約束の同窓会。
音佐りんご。
招待状。
◇◆◇
居酒屋の個室。
テーブルには五人分の取り皿、箸、おしぼりが並んでいる。
席の端に彰良が座っている。
彰良:……キョウ、リク、ヒロ、いち子。
あれからもう、十年か。
店内の喧噪。
彰良:……時が経つのは早いなぁ。
なのに、二十時五十五分。
約束までの十分はこんなにも……。
扉を開けて明日華が顔を出す。
明日華:はぁい! 久しぶりね!
彰良、明日華を見て固まる。
彰良:……。
明日華:……。
彰良:えっと……。
明日華:はぁい! 久しぶりね!
彰良:え、いや、え? 久しぶり?
明日華:元気してた?
彰良:……あの、すみません、部屋間違えてないですか?
明日華:えぇ? えーっと、石英の間。合ってるけど?
彰良:合ってる? え、そんなはず……。うーん……?
明日華:それに、ほら招待状。これあんたが出したんでしょ?
彰良:招待状……? そんなもの出したっけな……。っう……!
明日華:どしたの、体調でも悪いの?
彰良:いや、ちょっと目眩が。
明日華:大丈夫、彰良?
彰良:……え? お、俺の名前を知ってるのか?
明日華:やだ、知ってるに決まってるでしょ! 私達の仲なんだから!
彰良:私達の仲……? ってことは、やっぱりグループの中の誰か。いやいや、でも、女子はいち子だけだし、いち子はもっと小柄だし……。
明日華:ガタイが良くて悪かったわね!
彰良:いや、そういう意味じゃ……。え、ほんとに誰……?
明日華:誰って、もう! 彰良ったら! 私のことほんとに忘れちゃったの?!
彰良:悪いけど心当たりは……。
明日華:ひどーい! 一緒にお風呂にも入ったのに!
彰良:ふ、風呂!? ってことは昔の、……そういう関係の……、え、もしかして呼ぶ相手間違えた……?
明日華:いや、そういう関係の、なにさ?
彰良:あ、いや、何も。
明日華:ふーん。彰良ったら、私の知らないところでそんなエッチなことしてたんだ。ふーん。そっかぁ、無害そうに見えて案外……。
彰良:いや、してませんよ! ……そんなには。
明日華:そんなには……?
彰良:…………。
明日華:ま、あの頃の彰良はそんな感じだったもんね。若気の至りってやつ?
彰良:なんだよ、それ。というか、結局誰なんです?
明日華:あら、分からない?
彰良:一緒に入った女全員思い出したけど一致しない。
明日華:入った女? ……あぁ、そっか。
彰良:えぇ?
明日華:私ったらうっかりしてたわ。そういえばこうして会うのは初めてだったのね。
彰良:やっぱり初対面?
明日華:ううん、お互いによぉく知ってるわ。でも、初お披露目って感じかな?
彰良:お披露目……?
明日華:うふふ。私、きれいになっててびっくりしたでしょ?
彰良:きれいに……? ってことはもしかして、整形?
明日華:あら、嫌な聞き方。でも、そう、私は生まれ変わったの。あの人の代わりに、ね。
彰良:……あの人?
明日華:ううん、気にしないで。
彰良:……でも、その身長だと、チヒロかアナスタシア、か。
明日華:どっちでも無いわ。誰よ。
彰良:待てよ、骨延長手術という可能性もあるか。
明日華:ねーわ。
彰良:なら、声質的に、……ユキノ、カレン、ミサ、ヒナコ、ボタン……あと、ウメチヨ。
明日華:違うわよ。てか彰良お前やってんな。
彰良:……う、うるさいな。
明日華:ま、それはそれとして。では改めて、こほん。
明日華:私の名前は東条明日華。
彰良:東条、明日華……?
明日華:よろしくね?
彰良:……やっぱり心当たりが……、
明日華:西城京太郎。
彰良:え?
明日華:そう名乗ってた時期もあった。
彰良:西城、京太……え? 京太郎? う、嘘だろ!?
明日華:嘘じゃ無いわ、ほら見て、鎖骨。
明日華、服を少しだけはだける。
彰良:うぉ!? ほ、ほくろだ! 鎖骨のとこにほくろだ!
明日華:あ、あんまり服引っ張らないでよ、伸びちゃう。
彰良:わ、悪い! てことは、本当に!
明日華:ふふっ。……やっと分かったのか? アキ。
彰良:キョウ! お前!
明日華:何があったか、って?
彰良:あぁ。
明日華:それは、話せば長くなるの。
彰良:まぁ、そうだろうな。
明日華:うん、だから、みんなが来てから追々話すとするけど、まぁ、色々あったのよ。
彰良:色々、か。
明日華:えぇ。
彰良:そっか、みんな変わってるだろうなと思ってたけどまさかだよな。
明日華:えぇ、人は変わるものよ。
彰良:……そうだな。
明日華:……ふふ、改めて久しぶり、アキ。
彰良:久しぶりだな、キョウ。
明日華:うん。あ、でも、今の私は明日華だから、そう呼んで。
彰良:じゃあ、アスで。
明日華:ふふっ、よろしく。
彰良:おう。
明日華:あら、そろそろ予定時刻ね。
彰良:ん? そうだな。ということは、
明日華:いつも通り、あいつが――
カイ:
空間の裂け目から「ふぉぉん」みたいな音を発しながらカイが出現する。
カイ:ふぅ。無事に、渡れたようだ。
明日華:いつも、通り……?
カイ:たせたな、みんな!
彰良:いや、え?
カイ:時間も場所も、ぴったりだな。いやぁ、懐かしき居酒屋。
明日華:誰? やたら顔が良いけど、
カイ:ふっふっふ、よく言われる。
明日華:変人臭もすごいわ。
彰良:それな。
カイ:ふっふっふ、よく言われる。
彰良:お前、誰だよ。
カイ:誰って僕は――カイ・シュタイン・ハイアット。だよ。
明日華:……。
彰良:……。
明日華:いや、
彰良:誰だよ。
カイ:えー? ひどいなぁ。忘れたのかい?
