第5話:『ダンジョン・ディガー』
第3層を更地にし、ギルドに戻った俺は、買取窓口に低級素材を持って行く前に多数の冒険者に囲まれた。
リンチか。理由はわからんが、俺に危害を加えてくるのならば、正当防衛のために室内で《エンド・オブ・センチュリー》をぶっ放すことも辞さない。
「ダンジョン・ディガーのお帰りだ! みんなHP回復薬は持ったな!」
HP回復薬を使うレベルの大喧嘩をするつもりらしい。ならば容赦はしない。
「《エンド・オブ……」
「「「俺達が集めてきたHP回復薬をあんたが集めてきたアイテムと交換してくれ!」」」
HP回復薬を差し出しながら言ってくる冒険者たちに、俺は勘違いを悟った。
収納魔術を圧迫する装備品類と引き換えにHP回復薬をくれるというのなら、願ったりかなったりだ。
今日もそこそこレベルが上がりHPが増えてしまったし、メトのためにもHP回復薬は多いに越したことはない。
「喜んで。しかし、先に戦利品の整理を済ませたいので、少し待っていてください」
俺は湧き上がる歓喜に口元がにやりと歪むのを必死に抑えながら答えた。
※客観的には物凄く邪悪な笑顔と何か企んでいる声で返答したように見えた模様。
とりあえずHPが上がる果物はメトに全て食わせ、それ以外の能力が上がる果物は自分で食った。防御が上がるものも食わせたかったが、メトはなぜかHPが上がる以外の果物は嫌がった。HP以外を低く保っておきたい理由があるのだろうか。
※HP以外が上がる果物はこの世界基準ではクソ不味い。
装備品も、手放したくないものだけ選別し、50人ほどの待っている冒険者たちが誰一人見向きもしないと思われる性能の悪いものを錬金術師の能力で鋳潰し。
魔導書も、とっとと読んで灰にする。被っていてもスキルに対応する職業の熟練度が上がるので手放す理由がなく、とにかく手当たり次第に読むに限る。
「戦士系の皆さんにはこの辺がおすすめですね。盗賊系の皆さんにはこの辺、術師系の皆さんにはこういうのがあります。レートはいちいち決めるのが面倒なので全部HP回復薬1本でいいですよ」
多数の冒険者が俺が積み上げた戦利品(主に不要な装備)に我先にと群がり、俺の収納魔術に回復薬を投げ込んでいった。
なお、そんな様子を嘲笑うように見ている冒険者たちも多い。
それもそうだろう。俺が並べているのは所詮第3層までのレアドロップ品のうち、俺が手放しても構わないと思っている範囲のものに過ぎない。ともすれば、ちょっと奮発すれば店売りでもっといいものが買えるレベルだ。
※毎日買取上限まで素材をギルドに売りつけているやつ基準で『ちょっと奮発』
昨日より今日、今日より明日、と努力を重ね、必ず深淵の迷宮の奥深くに辿り着き邪神を討ち、世界を救うのだという使命感にあふれた正道の冒険者からすれば、アイテムのトレードに精を出すなど邪道であるし、奥の層でドロップする素晴らしい性能の装備を持っている錬達の冒険者からすれば、俺のしていることは子供のお店屋さんごっこに過ぎない。
「こらーっ!」
だが、俺達をとがめたのはそんな冒険者たちではなく、ギルド職員だった。
よく見れば、俺の職業選択の時に対応してくれた老職員だった。
「お前ら! 物の価値を知らねえ新人からレアアイテムをHP回復薬でまき上げるなんて詐欺だぞ詐欺! 今すぐやめろ! 散れ!」
どうやら交換レートが破格過ぎたようで、詐欺だと判断されたようだ。
「ご心配なく」
俺は宥めるように、その職員の前に立って努めて穏やかに告げた。
が、老職員の怒りのボルテージはその程度では下がらない。
「いや心配するって! あんた、今自分がトレードに出してるアイテムがどれも1000サフィアはくだらねえものだってわかってないだろ!? HP回復薬なんて10サフィアで買えるってのに!」
口角泡を飛ばす勢いで金銭的な価値について言及するギルド職員だが、それについて俺は大して気にしていなかったりする。ちなみに食い物の値段から、1サフィアだいたい10円くらいだと思われる。
「わかっていますよ。でも、どのみち買取には出せない。宝の持ち腐れです」
俺は老職員に微笑んで見せた。
「いや、それはそうなんだが……」
そのことは承知しているのか、ややばつが悪そうに言いよどむギルド職員。
その隙をついて、俺は畳みかけるように説明する。
