第71話:俗世のごたごたは苦手
地上に戻った俺は、待ち構えていた城の兵士に両脇を抱えられて謁見の間まで引っ立てられた。
別に抵抗すれば引きはがすことは可能だったのだが。
「女王陛下がお待ちかねだ! 叙勲式をすっぽかす冒険者など前代未聞だぞ!」
今日、俺が騎士に叙勲されて部隊を一つ預かる予定だったという予定を完全に忘れ、女王との約束をすっぽかして迷宮探索にうつつを抜かしていたのは俺なので、大人しくしておくことにした。
「メト、食事をとって待っていてくれ」
とりあえず、普段使いの金を詰めている袋をメトに投げつけておく。
「さて、一晩どころか丸一日考えるくらい悩んでくれたフェイト君、答えを聞かせてくれるかしら」
謁見の間に引っ立てられた俺に、額に青筋を立てた女王は質問した。
明らかにおこである。
げきおこぷんぷんまるである。
ここでNOと答えたらどうなるのかちょっと興味はあるが。
「受けるつもりだ。メトを副官につけたい」
ここはさらに女王を怒らせるより、さっさと話を進めるべきだろう。
「受けてくれるんだ」
女王は虚を突かれたように目を見開いた。
どうやら俺が断ると思っていたらしい。
「受けるべきだと思った」
迷宮探索は楽しいからやっていた。
人を育てるのは、きっと俺にとっては楽しくないことだろう。
それでも、これは、やるべきことだと思った。
「そっか。ありがとう」
いつの間にか、女王の額からは青筋が消えていた。
「明日は朝から顔合わせをやるから、忘れずに王城に来てね」
俺の首肯を受けて、女王は玉座を立ち、息を大きく吸い込んだ。
「現時点をもって、冒険者フェイトをアスガルド王国上級騎士に叙勲し、新設部隊指揮官に任命します!」
女王の宣言に、反対する者はいなかった。
謁見の間を出ると、廊下に一人、背の高いやせぎすの男が壁に背を預けていた。
神経質そうな表情のその男は、俺を見るとすたすたと歩み寄ってくる。
「フェイトだな」
近くで見れば、金髪碧眼のその男の顔立ちは整っていた。
表情がもう少し柔和なら、甘いマスクだのなんだのともてはやされてもおかしくない、派手にモテそうなイケメンというやつだ。
どうしようもなく神経質な、人を寄せ付けない表情さえなんとかなれば。
「俺に用か」
俺を知っているらしいその男に訊ねる。
名前を尋ねるつもりはない。
俺は自分から積極的に人の名前を覚えるような男ではないし、記憶してほしければ向こうから名乗るだろう。
「俺は貴様がこれから属するアスガルド軍の全てを束ねる最高幹部、ラルファス将軍だ。物言いには気をつけろ」
自分の権威を固辞したがるタイプか。
関わり合いになりたくない相手として記憶しておこう。
「断る」
それはそれとして、言葉遣いに気を遣うことはできないので断っておく。
「ふん。ドラゴンの呪いを言い訳にせんあたり、俺に媚びるつもりはないと見える」
「ああ。ない。媚びてほしければ実力で来い」
どうやら喧嘩を売りに来たらしいので買うことにする。
「褒めたのだ。そういう腰抜けどもにはうんざりしているからな」
あれで褒めたつもりとは、随分自分勝手な男のようだ。
「用がなければ帰るぞ」
そういう奴とは関わらないに限る。
のだが。
「貴様への用件だが……食事は済ませたか?」
「いや、これからだ」
こんな時に限って、断る口実がないというのはなんとも間が悪い。
「ならば付き合え。貴様と少し話がしたい」
予想通りの言葉に、俺は肩を落として首肯するのだった。
将軍ラルファスとの会食、といっても大げさなことは何もなく、他に同席する者は皆無、場所は城内の仕官用食堂。
素っ気も洒落気もあったものではないが、この神経質そうな男から上等なレストランに招待されてもそれはそれで気持ち悪いというのもまた本音。
「ここのメニューも随分と豪華になった。どこかの変態が迷宮を掘り返したことで、食糧事情に余裕が出たおかげでな」