彰良:忘れるも何も知らないんだけど。
カイ:駄目じゃないか二人とも! 忘れるなんて! 親友の顔を! 顔……なんか、見覚え無い気もするけど、まぁ、こっちの時間軸では十年、僕の体感的にはほとんど三十年ぶりだけどまぁ、この気配は間違いないよね、ううん? どうだろう。ちょっと見てみるか。……うん、間違いないね。
彰良:何ぶつぶつ言ってんだよ、不審者。
カイ:えぇ? 不審者……? どこだい? 僕が成敗するから安心しなよ!
彰良:お前だよ。
明日華:というか、あんた今どうやって入ってきたの?
カイ:え?
明日華:ゲート・オブ・
彰良:ストレリチア……?
カイ:ははっ、それにしても、元気そうでよかったよ、彰良。それにえーっと、明日華?
明日華:……。
カイ:いや、こういう時は、そうだね、昔みたいに京太郎くんって呼んだ方が良いのかな?
明日華:…………!
彰良:お前、俺の名前はさておき、キョウ、いや明日華の事まで……。
明日華:どうやって調べたの? まさかあなた、組織の……!
カイ:調べてないよ。ただ、そうだね。分かるんだ。僕には。……組織ってなんだい?
明日華:分かるってどういうことなの?
カイ:だから、分かるんだよ。そう、この
彰良:アイ、
明日華:アイ……?
カイ:僕の魔眼のことを南の島のお猿さんみたいに呼ぶのはやめて欲しいな。
明日華:で、そのアイリス・オーヤマは何なの?
カイ:家具・家電、生活用品を取り扱ってるんじゃないんだよ? この眼を見てご覧?
彰良:なにそれ、カラコン?
カイ:遍く混沌に揺籃されし本質と根源を見極める因果遡上の起源式解析魔法の神髄たる純聖核を内包した第三真理の公定を司る魔道性特異点さ。
彰良:は?
明日華:は?
カイ:分からないのも無理はないよ。これは腹背性真理暫定特務機関ハルモニア構成員でも限られた者しか知らされていない、いや、認識すら不可能な不可侵虚空外事象法則のノルパだからね。
明日華:……アキ、どうする?
彰良:決まってんだろ、キョウ。
明日華:明日華よ。
彰良:だろ、明日華。
明日華:えぇ、そうよね。
カイ:うん? 二人ともスマホなんて出してどうしたの? 記念撮影かい? ふっふっふ。よ~し、特別に全ての呪いを根源から浄化する力を持った聖剣を抜いてあげようか! 抜刀した際に大気の不浄がプラズマ化して生じるフラッシュの明滅に注意するんだよ? いくよー? ……ていうか、それ、iPhoneいくつ?
明日華:十三よ。
カイ:へー、僕が持ってたの確か五だったよー。で? その最新機種にはどんな機能があるんだい?
明日華:(同時に)百十番。
彰良:(同時に)通報。
カイ:いや待って!
二人、それぞれに通報を試みる。
明日華:もしもし、警察? いつも世話になってるわね、明日華東条よ。ええ、その件じゃ無いの。それより緊急よ。いま、昔の馴染みと飲みに来てるんだけど目の前に不審者が現れて……
彰良:居酒屋の個室に大きな光る刃物を持った、カイ・シュタイン、……えっと会社員を名乗る不審者が現れました。すぐに助けて下さい、眼がなんかヤバいです。
カイ:それ以上させるか!
明日華:きゃぁ?!
彰良:何を!?
明日華:何も見えない!
個室がカイの発する闇に包まれる。
カイ:ふははははははは! 僕の力の前ではどんな光も逃げられない!
彰良:こいつ、正気か!?
カイ:そう。光、電磁波。つまり電波もね!
明日華:電波はお前だ、会社員。
明日華、カイの背後をとる。首元にはナイフ。
カイ:んな!? この暗闇の中で僕を!?
明日華:残念ね。闇には慣れてるの。どこの誰だか知らないけれど、よくも私の楽しい時間を台無しにしてくれたわね。
カイ:ま、待ってくれ、京太郎くん!
明日華:明日華よ。馴れ馴れしくその名前を口にしないで、反吐が出るわ、会社員。だから、その愚かしさの代償はあなたの命で……!
カイ:いや、明日華ちゃん! 落ち着こう!?
彰良:え、え……? な、なにが起こって……?
カイ:話せば分かる!
明日華:残念だけど、人はわかり合えないの。
カイ:待ってぇ!?
明日華:さようなら。
吉喜:(同時に)そこまでだ。
Ⅸ号:(同時に)よし! いまだ!
闇の中に響き渡るフィンガースナップ。
吉喜とⅨ号が明日華とカイの前に立っている。
彰良:なんだ? 部屋がもとに……?
カイ:そ、そんな、僕の
吉喜:ちっとばかし暴れすぎたな、陸斗。
カイ:なっ! 君は!
Ⅸ号:キョウちゃんもいけないよ。
明日華:あなたは……。
Ⅸ号:命は一つしか無いんだから、そんな物騒なものを友達に向けたりしちゃぁ。
明日華:もしかして、
Ⅸ号:友達に向けて良いのは友情と劣情だけだよ。
吉喜:向けんなよ、そんなもん。
Ⅸ号:友達に隠し事はしないものさ。
吉喜:親しき仲にもなんとやらだろ。
Ⅸ号:やらしき仲にも下心だよ。
吉喜:それはもはただの性欲の権化。
Ⅸ号:くっくっく、よくぞ見破ったな我が欲望を。
吉喜:はいはい。ダダ漏れなんだわ。
明日華:そのノリは、もしかして、黒原さん……?
吉喜:そんなんじゃ、いい加減大事なもん失うぞお前。
Ⅸ号:大事が溢れ出る故に、たまらんってことさ。
吉喜:あっそ。いつまでも、あると思うな友と金。
カイ:中大くん……!
Ⅸ号:まぁ、お金には困ってないよ。友達にも。
吉喜:あと、社会的信用とか。
Ⅸ号:それは無い。
吉喜:だろうな。
彰良:親と金、だろ。
吉喜:そうとも言う。
彰良:そうとしか言わないだろ。
Ⅸ号:あぁ、親にも困ったね。
吉喜:ふむ。
カイ:逆に、友情は不滅、なのかな?
吉喜:金やら親はいつか失われるとしてもか?
