第61話:孤独を望む求道者
職人ギルドを後にし、その足で向かった城で宮廷魔術師ジーナに面会したいと伝えると、すぐ衛兵に私室まで案内された。
ドアをノックし、応答を確認してから入室するなり、俺の用件を理解している宮廷魔術師ジーナは開口一番、訊ねてくる。
「おう、どうだった? 職人の修行したらなんか変化あった?」
「このくらいにはな。《インスタンス・ウェポン》」
俺は、手元の鉄鉱石から《ゾーリンブランド》と全く同じ刀を生成した。
《ゾーリンブランド2号》といったところだが、それではあまり愛着も沸かない。
同時に、これはあくまで写し、贋作でしかない。オリジナルの名前を付けるというのも、俺の倫理観が咎める。
となれば、《ゾーリンブランド》の後に続く者、ということで《ゾーリンネクスト》とでも銘付けておこう。
「は!? 一日修行しただけでそんな変わるんか!? そんなに効果あるならあたしも修行したいんだが!?」
《ゾーリンネクスト》を見て大興奮で目を輝かせる宮廷魔術師ジーナに、しかし俺は残酷な事実を告げなければならない。
「一日は一日だが、疑似的に時間を止めて100年分くらい修行した」
宮廷魔術師ジーナが通常の手段で一日修行しても、この域には至れないのだ。
「だよなぁ、やっぱ年単位……って待てやぁ!!!」
納得しかかった宮廷魔術師ジーナは、何故か掴みかかってきた。
「どうした」
尋ねると、冷静さを取り戻したのか、宮廷魔術師ジーナは俺から手を放し。
「いや、ごめん、聞き間違いかも知れん。今、時間止めたとか言ってなかった?」
確認するように言ってくる。
それに対する俺の返答は首肯。
「言った。厳密には、超高倍率の加速だが」
宮廷魔術師ジーナは魔術や学問に造詣があるようなので、厳密な時間停止と、超加速による疑似的な時間停止の違いについては細かく説明しなくても分かってもらえるだろう、と判断して補足しておく。
「本物の時間停止の前にはなすすべない感じ? でもまあ、1日のなかで100年くらいは余裕なんやろ? 普通に速度としてアドじゃん」
宮廷魔術師ジーナの返答を反芻、予想通り、彼女が俺の言葉を正しく理解していることを確認し、再度首肯を返す。
「ああ。今の俺の速度を最大解放すれば、100年過ごすだけなら数秒だ」
宮廷魔術師ジーナは膝から崩れ落ちながら地面を殴打した。
「倍率がおかしい! しかもなんで老衰で死んでないのかもわからんし!」
倍率については、《流星の腕輪》の多重合成と、魔法の果物や《あんきも》、ドラゴンの肉によるドーピングによるところが大きい。
そして、老衰で死んでいない理由もまた、ドラゴンだ。
「時間さえ用意できれば、ドラゴンの肉で能力などいくらでも稼げる。そしてその時間も、《竜の血》が一滴あれば1年持つ」
「あははははははははははははははははははははははははは!」
宮廷魔術師ジーナは椅子から転げ落ちて、床を転げまわりながら笑い始めた。
きっと、笑うしかなくなったのだろう。
「しれっと不老不死の霊薬手に入れとんのかい! しかも使い道が贅沢!」
爆笑する宮廷魔術師ジーナに、ついいたずら心を刺激され、俺はいらんことを追加で口走った。
「俺は800以上のドラゴンを殺戮したのでな。そのくらい雑に使っても惜しくない」
「もwうwなwにwもwかwもwがwおwかwしwいw」
そのまま笑い転げて呼吸困難になった宮廷魔術師ジーナのもとに治療師が駆けつけてきたのは、夕食にちょうどいい時間だった。
そろそろメトや王女一行、アレックス一行が帰還してくる。
他人と食事をとるのは好きではないが、この世界では相談のタイミングがだいたい食事しかないので仕方がない。
明日の相談をするためには、彼らに合流しなければならない。
