いてる?」
私:空木想太、彼は友達、イマジナリーフレンド。
彼:「思穂」
私:友達。そう、友達の筈だった。
彼:「思穂。お前は友達じゃない」
私:彼はあの時そう言ったんだ。
私は泣きたくなった。
彼:「なぁ、思穂」
私:けれど、その後すぐに彼は笑顔で言った。
彼:「お前は友達じゃない。恋人、だろ?」
私:私は何も言えなかった。
彼:「思穂。好きだ。付き合ってくれるよな?」
私:イマジナリーフレンドはイマジナリー彼氏になった。
彼:「思穂。今日はどこ行きたい?」
私:幸せだった。それまでとは違う楽しさ。
彼:「思穂。今日、楽しかったな。って、何ぼーっとしてるんだ? 疲れた?」
私:驚き、発見。
彼:「思穂。俺さ、お前のこと、守るよ」
私:想太への、思い。
彼:「思穂。誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとな」
私:彼とのかけがえのない日々。
彼:「思穂。ずっと一緒に居よう」
私:重ねた時間と足跡はもう数え切れない。
彼:「思穂。俺ってさ、……やっぱ何でも無い。次の休み、どこ行く?」
私:そんなある日、
彼:「思穂。話ってさ、何?」
私:少し不安そうな、けれど、覚悟したような顔の想太。
そして私にも不安があった。
けれど、それを口にしたら全てが消えてしまうような気がして、怖かった。
彼:「思穂。いいよ、ゆっくりでいいから、俺に話して。ちゃんと、聞くから」
私:「あなたは……」
彼:「うん」
私:「想太は、私の本当の……彼氏じゃなくて」
彼:「うん」
私:「私の……」
彼:「うん」
私:「夢咲思穂のイマジナリーな存在」
彼:「…………」
私:「空木想太はイマジナリー彼氏……なんだよね?」
彼:「…………」
私:「…………」
彼:「……そうだよ」
私:彼はとても傷ついたような顔をしていた。
実在性の不安。
そんな物は、彼が一番分かっていることだったのに。
私は彼に言ってしまったのだ。
私:「……そう、だよね」
私:でも、だから、この関係は、もう、終わりなんだって。
それが少し肩の荷が下りたような、
なのに胸を冷たい針で刺されたような、
そんな感覚がした。
私は私が最低だと思った。
彼:「なぁ、思穂」
私:けれど、その後すぐに彼は笑顔で言った。
彼:「思穂。俺は、そうだな、空木想太は、お前の言う、本当の意味で彼氏じゃないよ。ずっとずっと、俺達は小さい頃から一緒に居た。けど、実際は、実在性だって怪しい、すごくふわっとした存在だ。お前が瞬きしたら、次の瞬間には、もうそこに俺はいないかも知れない。そんな曖昧な存在が俺だ。けどさ、ああ、でも、思穂。なぁ思穂……、夢咲思穂。俺はお前のことが、君のことが、ずっとずっと好きなんだ。初めて会ったときから、いいや、俺が俺になった時から、もしかしたらそれよりも前から。ずっとずっと好きなんだ。君が想像したからじゃ無い、俺が、そうしたいと、愛したいと想ったから愛してるんだ。なぁ、思穂。だから僕は君の夫になりたい。君が実在性に不安を覚えた僕は、もっと、はっきりと存在を感じられるよう、君をもっと安心させてあげられるように、君の夫になりたい。思穂さん。結婚してください。僕は僕という存在に懸けて、あなたを幸せにします」
私:イマジナリー彼氏はイマジナリー婚約者になった。
彼:「思穂。とても綺麗だよ」
私:まもなく結婚してイマジナリーパートナーになり、
彼:「思穂。ほら、みて……! 僕達の子だよ! 賑やかになるね、ふふ、あぁ……! 思穂! よく頑張ったね」
私:イマジナリー息子と、
彼:「大志! 希実!」
私:イマジナリー娘が生まれたことでイマジナリーパパになり、
彼:「あんまり遠くに行くんじゃ無いぞ! もう、元気だなぁ。誰に似たんだか。……僕? ははは、君もだよ」
私:イマジナリー所帯を持ち、
彼:「思穂。僕らも行こうよ。折角家族で遊びに来たんだから、思い出作らなくっちゃ!」
私:イマジナリー家族として私達は幸せに暮らしてきた。