明日華:友達だっていつかは。
Ⅸ号:そう、いつかは死んじゃうよね。
カイ:明日かも知れないし。
彰良:今日かも知れないし。
Ⅸ号:既に死んでいるかも知れない。
吉喜:ああ、儚いな。人の命というやつは。
彰良:友情もな。
Ⅸ号:そんな儚い命と友情。それを君の手で殺しちゃいけない。分かるよね、キョウちゃん?
明日華:でも、こいつは……。
Ⅸ号:愛してるからこそ壊したくなる、そんな苛烈な情愛もまぁ、私的にはありだけども。ねー?
明日華:それは分かんないけど……。それ以上に分からないのはこいつよ。何なの、こいつ。
吉喜:まぁ、分からないよな。姿形の変わりようはお前以上だ。元京太郎。
明日華:え?
Ⅸ号:遺伝子レベル、構成する蛋白質、どころか原子やそこにある法則さえ違っているかも知れない。そんな世界の話だもんね。カイ・シュタイン・ハイアットくん?
カイ:…………。
明日華:それはどういう意味?
Ⅸ号:文字通り住む世界が違うのさ。彼と私達じゃぁね。
彰良:はぁ……?
Ⅸ号:ま、それは他の子にも言えるか。ねぇ?
吉喜:さぁな。
彰良:よく分かんないんだけど、それで、こいつは結局誰なんだ? さっき陸斗って……。
カイ:僕は、
彰良:というか、お前らはいつの間に。
吉喜:ほら、招待状。
Ⅸ号:同じく、ほい。
彰良:招待状……。
カイ:あ! 僕ももちろん持ってるよ!
明日華:こいつがそれを持ってるということは……。
吉喜:俺達はこいつに導かれたわけだな。
彰良:いや、でも俺は……。
Ⅸ号:ま、戸惑うのも分かるよ? 戸惑ってるアキちゃんの可愛さも分かる。
彰良:なんだよ、それ。
Ⅸ号:でもでも、質問は一つにして欲しいなー。アキちゃん。
彰良:いち子。
吉喜:それと彰良、訊く相手は選べよ。
彰良:ヒロ。
吉喜:分かんだろ? ここには、もう五人揃ってる。招待状もある。ってことは、だ。お前が会いたかったやつはこれで全部なわけだ。
彰良:五人? いや、でもリク……。え? てことはこいつが……? そんなはず……。
吉喜:どんなに信じられなくても、目の前にあるのが現実ってやつだ。
彰良:目の前に……?
Ⅸ号:アキちゃんがまさぐった明日華ちゃんの鎖骨のほくろみたいに。
彰良:あ、あれは……! ていうかお前ら、
Ⅸ号:どんな受け入れがたい事だろうと、目の前で起きてることが現実なのさ。ま、親友が綺麗になって帰ってくるのは、受け入れたい現実かもだけど。
吉喜:たとえそれが見た目だけだとしても、な。
明日華:見た目だけって何よ。
吉喜:中身は同じ。他意は無いさ。
明日華:……ふん。
カイ:そう、僕はかつて右左林陸斗、だった。
彰良:陸斗、だった……?
明日華:どういうことなの?
カイ:分からないのも無理は無い。逆にどうしてそっちの二人に分かるのか、僕には分からないくらいだよ。
Ⅸ号:どうしてだろうね?
吉喜:どうしてだろうな。
明日華:本当だとしたら、整形。どころでは無い変化よね。
カイ:……。
明日華:別人よ、一体何があったというの……?
Ⅸ号:あははっ。びっくりするよね。
吉喜:じゃ、全員揃ったところで、改めて自己紹介しようか。
彰良:いや、ヒロ。
吉喜:何だ?
彰良:急に現れて仕切られても……。そもそもあいつは本当にリクなのか? 突然現れたし、訳分かんないこと言うし、なんか剣持ってるし、なんか分からなくなったんだが、そもそも本当に俺はこいつを、お前らを――
吉喜:――本当に、か。なら俺は本当に『ヒロ』だと思うか?
彰良:え?
吉喜:俺達は、本当に『キョウ』で『リク』で『いち子』で『ヒロ』だと思うか?
彰良:いやいや、いち子とお前は分かるよ、あの頃のままだし。
Ⅸ号:あの頃、ね。
彰良:キョウは……さておき。
明日華:ちょっとぉ!
彰良:カイ・シュタインなんとか、なんて知らないぞ、俺。
吉喜:俺も詳しくは知らんが、まぁ、色々あったんだろ。
明日華:色々……。
彰良:でも、
吉喜:でも、だからこそ集まったんだろ、こうして。
Ⅸ号:集められちゃったんだよね、こうして。
彰良:そうだけど……。
吉喜:それに、そういう約束だったからな。
彰良:え?
吉喜:本当にそうなのか。という話なら、お前だな、まず。
彰良:え?
吉喜:お前は本当に俺達の知ってる『彰良』なのか?
彰良:いや、何言って……!
吉喜:っは! 何言ってもそんなもん証明できねぇよ。
Ⅸ号:する必要も無いね。
カイ:我思う、故に我あり。
明日華:自分が自分であるというのは自分にしか分からないって?
Ⅸ号:そういうこと。
吉喜:いや、違うだろ。
Ⅸ号:或いは友達として信じるしか無い。ってね。
彰良:友達……。
吉喜:まぁ。随分妙な始まり方になっちまったが、
Ⅸ号:そして随分呆気ない終わり方になるだろうけど、
吉喜:こいつは俺達の同窓会。
居酒屋の喧噪。
吉喜:なんだろ?
Ⅸ号:ま、折角なんだし楽しまなくっちゃ。こうして私達で集まれるのなんて、何年ぶりか分からないんだしさ?
彰良:何年ぶりって……十年だろ。
明日華:十年よね。
Ⅸ号:十年、か。
カイ:十年……。
吉喜:十年、ねぇ。
彰良:……いや、十年だよな?
Ⅸ号:どうでしょう?
吉喜:お前がそう感じるならそうなんだろ。
彰良:何だよ、さっきから意味深だなお前ら。
明日華:でもヒロは昔からこんな感じでしょ。
彰良:そういえばそうか。
吉喜:どうだろうな?
Ⅸ号:そういうところでしょ?
吉喜:ふむ。それで? しないのか?
Ⅸ号:ちょっと際どいこと?
吉喜:黙れ。
明日華:な、何を?
