赤ちゃん公爵のビンセントは鉄の爪を手に入れる

岡田 悠

第1話 赤ちゃん公爵ビンセントは鉄の爪を手に入れる

 父亡き後、この世に生を受けたビンセント。


それは生まれながらにして公爵家の家長としての宿命を背負ったことを意味していた。


 この物語は、赤ちゃん公爵ビンセントの、ほのぼのとした成長記録と滑稽かつ温かな家族の絆である。


***


 ぼくの名まえは、ビンセント・オブ・ノーリッジ・Ⅱデューク・オブ・フランシス。


フランシス公爵家の家長にして、赤ちゃんだ。


赤ちゃんなので、まだ0歳の乳飲み子だ。


かわいいだろう?


だが、ぼくはただの赤ん坊ではない。


ぼくは、人並みになにもできない赤ん坊だが、天才児なのだ!


だがしかし!


天才の実力をいかんなく発揮できたためしはない。


けれど、ぼくの能力は、とうとう日の目を見ることになる。




 ベキッ!


日当たりの良いサロンでぼくは、赤んぼ用の籐で編まれたベビーベッドで、母上からいただいたガラガラを思いっきり折ってしまった。


ああ、またやてしまった。


ぼくは、公爵家家長なので、むやみに振り回して、ぶつけてガラガラを壊してしまう迂闊なことはしない。


粗末に扱っているつもりはない。


かといって、母上がぼくに粗末な品をあたえるわけがない。


だが、最近ぼくはおもちゃのガラガラをよく壊してしまう。


う~ん。


どうしてだろうか?


気を付けて、丁寧に扱おう。


せっかく母上が、ぼくのために買い求めたなのだから。




 数日前に、ぼくは思った。


哺乳瓶ミルクのお陰か、ぼくの体の成長は著しいきがする。


ぼくの子供部屋執務室で母上と一緒にいたときだった。


「ビンセント坊や~。まぁまぁ~、ママがわかるのかしら?」


母上!


ママではありません。


そんな赤ちゃん言葉をぼくが使うわけないでしょう!?


無論、母上のことは、とっくの昔から認識しています。


ぼくは、やや憮然とした態度を示すため、ほっぺを膨らませてしまった。


「まぁ~、なんて愛らしいことビンセント坊や」


なっ!


母上、前から申し上げおりますがビンセントなどといわないでください!


恥ずかしい!!


ぼくは、抗議の意をあらわに腕を振り回した。


「まぁまぁ、ほんとに元気だこと。以前の心配が嘘のようだわ」


母上は、ぼくの抗議など、どこ吹く風。


まったく、意に介していなかった。


だが、ぼくは母上の言葉にハッとした。


そういえば最近、グラグラしていた首が安定した。


なんだか、肩や首に前とはちがい、力が入りやすくなった。


そのうえ、頭の向きを変えられるようになっていた!


おお!


自由への第一歩だ!


どうりで、寝たままなのに、母上の笑顔がよく見えるようになったはずだ。


いま少し、鍛錬をしてみよう。


ぼくは、一生懸命、体の部位をいろいろと動かしてみた。


手をにぎにぎしたり、足を思い切り持ち上げてみたりした。


手や足が前よりも動かしやすい!


これは、愉快だ!!


日々ぼくは、体が動く可動域を広げていく。


力を思ったとおりに、体に伝えられるようになり始めた。


いいぞぉ~。


ぼくが、鍛錬していると、母上はよく褒めて下った。


「ビンセントは、譲りの、逞しい殿方になるかもしれないわね」


とは、亡き父上のことだ。


母上は、父上の話をするとき、すこし遠い目をする。


さみしい、ということなのか?


やはり心細いのであろうか?



 ベキっ!


またやってしまった。


きょうは、ぼくの子供部屋執務室で召使のひとり、セバスチャンとともにいる。


「ああ~、またですか?坊ちゃん?」


チっ!しまった。


まずいところをセバスチャンに見られた。


セバスチャンは、すこし苦手だ。


なんだか、軟派な態度が気に食わないのだ。


いやいや、家長として、色眼鏡で見てはいけないな。


改めなくては。


「奥様が、町で買ってきてくださったガラガラ壊しちゃったんですか?今週でいくつ目ですか?」


うっ!


「奥様も奥様だ。こんなに可愛げのない顔した、赤ちゃんらしかぬ老け顔の坊ちゃんに、よくも不似合いなガラガラなんて与えるもんだ」


がっび~ン


かっ、可愛くないだと!!


ふっ、老け顔とはなんだ!?


どういう意味だ、セバスチャン!!


メイドや母上には評判のだぞ!ぼくは!!!


「メイドたちもちやほやしやがって……面白くなんだ」



なんだ~やっかみか?セバスチャン?


「どうせ、坊ちゃんには分かんないだろうし……ああ~奥様とやりてぇーなぁー。未亡人の一人寝はさみしいだろうに」


!!!


なっ、なんと!!


『やりたい』とは、なにをやりたいのかイマイチ不明だが、けしからんことだけは感じる。


大人のくせに、母上に添い寝をしてほしいというのか!?


けしからんぞ、セバスチャンめ!!


この召使には、教育的指導が必要だ。


えいっ!


「いてっ!……うん?なんだ?ガラガラの柄?まさか……」


セバスチャンが、ぼくを振り返った。


目を見開いている。


そうだろう、そうだろう。


さぞや驚いたろう。


なにを隠そう、ぼくも驚いている。


まさか、投げたガラガラの柄が本当に、セバスチャンの背中に当たると思っていなかった。


「まさかな……」


セバスチャンは、おもむろにテーブルの上の果物皿からリンゴを拾い上げた。


「ああ~、坊ちゃん危ない」


セバスチャンは、ぼくに向かって放物線を描くようにリンゴを放り投げた。


がしっ!!


フン!造作もない!!


ぼくは、目の前に落ちてきたリンゴを両手でキャッチした。


セバスチャンよ!


母上に邪な思いを抱き、あまつさえ、ぼくが赤ん坊だと馬鹿に仕切ったその態度、とくと反省せよ~。


ぎゅじゅぅぅぅぅぅぅぅ~


「ヒっ!!」


セバスチャンは顔をひきつらせた。


それもそのはず、ぼくはリンゴにアイアンクローを食らわせた。


リンゴに容易く5本の幼き指をめり込ませ、そのめり込んだリンゴをセバスチャンに見せつけた。


「ひっぃぃぃぃぃ~」


セバスチャンは、ぼくの鉄の爪伝説の最初の目撃者となった。


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