亀の祝福

琥珀 忘私

ひと夏の思い出

「海だー!!!」

バスから降りるな否や、風のように駆けていくヒナ。

「気を付けなよー」

を見る僕。夏の暑さに、バスの中の涼しさが恋しくなる。

 太陽がギラギラ照り付け、肌が焼かれている感覚がわかる、八月の前半。高校最後の夏休みを利用して、一個下の幼馴染ヒナと一緒に、海に来ている。

「マサにぃも早く来なよー!」

 ヒナは、海の方に走りながらこちらに大きく手を振っている。

 暑いのに元気だなぁ。

 そんなことを思いながら、重い荷物を持って、あつい砂浜を歩いていく。

 八月の海はたくさんの人がいて、人の波でおぼれそうだった。

なんとか人の少ないところを見つけた。ビーチパラソルを広げ、灼熱の台地に自分たちだけのセーフティゾーンを作る。

レジャーシートを広げていると、後ろからヒナが走って来た。

「マサにぃこんなところにいたんだー! 早く海入ろうよ! 冷たくて気持ちよかったよ!」

「冷たかったって、お前まさかもう……」

嫌な予感がして、ヒナの方を見るとヒナの全身はびしょ濡れだった。

「おま、早くこれ被れ! そんな恰好で歩き回ってたのか!?」

 ヒナが着ていたのは薄手のワンピース。それが海の水に濡らされ、いろいろなところが透けている。

「ダイジョーブだよ。どうせ水着を着てるようにしか見えないから」

「そういう問題じゃない!」

 ヒナは昔からこういうとこがある。そこがかわいいところでもあるのだが、もっと女の子としての自覚を持ってほしい。

「マサにぃは、昔から心配しすぎなんだよー。そこがいいところなんだけどね」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん! 何でもないでーす!」

ヒナは顔の前で、手をせわしなく振り、顔を隠そうとする。

「とりあえず水着に着替えてこいよ。あっちの方に女子用の更衣室あるから」

 水着を渡すが、ヒナは一向に行こうとする様子がない。

「ねーねー。マサにぃも一緒にいこうよー」

「男用の更衣室は別のところにあんだよ」

「え~。それならしょうがないか~」

 ヒナはしぶしぶ更衣室の方へ歩いて行った。

 俺もさっさと着替えてくるとするか。

~   ~   ~

着替えが終わり、レジャーシートを広げたところに帰ってくると、まだヒナは来ていなかった。

あいつがまだ帰ってきてないなんて珍しいな。

ヒナはいつも着替えが早い。「遊ぶ時間が減っちゃうから!」と口癖のように言っていて、五分くらいで着替えを済ましてくるのはざらだった。女子用の更衣室までもそんなに距離があるわけでもない。

さらに、五分たったがまだ来ない。さすがに心配になって来た。

なんかあったら危ないし、様子見に行くかぁ。

~   ~   ~

  女子用の更衣室ってここらへんだったよな?

「やめてください。ちょっ、どいてくださいよ!」

「い~じゃ~ん。ちょっとお茶するぐらいさ~」

「そ~だよ~。ちょっとくらいさ~」

人がごった返すなか、女子用の更衣室から少し離れたところで絡まれている女の子がいた。ヒナだ。怖そうな金髪の男と、坊主頭の男に囲まれていた。声をかけようとしたその時だった。金髪の方の男がヒナの腕をつかんだ。瞬間、俺は男の顔を殴っていた。気が付いた時には、体が動いてしまっていた。

「え? あれ? マサにぃ!?」

 俺の行動に、ヒナどころか周りにいた人たちまでざわついていた。

「早く来い! とりあえず逃げるぞ!」

 俺はヒナの手を優しく握り、走りだした。

~   ~   ~

「マサにぃ、もう、大丈夫じゃない?」

「そ、そうだな」

無我夢中に走りすぎて、いつの間にかビーチのはじっこまで来ていたようだ。さすがに、はじまで来ると、周りに人はいなくなっていた。

「走ったら汗かいちゃったね! ね、海入ろうよ!」

 ヒナは俺の腕をそっと引っ張る。

「そ、そうだな」

 俺はさっきのことで頭が回らず、同じことを繰り返す壊れたラジカセのようになっていた。

 海に入ると、突然ヒナが騒ぎ出した。

「あ、みて! マサにぃ! カメ!」

「そ、そうだな。ってうぉ! めっちゃいる!?」

 周りを見渡すと、一面にカメ、カメ、カメ。大量のカメがいた。

「なんでこんなにいるんだろ?」

「わからんが、すごい数だな」

 カメに囲まれているヒナがもじもじしだした。

「あ、あのねこんな状況だけど、さっき助けてくれたのありがとう。すっごい怖かった」

「ほんとにすごい状況だよな。さっきのは俺もやりすぎた感あったけどな」

「そんなことないよ! あいつらしつこかったし……自業自得だよ!」

「ヒナが何かされそうになったから、居ても立っても居られなくてさ」

「なんで?」

「なんでって、好きな人だか……ってあれ!?」

 俺は何を言ってるんだ!?

「私もマサにぃのこと好きだよ?」

「……え?」

「昔からマサにぃのこと大、大、だーい好き!」

顔を赤くしながら、大きな声で言うヒナのことを「かわいい」そう強く思った。そして、これからもずっと守っていきたい、とも。

「俺も前からヒナのことが好きだった」

俺たちは、抱き合った。

 

 そんな俺たちを祝福するかのように、カメたちはぐるぐると俺たちの周りを泳いでいた。

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