吉喜:乗るな。
彰良:何の話だよ。
Ⅸ号:そりゃ自己紹介でしょ。
彰良:同窓会で自己紹介って必要なもんか、普通。
吉喜:然程必要ない。状況が普通ならな。
明日華:あっても近況報告くらいだもんね。
彰良:キョウだけでも近況報告じゃ足りないな。
明日華:そう、ね。
Ⅸ号:普通じゃ無いよね~。
彰良:まぁ、ビジュアル的に。
吉喜:変わってるもんな。
Ⅸ号:私はかなり可愛くなったし。
明日華:私も。
Ⅸ号:ほんとそれ。
吉喜:で、誰から話す?
カイ:あ、じゃあ僕から……。
Ⅸ号:ちょっと待った!
カイ:え? なに?
彰良:どうしたんだ、いち子?
Ⅸ号:大変なことに気付いたんだけど、私。
明日華:な、なにに?
吉喜:大変なことだらけの状況だがな。
Ⅸ号:うん。てか料理、来なくね?
彰良:いやタイミング。
明日華:でも確かにお腹空いたよね~。
吉喜:おう、どうなってんだ彰良?
彰良:いや、全員揃ったら最低でも何かしら突き出し的なのが来る筈なんだけど、おかしいな……。
カイ:あの黒原さん! 突き出しじゃ無くて! 今、僕の自己紹介の流れだったんだけど!?
Ⅸ号:警察に突き出されそうになってたやつは黙ってくれないかな?
カイ:ひどくない!? 突き刺さったよその言葉!
Ⅸ号:うるさいな、今はそれどころじゃ……っは!? お前かぁっ!!
カイ:えぇ?! な、なに?
Ⅸ号:リクくん、あなた店員さんに案内されてないでしょ!
明日華:あぁ、そこの壁から沸いてきたもんね。「ぬぺ~」って感じで。
彰良:そういえば。
カイ:いや「ふぉぉん」って感じだよ! なにその湿ってそうな擬音! エイリアンの出産シーンでももうちょっとマシだよ!
明日華:それはどうなのよ。
Ⅸ号:リクくんは来店が認識されてない! 認識されなければそこに居ないも同じ、つまりシュレディンガーの不法侵入者! ってこと!
カイ:それシュレディンガーさんが不法侵入者じゃない……?
吉喜:そもそも最初のトラブルも陸斗が変な登場をしたのが発端だしな。ギルティ。
明日華:あなた、なんであんなことしたの?
カイ:いや、盛り上がるかなと思って。
彰良:盛り上がるか。
吉喜:違う方向性で盛り上がったけどな。
明日華:あわや大惨事よね。
吉喜:お前もだよ。
明日華:それは……うん。つい癖で。
彰良:癖……?
Ⅸ号:とにかく。リクくん。ダッシュで行ってきて?
カイ:分かったよ……。
Ⅸ号:よかった、これでご飯が、
カイ:はぁ。……
「ふおぉぉん」という音と共に、空間が歪む。
Ⅸ号:え。
明日華:わっ!?
彰良:な!?
吉喜:……! だからお前は!
吉喜、手を叩く。
吉喜:普通に行け!
カイのゲートが消滅する。
カイ:いてぇっ?! 僕のゲートが!?
彰良:今何したんだ?
吉喜:あぁ? 時空の歪みをを修正しただけだ。気にすんな。
彰良:いや、どういうことだよ。
明日華:……ふふ。
彰良:どうした?
明日華:なんか、懐かしいなって。
彰良:懐かしい?
明日華:うん。
Ⅸ号:……あぁ。そういう記憶があるね。あの二人はいつもあんな感じだった。うん、懐かしい。
彰良:言われてみれば、そうか。じゃあやっぱりあいつはリク……?
カイ:まだ信じてなかったの?!
Ⅸ号:良いからあくしろよ。
カイ:わ、わかったよ! もう! そんなに見なくても行ってくるってば!
吉喜:余計なことすんなよ?
カイ:ははは! しないさ!
カイ、個室を出て行く。
Ⅸ号:しそう。
吉喜:まったく。
明日華:というか、二人良いのね。
吉喜:あん? 誰と誰がだ?
明日華:あなたといち子ちゃん。
吉喜:あぁ。
明日華:そういえば、いつの間にか居たけど、ちゃんと来店したこと伝わってる?
Ⅸ号:ま、私達は普通に来たしね。
吉喜:だな。
明日華:ふーん? 私達、ってことは、一緒に来たの?
吉喜:……悪いか?
明日華:悪くないわ。寧ろ随分良いんだなって。仲。
Ⅸ号:時々会ってるからね~。
彰良:そうなのか?
明日華:何? 恋の予感!? その辺詳しく。
Ⅸ号:あははは。
吉喜:そんな色気のある話じゃねぇよ。
明日華:どうだか。
Ⅸ号:どうでしょう。
吉喜:ま、あとで話すさ。
明日華:むぅ。
彰良:それで結局、いつの間に居たんだ? 黒いのを出たときか?
吉喜:黒いの? あぁ、あの馬鹿の。いいや、もっと前だな。
彰良:もっと、
明日華:前……?
彰良:いや、でも……。
カイ、「がららら」っと扉を開けて戻ってくる。
カイ:ふふふふふ! カイ・シュタイン・ハイアット! 改めて参上!
Ⅸ号:おかえりー。どうだった?
カイ:ふっふっふー! ……ちょっと怒られた。
彰良:だろうな。
Ⅸ号:突き出しは?
カイ:僕らのアミューズならそのうち来るよ。
吉喜:なんだよ、アミューズ。
明日華:フランス料理店のお通し的存在の言い回しよ。
彰良:なるほど。
吉喜:うざいな。
カイ:あと、とりあえず生って言っといた。
吉喜:勝手に頼むなよお前。
カイ:どうせ生だろ?
吉喜:……そうだが。
明日華:それで、どうするの?
彰良:どうするって?
明日華:自己紹介。
吉喜:あぁ。
カイ:僕からだ。いいね?
彰良:……どうぞ。
カイ:ありがとう。んっんん! ……僕の名前はカイ・シュタイン・ハイアット! またの名を
扉がノックされる。
カイ:――突き出しのこれはこんにゃくですか? なるほど。わさびと塩昆布で和えた、へぇ。あとは生五つですね、はい、はい、ありがとうございます。それでみんな何にする? あ、コースだったんですね、この感じ久しぶりでテンション上がるなぁ、はい、次がサラダで、はい、あ、魚系攻めるんですね、あ~、いいっすわ~んでその後……ふむふむ、追加で注文も出来る感じなんですね。ああ、いえいえお構いなく。
カイ:右左林陸斗。と、かつてはそう名乗っていたこともある。キリッ!!