何の肉か分からないステーキを切り分けながら、将軍ラルファスはじろりと俺に目を向けた。
「奇特な変態もいたものだな」
筋力が上がる果物をかじりつつ聞き流す。
「貴様のことだ馬鹿者」
「そうか」
防御力があがる果物をかじりつつ聞き流す。
「わざわざ、味の劣る果物の盛り合わせなぞ食わなくてもいいのだぞ?」
「俺はこれが好きだ」
魔力が上がる果物をかじりつつ聞き流す。
「変わり者だな。そうでなければ、
「周りが勝手につけた名前だ。……そんな話がしたかったのか?」
俺は本題に入るよう促した。雑談を聞き流すのにも一定程度、労力がいるのだ。
俺のような、人嫌いならなおのこと。
「いや、用件は別にある」
手を止めて言う将軍ラルファスに、こちらも手を止めて応じる。
「どのような用件だ?」
「一言で済む」
そう言って、将軍ラルファスはナイフとフォークを置いた。
「単刀直入に言えばな」
ナプキンで口元を拭い、ぎろり、と俺の顔を見やって、将軍ラルファスは告げた。
「……女王を切らんか?」
「……」
「聞き間違いか、などとつまらん定型句を言うなよ」
俺は苦笑するほかなかった。
「先回りされてはどうしようもないな。どう解釈すべきだ?」
「どう解釈されても構わんのだがな……。文字通り女王の首をぶった切っても構わん。後の面倒は俺が見てやる」
シャレにならない。
個室での会食ならばまだしも、ここは士官用食堂。
誰がどこで耳をそばだてているか、知れたものではない。
「既にこの国の根幹を支えているのは女王ではなく貴様だ。貴様が女王を弑して王位を簒奪したところで、誰が文句を言うものか」
「悪趣味な冗談だな」
反論を許さぬ調子で言葉を連ねる将軍ラルファスを遮る。
国家簒奪でもするつもりらしいが、俺をそういう面倒に巻き込むのは心の底からやめてほしい。
「ふん。そうか。まあいい。ならば言葉の意味を変えてやろう。切れと言ったのは、見切れという意味だ」
だが、将軍ラルファスは俺を巻き込みたくてしょうがないようだ。
「見切れ?」
「俺は貴様を高く評価している。騎兵隊をやろう。女王肝入りの娼婦100人などよりよほど使いでがある精鋭、最低でも千人隊だ。厚遇は約束する」
さらに面倒くさいことを言い出しやがった。
「なぜそこまで俺などを欲しがる」
真面目に話を続ける意思がないことを示すため、俺は再度果物を口に放り込む。
「貴様を欲しがらぬ貴族はこの国にいないぞ」
「ただの冒険者だぞ」
「つまらぬ謙遜をするな」
「事実に基づく自己評価だ」
なんとも不毛な押し問答。
「大嘘をぬかせ。もしくは、貴様は自分を知らんのか。つまらんな。フェイト、俺を失望させるつもりか?」
失望、という単語に、俺は口元をにやりとゆがめた。
「残念だ。将軍閣下の期待に応えられなかったとあれば、今のありがたい話もなかったことにするしかないな」
将軍ラルファスは盛大に舌打ちした。
「そんなに女王がいいのか? 貴様が来るまで国を守ることもままならず、貴様が来てからも、貴様の働きに十分報いることもできなかったような無能な君主だぞ。魔物に対する防衛力強化の進言をことごとく却下し、兵の命を使い潰して、使い物にならない民草の食料確保ばかりに躍起になっていたような腰抜け君主が、身命を賭して仕えるに足ると本当に思っているのか?」
まくしたてる将軍ラルファスに、俺は正面から首肯する。
「そうだ」
続く将軍ラルファスの言葉は、さらに女王を貶めるもの。
「理解できんな。次期王配の地位でも約束されているのか?」
「好きに勘ぐればいい」
俺は席を立った。
これ以上この男と話す苦痛には、耐えられそうになかったのだ。
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