十四、足跡

81 ニイナ

 放課後、俺はニイナ先輩と話すために今近所のカフェに来ている。


「びっくりしました。先輩の方から直接会いたいって言うなんて……」

「話〜あるからね?」

「もしかして……」

「そうだよ。ナナちゃんのこと」


 やはり……、雨宮先輩の話か……。

 俺が知りたかったことをニイナ先輩が言ってくれるかもしれない。

 ここに来たのはそのためだ。


「はい。僕もそれについて話したいことがあります」

「だよね? じゃあ、私から言ってもいい?」

「はい」

「ナナちゃん、入院したよ? 後ろから誰かに殴られたって」

「えっ? 誰かに……?」

「そうだよ? でも、なぜか朝陽くんと関わってるような気がしてね?」


 いくら憎い人だとしても、そんなことはできない。

 そして俺に雨宮先輩を入院させるほどの勇気はなかったから……。なら、誰が雨宮先輩を殴ったんだ……? ふと思い出す今朝の言葉「もう何も起こらないから」、それはこの状況を知った上で……。


 そんなわけない……、胡桃沢さんがそんなことをするわけないだろ。

 なら、俺が言うべきことは。


「…………よく分かりません」

「だよね? 朝陽くんはそんなことができるほど、勇気のある人じゃないから」

「は、はい……」

「ねえ、知りたいよね? どうして、ナナちゃんがそこまで朝陽くんに執着してるのかを……」

「はい。確かに、先輩と過ごした時間の中には楽しかった時もありました。でも、どうしてそんなことすら忘れたくなるほど、つらかったのか……それがよく分かりません。どうして、先輩がいきなりそんなことを……」

「ううん、それはね。いろいろあるけど、あの子は……昔からクズだったからね」

「えっ?」


 聞き間違い……?


「数年間、ナナちゃんの友達としてそばからいろんなことを聞いたからね。あの子をそうさせたのは多分、家族のせいかもしれない。だから、不安だったその精神状態を私がどうにかしてあげたかったけど、見た通り無理だったよ」

「じゃあ……、そこまで強制的に言う必要ありますか? 先輩も知ってますよね?」

「うん。もちろん……、朝陽くんの手足を束縛したのは私だから。へえ……、それは覚えてるんだ……?」

「はい。雨宮先輩が現れてから、どんどんあの時の記憶を思い出して……」

「あはははっ、そうなんだ。朝陽くん、あの時は怖かったよね? ごめんね……。私はナナちゃんの言うことならなんでも聞くことになってるの。こっちはお金の関係だから……」

「そうですか……? あの日……、何も見えなかったけど、確かなことはその部屋に二人があったこと。それはニイナ先輩だったんですか?」

「正解、そうだよ。ナナちゃんは知ってるのかどうか分からないけど、朝陽くんは寝てる時も起きてる時も……ずっとずっと私たちとやっていたからね?」

「…………今更、それを言う理由はなんですか?」

「楽しかったから……、あの時は」


 ニイナ先輩は元々こんな人だったのか、俺の記憶に残っているニイナ先輩はこんな人じゃなかったはず……。


「抗えない男の子を毎日……。もちろん、私はナナちゃんがいない間にやったけど、スリルがあるからもっとドキドキしてたよ」

「…………」

「ナナちゃんの友達だから、私もおかしいかもしれない。でも、私とナナちゃんの違いはナナちゃんは自分がやってることを自覚していない。だから、いつも自分勝手なことをするのよ。朝陽くんを殴ったり、撫でたりするのも……」

「…………そんな」

「最初は朝陽くんが可愛くて優しいから声をかけたって言ったよ。でも、どんどん朝陽くんのことが欲しくて欲しくてたまらないって言ったのも覚えている。その頃、ナナちゃんのご両親は離婚とかで、家にいろいろあったから。当時のナナちゃんには朝陽くんしか残っていなかったかもしれない」

「なのに、そんな人にどうして……!」

「不安だったから、ずっと。そしてそんな状態で付き合うのはもう無理だと思っていたから……そうしたかもしれない。そこまでは言ってくれなかったから私にも分からないよ。でも、嘘をついて別れようとしたのは朝陽くんのためだった」

「要するに……、雨宮先輩は家のことで疲れていて、そんなことして、結局別れるのを……」


 あり得ない、あの先輩は……そんなことをするような人じゃなかった。


「そうだよ」

「はい……。分かりました。結局、雨宮先輩は……」

「心配しなくてもいいよ。そろそろ行こうかな? 時間も遅いし、朝陽くんの彼女もきっと待ってるはずだから」

「は、はい」


 カフェを出て、俺たちは駅まで歩いていた。

 一応……ニイナ先輩に説明してもらったけど、それでもよく分からなかった。本当にそれだけ……なのか……? 何か足りないって気がするけど、何が足りないのか俺は分からなかった。この曖昧な感覚をどうしたらいいんだろう……。


「じゃね〜」

「はい」


 先に先輩を送って、俺は自販機でジュースを買おうとした。


「ねえ……、朝陽くん」

「はっ—————」


 後ろから……、何か……何かが……。

 あれ……? 俺、どうして地面に倒れてるんだ……?


「ふーん。スタンガンってすごいね……。すぐ倒れるなんて……」

「…………うっ」


 体が動かない。

 そして何か言ってるけど、聞こえない。


「ううん。一応これを言っておこうかな……? 朝陽くんはずっとナナちゃんの奴隷だったよ? 家のこととか、先のくだらない話は全部……私の作り話だからね? ナナちゃんが今更朝陽くんに執着する理由は、朝陽くんよりいい奴隷を見つけなかったからだよ……。そして、別れても朝陽くんはナナちゃんの物だから……」

「…………」

「でも、私はナナちゃんが自分の力で見つける前まで、ずっと黙っていたよ。優しいでしょ?」

「…………ニ、ニイナ……せ、ん……ぱい」

「そしてこれも! 後ろから煉瓦で殴るなんて、ひどいよ……。朝陽くん……」

「…………うっ」

「ナナちゃんの話もちゃんと伝えたから、それじゃおやすみ」


 なぜか、言葉が出てこない。

 そして、背中も痛すぎる……。

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