俺は一人で食事をとることを諦め、窓から飛び降りて冒険者ギルドに向かった。
城の階段と廊下はとにかく複雑で長いのだ。
のんびり歩くのは、面倒だ。
「だからドアを使えぇぇぇぇ!」
笑い転げながらも、宮廷魔術師ジーナは俺の背中にそう怒鳴りつけてきた。
冒険者ギルドに着くと、既にメトも王女一行もアレックス一行も同じ長テーブルについて、夕食を取りながら俺を待っていた。
考えは同じだったという事か。
《あんきも》を一人で食うのはひとまず諦めよう。
「なーんか、今日もまた一段とよくわからん勢いで強くなってんのな」
挨拶代わりにそう言ってくるのは戦士アレックス。
確かに今日は皇龍の肉も食ったし、何より、自分でも習得経緯の分からない剣技を会得しているので、彼の指摘は正鵠を得ているのだが。
何故、戦士アレックスはそれを認識できたのだろうか。
「どうした? アレックスがお前の力量を見抜いたのが不思議か?」
剣士ヴェインの問いに、俺は首肯以外の選択肢を持たない。
俺は確かに、ある程度落ち着いている状態であれば、知識を与えるという孤独の女神の加護によって、大雑把な彼我の戦力比くらいなら認識できるが。
加護もなしに同じことをやられるのは、少しばかり納得がいかない。
「お前が来る前の、地獄みてえな迷宮で生き延びるには、相手の力量を正確に測る観察眼がなきゃ勇者級なんてやってられなかった。それだけだ」
狩人ジョセフの説明に、なるほどと納得する。
勝てる相手を見極められなければ死ぬ環境に長くいれば、そういう技能を死に物狂いで磨くのも当然か。
ゲーム的な方法で習得できるスキルの中にそれがないのなら、自分の努力で身に着けるしかない。
むしろ、それを加護に頼っている俺の方がよほど
「理解した。済まない」
席につき、今後についての確認を開始する。
「明日は予定通りで問題ないか?」
俺の問いに対し、最初に口を開いたのは戦士アレックス。
「ああ。第11層の漁業はもうほっといても大丈夫だ。楽しみだぜぇげっへっへ、とか言っといたほうがいいか?」
冗談のように言っているが、恐らく7割は本気だろう。
「アレックス! フェイトきゅんの教育に悪いでしょ!」
何故か聖術師カノンが怒って椅子を立ったが。
「意味不明な親目線やめなさい」
シャルがその首根っこを掴んで無理やり座らせてくれた。
俺自身のシャルへの非好意的な感情の変化には至らないものの、今回の行動は純粋にありがたい。話がそれずに済む。
「私たちも、第21層湖畔で散発的に襲ってくる魔物程度なら恐るるに足りません」
王女レイアに目を向けると、戦力的な心配はないという主旨の回答が返ってきた。
少し認識が甘いような気もするが、慎重になりすぎても仕方がない。
「というわけで、準備は万全だ。あとはアンタの言葉を待つだけだぜ、大将」
戦士アレックスがサムズアップしてくるが。
「大将?」
俺は戦士アレックスが口にした、一つの言葉を理解できなかった。
「迷宮、では、強さこそ、最重要。身分も、敵の、前では、無意味」
魔術師アリサの補足を受けて理解した。
この場にいる9人の即席の連携において、暫定的にリーダーを務めるべきなのは俺だという事だ。
人の上に立ち、率いるというのは、全くもってガラではないのだが。
郷に入っては郷に従え、という言葉もある。
「事情は分かった。明日は迷宮国家に向かう。目的は第21層の突破」
俺は端的に宣言し、そのまま席を立った。
さて、とりあえずは《あんきも》をテイクアウトして、宿の部屋で魔導書を読みながらかじるとしよう。
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