アンドロマリウスの夜

物部がたり

アンドロマリウスの夜

 泥棒に入った家が、すでに泥棒に入られていることもあるだろう。れいが泥棒に入った家は、すでに家の隅々をひっくり返され、まるで嵐が通り過ぎたように悲惨な状況だった。

 家の中を散らかすなんて、れいの泥棒美学に反していた。泥棒は紳士であるべきなのだ。同じ泥棒として恥ずかしい。

 情報収集に時間をかけ過ぎたことを深く悔やんだ。

 れいが泥棒に入った家は、この一帯で有名な資産家の老人の家であり、他の泥棒たちも目を付けていてしかるべきだ。

 しかし、に隠された財産は見つかっていないかもしれない。調べてみよう、としたとき何者かが背後かられいの頭を殴った。


  *               *  


 目覚めると手足を結束バンドで縛られ、身動きを封じられていた。目の前には覆面を被った三人の男が立っていた。

「あぁ~、いや、泥棒に入ったんじゃないんですよ。トイレしたくなって、ちょっとトイレ貸してもらおうと思っただけなんですよ……」

 と、弁明してみたが、明らかに住人ではないことは一目でわかった。それにこの家には八十近いおじいさんの一人暮らしだと事前に情報収集している。それらの情報を取捨選択して導き出される男たちの正体は、強盗であった。

「どうする、こいつ」

 左の強盗がいった。

「ちょうどいい、このコソ泥を痛めつけたら財産の隠し場所を吐くかもしれねえ」

 真ん中の強盗がいった。


「そんな泥棒を痛めつけても、儂は吐かんぞ!」

 れいと同じように結束バンドで縛られ、身動きを封じられた老人がいた。この老人がこの家の主である。

「はは、試してみるか」

 真ん中の強盗が蹴飛ばすように足を振り上げたとき「ちょ、ちょっと待って! 何でそうなるの! おじいさん、財産の隠し場所を吐いてくださいよ。僕が殺されてもいいんですか……!」とれいがいった。

「ほざくな、泥棒! 貴様がどうなろうと儂には関係ない」

「それは、泥棒差別ですよ……。泥棒にも人権がある!」

「知らん。儂に貴様を助ける義理はない」

 老人の言い分ももっともだった。


「そうですか、わかりました。黙っていてあげようとしたのに、差別主義者に気を遣う必要はありませんね。強盗さん、僕と取引しましょう。僕は財産の隠し場所を知っています」

 強盗たちの様子が明らかに変わった。

「本当です。僕と取引しましょう」

「嘘だったら承知しねえぞ」

「嘘じゃありません。ちゃんと下調べは念入りにしているんです。噓だったら、コンクリートで固めて海に流してもらって結構!」

「そこまでの覚悟なんだな。いいだろう。取引してやる。何が望みだ」

「もし財産が見つかったら僕を解放してください」


「そんなことか。わかった。約束しよう」

「約束ですよ」

「ああ、強盗は嘘つかねえ。どこだ」

「財産の隠し場所は、仏壇の抽斗ひきだしの奥にある隠し抽斗です」

 老人はれいの言葉に狼狽していた。

「おい、調べてこい」

 右の強盗が仏壇に向かった。

「あった! あったぞ!」

 強盗は抽斗ごと一億はあろうかと思われるタンス預金を持って来た。

「約束です。僕を解放してください」

「無理だ」


 まあ、当然の答えであった。

 事情を知ったれいを逃がしてくれるはずはない。

「そんな……」

 落胆したように顔を落とした、刹那。れいは目にもとまらぬ早業で、油断した強盗の足を続けざまに薙ぎ払い、態勢を崩して倒れた強盗たちの顎を思いっきり蹴り飛ばし脳震盪を起こさせた。

 強盗たちが正気に戻る前に、老人からガムテープのありかを聞き出し、手足をグルグル巻きに縛り、柱に括りつけた。


「い、一体どうやって抜け出したんだ……」

「泥棒たるもの、結束バンドを抜け出せなくてどうします」

 といって、れいは強盗が入ったと警察に連絡した。

「もう少ししたら近くの交番から警察が駆け付けます。で、ここからが本題ですが、この一億円の三分の一を僕にください」

「な、何をいっとる!」

「いいんですか~? 警察が来たら、この一億円どう説明します? もしかすると、脱税で得たことがバレるかもしれませんよ~」

 

 れいも悪人ならば、老人も法の下では悪人であった。老人の財産は脱税で得たものだったのだ。

 老人は額に青筋を浮かべたが、自分の置かれた状況をわかっているらしく、力なくうなだれ「わかった」といった。

「では、交渉成立です」

 れいは老人の拘束を解いた。

 老人はおかしそうに「お主も悪よの」といった。

 れいも「いえいえ、お代官様ほどではありません」といった。

「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」」

 二人の悪は高らかに笑い合った――。

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