59 真冬

 胡桃沢さんと初めて出会ったのは大雨が降る日だったのに……、今日は大雪が降っている。天気予報も今日が一番寒い日になるかもしれないって言ってるし。学校に行く準備を終わらせた二人は当たり前のようにくっついて、朝ご飯を食べていた。


 もぐもぐ、俺に寄りかかってパンを食べる胡桃沢さん。

 どうやら向こうではなくそばいるのが落ち着くらしい。


「雪乃、スカート寒くない?」

「別に寒くない……、タイツはいてるし。大丈夫!」

「そう?」

「うん! 心配してくれるの……? 優しい〜」

「寒そうに見えるから……」


 冬服の胡桃沢さんは夏服の時より可愛かった。

 その小さい頭に大きいホワイト色の耳当てをつけてて……、その可愛さになぜか笑みを浮かべてしまう。そして寒い空気に赤くなる頬と、ぎゅっと繋いだ二人の手。いつもと同じ道を歩いてるのに……、雪のせいで雰囲気が少し変わっていた。


 それにしても短いスカートにタイツをはくだけで、この寒さに耐えられるのかな?

 一応胡桃沢さんは大丈夫って言ったけど……、風邪を引くかもしれないからそれが心配だった。


「はあ……、白い息が出る……」

「だから、寒いって」

「ひひっ、いいよ。私はあんまり寒くない!」

「一応……、マフラー巻いてあげるからこっち見て」

「う、うん……」


 道の真ん中、俺と目を合わせる胡桃沢さんが微笑んでいた。

 そして目を閉じる。


「チュー……」

「道の真ん中だよ? 雪乃」

「チュー…………」

「だから、道の真ん中だって……!」

「チュー………………」

「あ……、もう!!」


 ちらっと周りに人がいるのか確認した後、胡桃沢さんの唇に数秒間……俺の唇を重ねた。恥ずかしすぎてすぐ唇を離そうとしたけど、つま先立ちをする胡桃沢さんが俺を離してくれなかった。また……、胡桃沢さんの罠に……。


「はあ……」


 白い息が出る。

 そして香水をつけたのかな……。彼女からいい匂いがした。


「ちょ、ちょっと……雪乃」

「ひひっ、好きだよ。朝陽くん……、大好き♡」

「雪乃……、その言い方はずるいよ」

「そう? でも、朝陽くんのことが大好きなのは死ぬ時まで変わらないからね? 安心して……」

「俺も……、雪乃しかいないから……。外でそれを言うのはやめてくれない?」

「でも、ドキドキしてすごく気持ちいい!! ねえ、腕!」

「あっ、うん」


 真冬。胡桃沢さんと腕を組んで、学校に向かう。


 ……


 胡桃沢さんと過ごす日常はとても楽しくて、毎日がハッピーだった。

 だから、もう何も起こらないでほしい。友達のことも、あの先輩のことも……、そして莉子さんのことも……。俺はそんなに強い人じゃないから……、ずっとみんなのことが気になってしまう。誰かに嫌われるのは嫌だから、ずっと馬鹿みたいな心配をしていた。いつからこうだったのか分からないけど、俺はそんな人だった。


「ヤッホー! 雪乃ちゃんだ」

「みんな、おはよう」

「おはよう。宮下くん」

「あっ、おはようございます」


 そして後ろから入ってくる晶に、俺は何も言わず、あいつのことを無視した。

 俺は何も悪くない……。ずっと…お前らのことを心配していたのは俺だったから、もうこれ以上は何もやりたくない。知らない。


「どうしたの? 朝陽くん」

「えっ?」


 いつの間にか俺の膝に座ってる胡桃沢さん、彼女はこっちを向いていた。

 教室なのに……、なんで堂々と膝に座るんだろう……。

 恥ずかしくて、すぐ彼女から目を逸らしてしまった。


「恥ずかしい? ねえ〜。恥ずかしいの?」

「別に……、恥ずかしくないけど!」

「じゃあ、こっち見て!」

「嫌だよ! 恥ずかしい!」


 あっ、言っちゃった。


「やっぱり恥ずかしいんだぁ〜。えへへっ」

「なんで、今日はこんなことを……」

「だって、朝陽くん。最近ずっと何かを心配してるような顔だったからね? 私は朝陽くんの彼女だからそれが気になる……」

「そ、そう……? 別に何も心配してないけど……?」

「嘘……、私に嘘つかないって言ったよね?」

「あっ、うん……」

「好きだよ」

「うん。俺も」


 周りの目に気にせず、こっそり抱きしめ合う二人。

 もうみんな俺たちのことを知ってるから、特に隠すこともなかった。俺が心配していたのは同じ教室にいる晶のこと。あいつは胡桃沢さんのことが好きだったから、友達としてずっとあいつのことを気遣っていた。


「やっぱり、学校でイチャイチャするのはいいな〜」

「雪乃は……本当に不思議。周りに人がいるのに、どうしてそんなことができる?」

「好きだから、周りに人がいてもいなくても気にしない。私の目には好きな人しか見ないからね?」

「バカ……」

「ひひっ」


 胡桃沢さんの前で笑みを浮かべる。


「ねえ、ここに宮下朝陽いるの?」


 そして廊下から、知らない人が俺の名前を呼んだ。


「あの人誰? 同級生じゃないような気がする」

「うん。ちょっと行ってくるから」


 どう見ても、あの人はこの学校の先輩にしか見えなかった。

 同じ一年生の中にはあんなヤンキーがいないから、多分……先輩だろう。それにしても、俺のことを知ってる先輩なんているはずないのに……。どうして俺を呼び出したんだろう……。それだけはどう考えてみたも分からないことだった。


「よっ!」

「お、おはようございます」

「君が宮下くんなんだ……。へえ……、近いところで見たことないから知らなかったけど、君割とカッコいいね」

「えっ……?」

「ねえ。ちょっと話があるけど、私に付き合ってくれない? もちろん、宮下くんに拒否権はないよ?」


 タバコの匂い……、やっぱりこの先輩ヤンキーだったのか?

 なんで、この先輩が俺と話を……。


「は、はい……」

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