吉喜:キリッ! じゃないよ。
彰良:いや、何一つ大事なところが分からないんだけど。
カイ:えぇ? どうして?
吉喜:店員と話してたからだろ。
カイ:あぁ、なるへそ。
Ⅸ号:それ死語では?
カイ:死語は謹めと?
Ⅸ号:そうそう、死後くらいは謹んで欲しいものだよね。蘇っちゃってまぁ。
吉喜:いやそれ、お前が言うの? 白の――
Ⅸ号:――おっと、自己紹介は自分で。おーけー吉喜?
吉喜:お前もな。
明日華:白の……?
彰良:吉喜……?
Ⅸ号:ま、私語は謹んで、仕事に勤しめってことよ。
吉喜:レッツ社畜ライフ。
カイ:あーね。
明日華:なんか、これまでのやりとりから、恐らく陸斗って事は分かるけど……。本当に何があったの? 魔王だとか戦いだとか、頭がなんだか可哀想なことになってるのは想像できるけど、何よりあなた、見た目全然変わってるじゃない?
カイ:それは此方の台詞なんだけどね。京太郎くん。見た目というか、性別変わってるじゃないか。一体何があったら京太郎ちゃんになるんだよ。
明日華:その名前は捨てたの。
カイ:捨てた?
彰良:今は明日華さんだってさ。
カイ:明日華。じゃあ、その素敵な名前はどこから拾ってきたんだい?
明日華:それは、大切な、人から。
カイ:その人は?
明日華:もうこの世にはいない。かつての西城京太郎と一緒に死んだから。
Ⅸ号:死んだ……。
彰良:何があったのか聞いてもいいか?
明日華:ええ。でも長くなるから、……そうね。私、僕は彼女と共に、ある事件に巻き込まれてね。それで、僕のヘマで二人、……二人纏めて死んだんだ。
カイ:いや、でも、現に君は生きてるじゃないか、姿と名前を変えて。
明日華:そう。僕は生きている、ただし彼女のおかげで、彼女の代わりに。
彰良:どういうことだよ?
明日華:心臓。
Ⅸ号:心臓?
明日華:この胸でいま、脈打っているのは彼女の心臓なんだ。
カイ:移植したってこと?
明日華:えぇ。僕は彼女に助けられ、そして、私は彼女になった。
吉喜:外見も中身も変わる。そういうこともあるのか。
Ⅸ号:交わる。それが正しいのかも。だから、
吉喜:そうか、それで……。
明日華:それで、私は暗殺者になった。
彰良:……急展開。
明日華:そう、私は誓ったの、平和を守る。体を流れるこの血にかけて、彼女のように大切な誰かに血はもう二度と流させない。って。
彰良:明日華。
明日華:それが今の私。
カイ:……今日を脱ぎ去り、明日を生きる。
明日華:そういうこと。
カイ:なるへそぉ。
彰良:今の流れでその反応は軽すぎるだろ。
明日華:別に良いのよ、重く捉えずへーそう。って流してくれれば。
吉喜:ハマってんのか?
カイ:へそにハマったね。
彰良:そんなツボに入ったみたいな。
Ⅸ号:ツボが茶を沸かしちゃうね。
明日華:それ普通にポットじゃない?
カイ:ぷはぁ。結構なお点前で。
明日華:ビールで何やってんのよ。
カイ:いやいや、こっちの酒はやっぱり美味しいね!
彰良:こっちのってどういうことなんだよ? やっぱりお前外国にでもいんの?
カイ:あぁ、既に察してると思うけど、僕、今異世界に住んでるから。
明日華:……そういう設定?
カイ:ガチだよ。まぁ平たく言うと転生したんだ。
吉喜:平たいか?
カイ:人生山あり谷あり転生あり。
Ⅸ号:何でもありじゃん。
彰良:転生? ってことは……。
カイ:知らなかった? まぁ、公式には行方不明だし、情報統制もされてるだろうからね。そうさ、前世の僕はちょっと本気で人助けしてたら、……事故で吹っ飛んで死んだんだよね。最期は記憶が曖昧で、誰を助けようとしたのかも分からないよ。ははは。
Ⅸ号:何わろてんねん。
カイ:いや、笑っちゃうよね。
吉喜:笑い事じゃ無いんだよ。俺がどれだけ心配したか……。
カイ:ありがとう。心配かけたね。でも、いいや。笑うしか無いんだよ。僕にも何か出来るはず。そう思って飛び込んだのに、結局何の役にも立たずただ消し飛ぶだけの命。そんな自分の無力さを前にしたら、さ。
明日華:……よく分からないけど、その気持ち、分かるわ。
カイ:そう、君も色々あったんだよね、キョウ……じゃなくて、明日華ちゃん。
明日華:……。
Ⅸ号:しかし君は、ほんと間が悪いね。
カイ:なぁにそういう星の下に生まれただけさ。だからこうして、今度こそどんな命も救えるよう、強く強く生まれ変わって、また帰って来れたんだもの。星の導きってやつさ。
吉喜:導き、か。
Ⅸ号:はは、だとしたら悪いのは間というか頭だね。馬鹿は死んでも治らないって本当なんだなぁ。
吉喜:寧ろこいつは悪化した口だろ。
カイ:まぁ、その分顔は良くなったからプラマイゼロ。寧ろプラスだ!
吉喜:頭のマイナス度合いエグいが。
カイ:頭のネジの二、三……百本は飛ばさないと勇者なんてやってられないからね~。
明日華:桁よ。
彰良:なんか闇が見えた。
明日華:でも、確かにイケメンよね。
カイ:明日華ちゃんも美人だよ?
明日華:まぁ、ありがと。
Ⅸ号:私は元のリクくんの方が好きだけど。
カイ:え。そそ、そうかな?
明日華:あらあら。いち子ちゃん、リクのこと好きだったの?
Ⅸ号:そだよ?
カイ:え!?
Ⅸ号:ま、いち子の好きだったリクくんは死んで、遙か昔にお星様なわけだから、儚い恋だったと言うことで、乙姫鳴らしながら便所に流すとして。
カイ:ひどい!?
