第2話 出会い
初めて矢野和也に会ったのは、瑞希が大学生になりテニス部に入部した六年前に
柔らかな雰囲気を持つ和也は、いかにも草食系男子という言葉がぴったりで、二学歳年上ということを忘れてしまうほど、気さくに話せる先輩だった。
喧嘩や戦いとは無縁にみえる和也だが、試合に出るとまるで人が変わったように好戦的になり、成績はいつも上位。でも決して成績を鼻にかけたりはせず、瑞希たちのようなテニスの初心者にも優しく丁寧に教えてくれるから、女の子にとても人気があった。
今まで何人もの先輩や後輩が付き合いを申し込んだらしいけれど、和也は資格を取るのに忙しいからと断ってしまったのだとか。
隠れゲイじゃないの? と口さがない噂を立てる人もいたけれど、男も女も平等に接する和也は周囲から信頼されていた。
ある日、部活に出ようとした瑞希が体育館脇の通路を通りかかると、和也と向かい合ってこちらに背を向けている女の子が目に入った。
ごめんなと困ったように微笑む和也の顔が、ちょっと悲しそうに見える。
和也はどうして誰ともつきあおうとしないのだろうという疑問が頭を掠める。しかも断られた女の子ではなく、和也の方が辛そうな顔をするのも腑に落ちない。
なぜ? どうして? と考え続けたせいか、その日から和也の顔が瑞希の頭に張り付いて離れなくなった。
和也は単なる気弱なのか、一つのことに打ち込むと他が目に入らなくなる不器用なタイプなのか、それとも本当に恋愛に興味がないのかを知りたくて、瑞希は部活後に手作りのお菓子を渡すことで会話を広げていった。
瑞希にしてみれば、どうして和也が誰とも付き合わないのかを単に知りたいだけのはずだった。ところが同級生が瑞希の真似をして、和也にお菓子を渡すところをみた瞬間、猛烈な嫉妬が湧き起こり、受け取らないでと願っていた。瑞希はいつの間にか和也を好きになっていたのだ。
和也はとっくに瑞希の気持ちに気が付いていたのだろう。瑞希が作ったラケット型のクッキーや小さな手作りプレゼントを戸惑いながらも受け取ってくれていたのが、瑞希を真似た女の子たちからのプレゼントが多くなった時、これ以上は受け取れないと断られてしまった。
「今までありがとう。もう充分すぎるほどもらったよ。瑞希ちゃんはかわいいし、家庭的だからもてるでしょ? 部員の中にも瑞希ちゃん狙いの奴がいるから、プレゼントのことで変に勘ぐられて部の雰囲気を悪くしたくないんだ。僕はやめときなよ。勉強の虫で面白みもないし、将来に芽が出る優良品じゃないから」
「どうして、そんな風に自分のことを酷く言うんですか? 和也先輩は爽やかでかっこいいし、面倒見がいいからみんなに好かれているのに。きっと将来だって責任のあるお仕事を任されて、テニスみたいに成績をあげる優秀な社員になります」
「おっと、すごいプレッシャーだな。でも、嬉しいよ。瑞希ちゃんは優しいから僕の良い面を見てくれるけれど、努力してもどうしようもないこともあるんだ。自分のことは自分が一番よく分かってる。僕は気が利かないし、女の子を幸せに……幸せな気分にできないんだ」
そんな風に少し自嘲気味に言うものだから、瑞希はてっきり和也が過去に女の子のことで痛い目にあったのだと思い込み、瑞希のことを無理に好きになろうとしなくてもいいから、形だけでもつきあってくださいと粘った。
根負けしたのか和也が頷いた時には、跳び上がるほど嬉しかったのを今でも覚えている。
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