クリームソーダ
ぽた
クリームソーダ
とても高い塔の頂。
そこに作られた飛降り台から飛んだ者は夢が叶うらしい。
私の仕事は塔の上で夢を追う人達を看取ることだ。
男が落ちていくのを見届けた後、私は机の上のノートと向き合いレ点を書き加えた。
きっと今日はもう誰も来ないだろう。
空に向かって大きく伸びをして私は飛降り台へと近づく。
先端が近くなるにつれ、風が強くなり身体が煽られる。
試しに下を覗いてみると、雲が海のように広がっていて地上は見えなかった。
「ここが頂上かい?」
背後から突然声がして体が大きく弾む。
呼吸を整え声のする方へ私は視線を移した。
「はい」
応えた先にいたのはスーツ姿の中年の男だった。
「ずっと階段は流石に堪えるな。けどまさか頂上に女の子がいるとは思わなかったよ」
「私はここで看取り番をしている者です」
「看取り番?」
男が怪訝そうな目で私を見る。
「看取り番は、この塔から飛び降りる人たちを監視する者のことです」
「それが嬢ちゃんの仕事というわけか。それにしても看取り番とは縁起でもないな」
ぶつぶつ言いながら男は周囲をぐるりと見まわした。
「此処から飛べば本当に夢が叶うのか?」
「半々です」
「そうかい」と短く言うと男はさらに続けた。
「もう半分は死ぬって意味かい?」
「わかりません。でも死ぬ勇気もないなら夢なんて追わない方がマシかと思いますが」
瞬間、男の眉根がピクリと動くのが分かった。
「嬢ちゃんなかなか言うじゃないか。好きだぜそういうの」
男の言葉には答えず私は抑揚のない声で言った。
「ではさっそく始めていきましょうか」
男を飛降り台の方へと案内する。
「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。それは人情ってもんがねえよお嬢ちゃん」
男が何を言っているのかわからず私は首を傾げた。
「俺はまだ飛ばねえよ。もう少し此処で楽しませてくれや。お嬢ちゃんは俺の最後の話し相手かもしれないんだぜ?」
面倒だなと思いつつも私はこくりと頷いた。
それが嬉しかったのか、男が子供のように嬉しそうな顔を向ける。
そんな男を私はただじっと見ていた。
「おいおいおい。なんだそのしけた感じ。お嬢ちゃんも笑ってくれよ。笑わないなんてよ、せっかくのべっぴんさんが台無しだぜ?」
「いつもこんな感じですのでお気になさらず」
私は抑揚のない声で言った。
おじさんは不満そうに頬を掻きながら諦めたように「そうかい」と短く言って空を見上げた。
「それにしても此処は随分と高いんだな」
「そうですね雲の上にあるくらいには」
「まあ座って話そうぜ」
足をぶらつかせるようにして飛降り台に座るとおじさんは私に向かって手招きをした。
「俺はなクリームソーダが好きなんだ。お嬢ちゃんは飲んだことあるかい?」
ここ以外での記憶がない私は首を横に振る。
「マジかよ。飲んだことないなんて損してるぜ」
「そんなにおいしいんですか?」
過去を懐かしむようにおじさんは「ああ」と言って微笑んだ。
「それによ、クリームソーダってのは夢に似てるんだよ」
「夢?」
「クリームはな最初は存在感があってキラキラしてるんだ。でも時が経つにつれ溶けはじめていく。存在感のあった姿はやがて小さな欠片程度にまでなって終いには何もなくなる」
おじさんの目が下を向く。
「でもな完全には消えてくれないんだ。透明だったソーダは濁って、クリームがあった痕跡は2度と消えはしない。未練がましくこんな果ての塔にまでやってくる俺みたいにな」
何か言おうと思った。言葉が喉に詰まって上手く声が出ない。
「じゃあそろそろ行くわ。ありがとな嬢ちゃん。ヤクザの戯言に付き合ってくれてよ」
おじさんは腰を上げ「なんでこうなっちまった」とぼそりと呟いた。
風が強く吹く飛降り台。
深く息を吸い込んだおじさんが空を貫くような声で叫んだ。
「こんな塔に縋るのは辞めだ! 俺の願いは嬢ちゃんにやるよ。だから、なあ嬢ちゃんあんたの夢はなんだよ?」
強い風に煽られ反射的に瞳を閉じてしまう。
私が質問に答えようとした頃にはおじさんの姿はもうどこにもなかった。
おじさんのいた場所に私はすぐに駆け寄る。
先端に立つと視界は空に覆われ、雲と空の地平線からは大きな太陽が半分頭を覗かせていた。
それを見た私は思わず笑ってしまう――――。
クリームソーダ ぽた @potapotayakidayo
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