Ⅸ号:おそろいだね。
彰良:おそろい……?
Ⅸ号:うん、実は私もなんだ。
明日華:私も、って……。
Ⅸ号:いち子も既に死んでるんだよね。
カイ:え。
明日華:いち子ちゃん?
彰良:それは、
吉喜:……。
Ⅸ号:仲良しグループ紅一点! みんなの親友兼アイドル兼、ちょっと人には言えないそんな仲! 美人麗人佳人鉄人魔人怪人、歌って踊って手のひらで踊らせて! 文武両道才色兼備! 何でもできる超大天才! そんな私の正体は、黒原いち子ちゃん!
吉喜:……。
Ⅸ号:ではなく、その人格データと遺伝子を超すごい特殊技術で複製した、高性能生体アンドロイド。その第Ⅸ号。通称、白のⅨ号ちゃん! なんだよね~。
彰良:……そ、そういう設定か?
Ⅸ号:だね! そういう風に設定されてるんだよ!
彰良:え?
Ⅸ号:いち子お母様に、ね。
明日華:お母様……?
Ⅸ号:「勝手に死んじゃってごめんね~、みんな。でもこの日の約束守るためにこの子を作ったの。だから、許して?」
カイ:いち子ちゃん……?
Ⅸ号:って、いうのがお母様からのメッセージ。あと、この招待状は本当は私のじゃ無くて、オリジナルの……ってみんな、何湿っぽい顔してんのさ? 笑いなよ。
彰良:いや、笑えるかよ……。
Ⅸ号:いやいや、笑いなよ。親友って設定のアキちゃん? だって、聞いて驚け、あの女は不老不死の研究で事故って死んだんだぜ? 何が天才だ。すっげー馬鹿。んで、私達みたいな負の遺産残して満足してんだから、ほんとお笑いぐさだよ畜生が。マジ巫山戯んなって話。存在意義とか、んなもん無いんだよ。ついでに人権もね。私は所詮作り物で、お前らのお友達でしかない、嘘くさい友情の為に生み出された人形。何様だよおいこら創造主。倫理観飛んでんのか? 飛んでるんだろうよ。私の中飛んでるうざってぇこの人格はそんくらい余裕でやる。そういうやつ。知ってる。だから、この役目とやらが終わった後のことも、きっとどうでもいいんだろうなってわかってるんだけどさ。でも、ほんとむかつくよね。ネグレクトババア。てめぇの親もそういう親だし、そういうとこ似たんだろうなクソが。ははっ、ざまぁって思ったけど、それ、私も同じ道辿る公算高くてマジ呪いなんだけど、どうしろってんだよ。自由に生きろって? っは。ほんと笑うしか無いよね。ってのが、私の近況にして、存在の全て。おーけー?
Ⅸ号:何か質問は?
カイ:あの、質問良い?
Ⅸ号:良い質問なら何なりと。
カイ:いち子は、いち子はどうして、不老不死なんて……?
Ⅸ号:おいおいバッドだぜ。んなもん私が知るかよ。
カイ:ごめん……。
Ⅸ号:って、言いたいところだけど。世界と約束を守りたかったらしいよ。クソボケかよ。
明日華:どういうこと?
Ⅸ号:なんでも出来るやつだったけど、まぁ所詮は人間。人の寿命じゃ短すぎるから、ってことなんだろうね。変な組織作って、私作って、わけ分からんことして、そんで死んだ。それだけの話。笑い話。
カイ:笑えないよ。
Ⅸ号:笑ってやってよ。それが手向けになるよ。誰のかは知らないけど。
カイ:白の、Ⅸ号ちゃん……。
Ⅸ号:まさかのフルネームで呼ぶ? 確かにそういう識別名称だけど、なんか余所余所しいわ。キュウちゃんでいいよ。
明日華:胡瓜の漬け物みたいね……。
Ⅸ号:うつけ者って感じだしね、私。どーせ。
吉喜:適当言ってんなよ。
Ⅸ号:いや、そういうのあんたに言われたくないけど?
吉喜:うるせぇな。
彰良:……もしかして、ヒロも、何かあるのか?
吉喜:何かって何だよ。
Ⅸ号:そりゃ、こんだけ生きてりゃ何かしらあるでしょうよ、誰だって、ね。
吉喜:お前は黙ってろ。
Ⅸ号:はいはい、ごめんごめん。
吉喜:……ちなみに、どうしてそう思った?
彰良:なんか違うなって、思ったんだ。
明日華:なんかって?
彰良:ずっと分からなかったんだ。けど、さっき分かった。
吉喜:……ほう。何が分かった?
彰良:明日華のほくろ。
明日華:私のほくろ……?
彰良:鎖骨にあるよな。
明日華:えぇ。
彰良:それで、ヒロ。
吉喜:何だよ。
彰良:お前、その泣きぼくろ。……そっち側だったか?
明日華:っは!
カイ:そういえば!
吉喜:よく、気が付いたな。
彰良:そりゃ気付くよ。だって俺達、友達だぞ?
Ⅸ号:いや、なら遅ぇわ。最初に気付け。
彰良:ごめん、俺、男の顔あんまりよく見てないんだ。
カイ:最低か。
彰良:あぁ、友達以外は、な。
明日華:アキ……!
吉喜:いい話風だがそんな変わらねぇよ、騙されんな。
彰良:うっかり騙されてたけど、お前、ヒロじゃないんだろ?
明日華:どういうこと……?
彰良:逆なんだ。全部。
カイ:逆って?
彰良:ほくろだけじゃ無い、つむじの巻きも利き手も歯並びも心臓や血管の向きも。
Ⅸ号:いや、めっちゃ見てるじゃん。きっしょ。
彰良:友達、だからな。
明日華:私には分からないんだけど。
彰良:そろそろ話せよ。お前が何者なのか、ヒロが、どこにいるのか。
吉喜:……。
Ⅸ号:そろそろ良いんじゃない? 話しても。
吉喜:あぁ。お察しの通り俺はヒロ、喜吉中大じゃない。本当の名前は大中吉喜。反転世界からきた、もう一人の俺だ。
彰良:反転世界……。
明日華:つまりどういうこと……?
吉喜:喜吉中大は死んだ。
カイ:死んだのか!?
