二、縮まる距離
6 距離感
「あれ、雪乃ちゃん。なんか嬉しそうだね? いいことでもあったの?」
「うん! いいこと!」
「へえ……、なになに! 教えてよ」
「秘密!」
「え———」
それがあってからあっという間に梅雨が明けた。
先週はあの胡桃沢さんといろんなことがあったけど、やはり学校にいる時は距離を置いた方がいいかもしれない。それより、いきなり「うちに来てもいいですよ」とか言い出した俺の方が恥ずかしくて声をかけられなかった。そもそも胡桃沢さんがうちに来るはずないし、あんな汚い家に再び足を踏み入れるなんて想像できない。
「よっ、朝陽。へえ……、朝から胡桃沢さんをいやらしい目で見てんのか?」
「違う……」
「てか、朝からキラキラしてるよな。眩しすぎて死にそう……」
「じゃあ、死んだら……?」
「ひどいね。それは〜」
でも、これは気のせいかもしれないけど……、たまに廊下側にいる胡桃沢さんと目が合ってしまう。まるで俺のことを意識してるような……。んなわけないな。最近、いいことばかりだから、すぐとんでもない妄想をする。
「あのさ、俺……胡桃沢さんに告白するから!」
「え……、週末に特訓でもやったのか? いきなり告白なんて、お前らしくないな」
「俺はもう昔の俺じゃねぇんだから! 頑張ってみる!」
「おおっ……、頑張れ晶」
「よっしゃ!」
そして一限の体育授業、俺は晶や他の男たちとバスケの練習をしていた。
スポーツは嫌いじゃないから、体育は俺や晶にとって砂漠のオアシスみたいな存在だった。とはいえ、ほとんどの人は女子たちにカッコいいところを見せつけたいって目的を持っている。特に、ベンチで休んでいる胡桃沢さんとか……。
「よっしゃ! 決めた!」
「朝陽ナイス!」
「ナイス朝陽〜」
「いいパスだったぞ〜」
一方、ベンチで休んでいる女子たちは男子たちのバスケ試合を見ている。
「へえ……、私はやっぱり宮下くんの方がいいかも」
「え……、宮下? ないない。宮下ってあんまり女子たちと話さないから……、この前に声をかけた時も「あ、うん」「ありがとう」くらいだったし……」
「ええ……、分かってないね。宮下くんは女の子が苦手だから、あんな反応をするんだよ」
「えっ? そうなの?」
「もちろん、それが可愛いから好きだけどね〜」
「え……」
女子たちの話に耳を澄ませる雪乃。
「この間にさ、自販機があるところ知ってるよね?」
「うん」
「私ね! 着替え途中の宮下くんを見ちゃったよ!」
「えっ? 本当? あんなところで?」
「うん。確かにそこには人がいないからね。それより偶然だったけど……、めっちゃカッコよかった。やっぱり筋トレとかやってるかもしれない……!!」
「へえ……、そうかもね。ここで見ても普通に運動神経良さそうに見えるから」
「ねえねえ、雪乃ちゃんは? どう思うの? うちのクラスに好きな男子いる?」
「ううん……。気になる人ならいるかも……?」
「へえ……! 誰?」
「教えてあげないよ〜」
「ずる〜い」
笑顔でクラスの女子たちと話しているけど、雪乃の目はずっと朝陽を追っていた。
女子たちのバレーが終わった時から……ずっと。
……
特別なことがなくても、それなりに学校生活を楽しんでいた。
バスケとか、ゲームとか、そしていつか俺にも春が来るんだろうと思いながら。
今はそれくらいでいいんじゃないかな……?
「お疲れ〜」
「晶、俺ジュース買ってくるからさ。先に行ってくれ」
「オッケー」
体育授業の後はいつもコーラを飲む、これが俺の小さな幸せ……。
「ひひっ……」
つい笑いが出てしまったけど、まあいっか……どうせ誰もいないし。
———そしてコーラもなかった。
目の前の「売切」に手が震えてしまう……。まじかよぉ———。
「……嘘だろ? コーラがないって……、そんなこと……ある?」
飲みたいのに……、ないのかよ。
仕方がなく教室に戻ろうとした時、後ろからすごく冷たい何かが感じられた。
「うわっ……! 冷たい……」
「あははっ、びっくりしたの?」
「あ……、胡桃沢さん……? どうしてここに?」
「ジュースを買って教室に戻ろうとしたけど、宮下くんが自販機の前で落ち込んでいるから。なんか、イタズラがしたくなっちゃって!」
「え……」
「どうしたの? あっ、もしかしてこれ飲みたかった?」
「そ、それは……!」
どうして胡桃沢さんがコーラを持ってるんだよ……。
缶の色を見ただけなのに、全身がその液体を欲しがっていた。恐ろしい体だ……。
「欲しい?」
「…………」
「素直に欲しいって言ったら宮下くんにあげる!」
「ほ……」
ちょっと待って。俺は今素直に欲しいって言ってもいいのか……?
でも、めっちゃ飲みたいし……。
体育の後はコーラを飲まないと体が持たない病だから……胡桃沢さんの前で話すしかなかった。
「ほ、欲しいです……」
「飲みたい?」
「えっ? 先答えたんじゃ……」
「だから〜飲みたいって聞いてるの」
「飲みたいです!」
「いいよ。あげる」
「あ、ありがとうございます……! わあ……! コーラだ!」
「そんなに嬉しいの? 可愛い……」
「うっ……。今のはむ、無視してください」
「ええ? どうして? 可愛いけど……」
「…………」
チッ……、コーラのやつどうしてこんな時に売切なんだよ……。
めっちゃ恥ずかしいことを言っちゃったし……、胡桃沢さん…先からずっとニコニコしている。
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