私:そして時は流れて、
彼:「思穂おばあさん。孫の抱き心地はどうかな? 懐かしいな、こうしてると、大志と希実が生まれた頃を思い出すよ。ああ、僕は幸せだなぁ」
私:イマジナリー孫も生まれ、イマジナリーおじいちゃんになっても、
彼:「思穂さん。君は幸せかい?」
私:もちろん、幸せで、あの人のことを私は大好きだった。
彼:「思穂、さん」
私:そんなあの人も、
私:三年前に亡くなった。
私:あの人は大人げもなく泣きじゃくる私に、ぽつぽつと話し始めた。
彼:「思穂さん、……思穂。誕生日、おめでとう」
私:私は顔を上げた。
彼:「生まれてきてくれてありがとな」
私:戸惑いと悲しみが混ざり合って、上手く声が出なかった。
彼:「昔、そんなことを言ったことがあったけど、憶えているかい? 憶えて無くても、良いんだ」
私:憶えている。彼との、あなたとの、想太との、私達の思い出は全部全部。
彼:「僕のそばにはね、イマジナリーフレンドとして物心ついたときから、イマジナリーフレンドである前から、君が、思穂がいた。いつから? どうして? そう思ったことは無いんだ。兄弟とも、幼なじみとも違う。僕にとっての思穂は、イマジナリーフレンドの友達はそこに居て当たり前の存在だったから」
私:それは私も同じだった。
彼:ただね、
私:「ただ……?」
彼:「思穂。僕はずっと、君に言えなかったことがあるんだ」
私:「言えなかったこと?」
彼:「うん、僕は想像もしていなかったから」
私:「想像?」
彼:「うん、だから、僕は言うよ。ありがとう、って」
私:「でも生まれてきてくれてって……」
彼:「そうじゃ無くて僕を」
私:「想太を」
彼:「あのまま、消えて居なくなる筈だった僕を、そこで終わりだった空木想太を、ここまで、こんな素敵な、幸せなところまで連れてきてくれて、ありがとうって」
私:「あ……」
彼:「思穂。ありがとう」
私:「ねぇ想太」
彼:「なんだい?」
私:「あなたは私の友達? イマジナリーフレンド? それとも……」
彼:「僕は」
私:「…………」
彼:「僕は最期まで、君の最高のイマジナリーパートナーであれただろうか?」
私:「うん、まるで、夢のようだった」
彼:「ふふふ……それなら、僕は何者でも良い」
私:「私も!」
彼:「うん」
私:「ずっと、言えなかった」
彼:「うん」
私:「あなたのこと」
彼:「うん」
私:「想太のこと」
彼:「うん」
私:「ずっとずっと大好きだった」
彼:「ありがとう」
私:「生まれてきてくれて、ありがとう」
彼:「うん」
私:「私のイマジナリーフレンドになってくれてありがとう」
彼:「うん」
私:「私のイマジナリー彼氏になってくれてありがとう」
彼:「うん」
私:「パートナーに、家族に、幸せに、生きる意味に、私の全てになってくれて……ううん、空木想太であってくれてありがとう」
彼:「うん」
私:「本当にありがとう、想太」
彼:「うん」
私:そして彼はいつもの笑顔で、
彼:「思穂」
私:愛しい声で、
彼:「今までありがとう」
私:そう言って旅立った。
だから、次は私の番。
私は今、大志に希実にその子供達、イマジナリー家族に囲まれて、最期の時を迎えようとしている。
イマジナリーでない人々はこの場にいない。
お医者さんも看護婦さんもイマジナリー。
実在性なんて自分自身を含めて怪しいものだ。
けれど、私は思う。
あの人の大好きな笑顔を思い出して。
そう、もう分かってる。
きっと、この幸せだけはイマジナリーじゃない。
だって、イマジナリーを超えて、
私:「想像の先にあった空木思穂の人生は、とっても素敵だったんだもの」
私:それはあの人も、言っていたように。
だから、そう言い残して旅立ったあの人のように私も。
私:「ありがとう」
私:幸せだったのだ。
◆
イマジネーション。 音佐りんご。 @ringo_otosa
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