吉喜:ある特殊な事象を切っ掛けに起きた特異時空断裂災害、神隠しに巻き込まれて……。いや、厳密には生きているとも言えるが、俺と入れ替わって向こうに行った。
彰良:どういうことだ?
吉喜:向こうの俺は死んでるから、俺は存在として入れ替わったんだが……その辺りは説明すると面倒だ。ようは喜吉中大は、俺であって俺でない。そして互いに命を交換したんだ。ある目的のため、一時的にな。
明日華:ある目的って……?
吉喜:宇宙の均衡だ。
カイ:宇宙の、
明日華:均衡……?
吉喜:とんでもねぇ単語に聞こえるかも知れねぇが、お前らのやってることと変わらねえよ、会社員、偽いち子、それに元京太郎。
カイ:僕はカイ・シュタイン・ハイアットだ!
Ⅸ号:本物が死んだ今となっては、もはや私が本物なんだけどねぇ?
明日華:その名は捨てたって言ったでしょ。
吉喜:名前なんて簡単に捨てられるかよ。どんなに変わった気でいようと、縛られるんだ。生まれ変わろうが、生み出されようが、前世やシガラミってのはどこまでも引き継がれる。たとえ、本人が忘れても、な。
明日華:それは、そうかも知れないけど……。
吉喜:そうなんだよ。
Ⅸ号:語るじゃない。
吉喜:なにも知らねぇまま退場なんて、可哀想だろ。それじゃあ死にきれねぇ。
Ⅸ号:ま、そうだね。
彰良:さっきから、何の話なんだよ。二人だけで分かったようなことを言って! なんなんだよお前ら。
吉喜:そしていち子と俺は協力関係にあった。手段は違えど、俺達は殆ど同じ目的を共有していたからな。
彰良:目的って何だよ。
吉喜:お前だよ。
彰良:え?
吉喜:俺達は、
Ⅸ号:私達は、
吉喜:お前をこの宇宙から抹殺しなければならない。
Ⅸ号:残念だけど、世界の平定のために、そして何より、
吉喜:約束の為に。
彰良:な……。
明日華:何言ってるの!? 彰良を抹殺だなんて……!
カイ:冗談でも言って良いことと悪いことがある――
吉喜:冗談じゃねぇんだよ!!
カイ:中大くん……?
吉喜:お前が異世界とやらで倒そうとしてる魔王の正体、知ってるか? カイ・シュタイン・ハイアット。
カイ:な、何を突然……! 魔王の正体なんて僕が知るわけ無いだろ!
吉喜:こいつだよ。
カイ:なっ!
吉喜:末元彰良が、諸悪の根源なんだ。お前らの関係してる事件も事故も全部!
彰良:俺は……?
明日華:何をいい加減な事を! アキがそんなはず……!
Ⅸ号:十年って言ったよね。
カイ:何の話だ?
Ⅸ号:彼はこの同窓会が十年振りだって。
カイ:ああ。
明日華:確かに言ってたけど……。
吉喜:そんなはず無いんだよ。だって、
Ⅸ号:この世界は私達が出会った、私達のままであったあの時から、千年先の未来なんだもん。
明日華:千年……!? 何を馬鹿な! そんなはず、そんなはず無い! だって私は、明日華の、死んだ明日華の代わりにこの体になってまだ五年も経っていないの……! え。
Ⅸ号:思い出した? 明日華。いいえ、キョウちゃん。あなたの配偶者である西城明日華が、いいえ、あなたの家族が死んだのはもう、九百七十年も前のことなんだよ。
明日華:うそ、うそうそうそ! そんなの嘘! だって、私は、彰良と……。彰良と? あ、ぁぁ。ぁぁぁぁああああ! 彰良が殺した! 二人を、明日華と、娘の未来を……!
彰良:明日華……。
カイ:な、何がどうなっているんだ……?
Ⅸ号:さぁね。私にもさっぱり分からない。私には分からない事なんだよ、何も。
カイ:だったらどうしてそんなことを知っている君がそんなに冷静なんだ!
Ⅸ号:冷静に、見ているからだよ。私は生まれたときから、外側の存在だからね。
カイ:外側の存在……?
Ⅸ号:吉喜くんだってそう。外側だから観測できる。それが彼の特異性。
吉喜:…………。
Ⅸ号:あなたにもあるでしょ、とびっきりの特異性が。その眼。アイアイが。
カイ:
吉喜:眼を逸らすなよ、陸斗。
カイ:……嫌だ。
Ⅸ号:どうして?
カイ:だって! ここはただの居酒屋で、その中の石英の間で、同窓会なんだよ……!
Ⅸ号:こんなに長時間料理の運ばれてこない居酒屋があると思う?
カイ:それは、シナリオライターがそういう設定を忘れてただけだろ!
吉喜:そうだ。うっかりしてたんだろうな。
カイ:は、はは、メタな肯定だな。冗談みたいだ。
吉喜:目の前のシナリオライター、末元彰良が。
カイ:何を言ってるんだ! さっきから本当に僕を馬鹿にしているのか!?
吉喜:どうした?
カイ:どうして……!
Ⅸ号:どうしたの?
カイ:どうして……?
明日華:どうしたというの?
カイ:どうして!
彰良:どうしたんだよリク――
カイ:アキ! どうして君が映らないんだ!
彰良:……。
カイ:君は目の前に居て、声も聞こえる、それを感じる、なのにどうして!
彰良:――そうか。ついに、お前は俺を見つけてくれたんだな。
Ⅸ号:やっと、ね。
彰良:長かったなぁ。
吉喜:そう、だな。
カイ:見つけた……? っは! 何言ってるんだ! 僕は君を見失ったのに。一体どこに居るんだよ、アキ!
彰良:リク、いいや。カイ思い出したんだ、そうだ、全部言うとおりだ。吉喜の。
カイ:はぁ? いやいやいやいや、何の冗談なんだ! 馬鹿げてるだろ諸悪の根源? 君がそんなタマか? 頭沸いてんのか!? どういう悪ふざけなんだよ!? 君も何とか言えよ明日華、いいやキョウ!
明日華:違う、違うの。カイ。
カイ:えぇ?
明日華:全部、夢だったの。
カイ:夢……?
明日華:思い出したの、約束を。
カイ:約束だって……?
明日華:そう。だってこれは同窓会なんかじゃない。送別会だもの。
Ⅸ号:再会を喜ぶ会じゃ無くて、
吉喜:別れを偲ぶ会って訳だ。
カイ:別れ? っは! 誰がどこに行くって言うのさ! この居酒屋からどこに!
明日華:カイ、よく見て。
カイ:これ以上何を見ろって言うんだ! 僕はもう何も!
明日華:その眼でよく見て。
カイ:嫌だ!
吉喜:
カイ:うるさい!
Ⅸ号:遍く混沌に揺籃されし本質と根源を見極める因果遡上の起源式解析魔法の神髄たる純聖核を内包した第三真理の公定を司る魔道性特異点。
カイ:違う、そんなもの……!
彰良:俺の真実を見破ったその瞳で。
カイ:見たくない。
明日華:ねぇ、カイ。
カイ:明日華ちゃん……。
明日華:ここは、居酒屋じゃ無い、アキちゃんの、
カイ:あ、あぁ……っ!
カイが眼を開くと、居酒屋の喧噪は消え失せる。
周囲は一基の墓が佇む荒れ果てた庭園となる。
明日華:末元彰良のお墓よ。
カイ:……そうか。見えたよ、彰良。
彰良:そうか。
カイ:君はそこに居たんだな、あの時から、ずっと。
吉喜:カイお前は、
カイ:言うな。分かってる。思い出した。そうか、僕が助けられなかったのは、君なんだな、彰良くん。
彰良:……。
カイ:そして、失敗した僕は死んで転生した。
彰良:そうだ、
彰良:(同時に)俺を殺すために。
カイ:(同時に)君を殺すために。
カイ:……あはははははは!
Ⅸ号:カイちゃん。
カイ:因果な星の巡りだよ、本当に。本当なら、異世界から帰って来れる筈なんて無いのに。
吉喜:それを可能としたのが、
明日華:千年の約束。
Ⅸ号:世界を滅ぼした彰良本人の力の残滓と、
カイ:君達の願いの力。
彰良:招待状は、歪みだったんだな。
吉喜:或いは希望だ。
明日華:誰の?
Ⅸ号:人類の。
吉喜:いいや、違うな。
カイ:僕達全員の、だよ。
彰良:……ありがとう、みんな。
吉喜:なんだよ。
彰良:みんなのおかげで、こうして、また俺は俺として、末元彰良彰良として存在することが出来た。こんなに嬉しいことは無いよ、ありがとう。
Ⅸ号:ま、生まれつきそういう設定だからね。
吉喜:お前。
Ⅸ号:冗談。
彰良:巻き込んで悪かったなありがとう、キュウちゃん。
Ⅸ号:気にすんなよ、私達の仲じゃん?
彰良:……そして、なにより俺は、
明日華:アキ……。
彰良:みんなの友達として死ねるんだ。
カイ:彰良くん!
彰良:頼む。俺を殺してくれ。
カイ:分かってる、分かってるよ。でも……。
吉喜:カイ。
Ⅸ号:カイくん。
明日華:カイ……。
彰良:カイ、いや。リク、頼む。
カイ:……!
彰良:悲しみを、俺達の約束を、
カイ:彰良……!
彰良:終わらせてくれ。
カイ:……あぁぁぁぁ……!! 永劫続く我らが友の悲しみと苦しみを、慈愛の刃で以て断ち切り、地上の一切の不浄を澄み渡る愛と願いで埋め尽くして安らぎに変えん。――さぁ、咲き誇れ聖剣!
彰良:リク、ありが――
カイ:彰良ぁぁっ――
カイの振り抜いた聖剣が墓標を粉砕すると、彰良が消滅する。
カイ:……はぁ、はぁ……。
吉喜:終わったな。
カイ:これで、本当に、良かったのか?
明日華:それは……。
Ⅸ号:誰にも分からないよ、そんなの。
吉喜:Ⅸ号。
Ⅸ号:ただ、この日確かに世界は救われて、何よりあいつが、
明日華:アキが、
吉喜:救われた。
Ⅸ号:それで、いいんじゃない?
カイ:みんな……。
明日華:それに、私達も。
Ⅸ号:それな。
吉喜:かもな。
明日華:だから、そんな顔しないで、カイ。
カイ:……そう、だね。
吉喜:それでももし辛かったら言えよ。
カイ:中大くん……!
吉喜:俺は吉喜だよ。カイ・シュタイン・ハイアット。
カイ:あ、ごめん。
明日華:ふふ、仲良しね。
Ⅸ号:さ、長年抱えてた問題が解決したところで、
吉喜:お前、言い方。
Ⅸ号:事実じゃん?
カイ:そうだけど……。
Ⅸ号:んで、このあとどうする?
明日華:この後?
Ⅸ号:折角、四人集まってる訳でしょ? このままお疲れっした! はい解散! って味気なくなくない? ねー? カイさん?
カイ:いじり雑……! 確かに、そうだけど。
明日華:そういえばみんな、いつまでいれる感じなの?
Ⅸ号:いつまでって?
明日華:カイとか、異世界人なんでしょう?
Ⅸ号:カイだけに。
カイ:もういいよ! もう少し居られそうだけど。
吉喜:俺もしばらくは。
Ⅸ号:私は不老不死だからほぼ無限かなぁ。
明日華:マジ?
Ⅸ号:冗談。あと百年くらい自由かな。
明日華:すごいわね……。
吉喜:お前もなかなかだけどな。
明日華:え?
吉喜:俺らはなんとかやりくりしてたけど、そういえばお前、どうやって生きてたんだよ、千年も。
明日華:……どうやってだろ……?
カイ:分からないんだね……。
明日華:え、こわ。
Ⅸ号:ま、アレでしょ。愛の力とか友情的なアレ。
明日華:あー。
吉喜:あー。
カイ:あー。
Ⅸ号:てか、そんなことは良いの! この後みんな暇な感じだね!?
カイ:暇と言えば、
明日華:暇よね。
Ⅸ号:だったらさ、改めてしない?
吉喜:ちょっと際どいことか?
Ⅸ号:黙れ。
カイ:何するの?
Ⅸ号:そりゃ、決まってるでしょ。
明日華:決まってるって?
Ⅸ号:折角みんな集まったんだもん、同窓会。
Ⅸ号:しない?
◆◇◆
約束の同窓会。 音佐りんご。 @ringo_otosa
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