「俺は収納魔術を圧迫する装備品類を手放せて嬉しい。いくらあっても足りないHP回復薬が手に入って嬉しい。彼らは破格の交換レートで良いものが手に入って嬉しい。誰も不幸になっていないんですよ」
無論俺とて、毎回1日の買取上限の10万サフィア分の低級素材(1個1サフィア)を持ち込む俺が異常だという事は一応承知しているつもりではある。
だが、不用品が手元にたまる以上、自助努力くらいはしてもいいだろう。
「あんたが今後もっと深い層に行くのに役立つものとかかもしれないんだぞ? 気が変わって剣士に転職するときにいい武器がなかったりするかもしれないぞ?」
ギルド職員は本当に俺を心配してくれているらしい。だが。
「ご心配なく。本当に手放したくないものは収納魔術から出していませんから」
俺が収納魔術の中を職員に見せると、職員は頭を抱えた。
中には、俺が厳選して残した、ちょっと奮発した程度では買えないものが詰まっている。
「……マジか……本当に手放しても惜しくないものだけであんな感じなんだ……」
頭を抱えた男性職員の横に、如何にも堅物といった風情の女性職員が立った。
「個人間の取引として、至極真っ当な合意のもとに成立しているということは承知しました。本日の取引については咎めません。しかし今後は慎んでください」
どうにも話が通じなさそうな堅物が出てきたな、と内心舌打ちしつつ、俺は訊ねる。
「理由をお伺いしても?」
俺の質問に、女性職員は眼鏡をくいっと押し上げた。
「価格破壊が起きます。そうなれば、冒険者ギルドは商人ギルドや職人ギルドから恨まれることになり、さらに、『HP回復薬1つあれば1日暮らせる』状態に置かれた冒険者のうち何割かが堕落する恐れもあり、将来的な迷宮攻略に支障が出ます」
なるほど、その視点はなかった。
「そこまでは考慮できていませんでした。以後自重します」
やはり女神の思し召し以外で行動するのはよくないようだ。
(うまく行ったら私のせいにしてるだけでしょ…)
俺を元気づけようとしてくださるとは、孤独の女神はなんと慈悲深いことか。
「もちろん、あなたの素晴らしい戦利品の数々を収納魔術の肥やしにすることも本意ではありません。これについては、あなた個人で商人ギルド、職人ギルドと契約することをお勧めします。素材類を職人ギルドに、他の物を商人ギルドに卸すのです」
俺の謝罪を受け入れ、代替案を出してくれる女性職員。
堅物かと思えば、バリバリに仕事ができるキャリアウーマンだったらしい。
「では、そうします」
俺は明日の午前は迷宮に行かないことにし、メトにはその間に読んでおいてほしいと大量の魔導書(最大HPが上がるパッシブスキルの魔導書の山)を渡しておいた。
「迷宮の外でもスパルタですぅぅぅぅ」
なんとでも言ってもらおう。
戦力増強はどれだけやっても足りないのがRPGのお約束なのだから。
ギャン泣きするメトを放置して、俺は能力が上がる果物をほおばった。
翌朝、俺は冒険者ギルドの紹介状を手に、商人ギルド、職人ギルドを訪問した。
どちらのギルドにも「納入数は過去実績として低級素材だけで冒険者ギルドの買取上限に達する」ことを説明し「対価の支払いは商品が売れた後でいい」という条件で契約した。
ついでに、日本刀が作れないかを職人に頼んでみたりもした。
もちろん、試作のために俺が納品する素材が無駄になっても構わない条件で。
俺の目的は収納魔術に空きを作ることなので、この条件で十分だ。
「お金に雑なのは良くないと思いますぅ」
午前中に何をしていたのかを聞いてきたメトは、俺が商人ギルド、職人ギルドと結んだ契約条件を聞くと顔をしかめた。が。
「日銭なら毎日10万サフィア手に入っているので」
驚異の日当100万円である。宿代で毎日500サフィア使うが、食事は魔法の果物で済み、服もドロップ品でまかなえるので、衣食住の費用は合計500サフィア。
もはやおつりが本体である。これ以上金にがめつくなって何をしろというのだ。
株か? FXか? そんな概念はこの世界にはない。
でかい屋敷を買って毎日庭の噴水広場で酒池肉林の宴でも開くのならば溶かせる金額だろうが、そんな生活は性に合わない。
なによりメトも、半々の5万サフィアの分け前を固辞し、わずか10分の1にあたる1万サフィアを申し訳なさそうに受け取っているので、俺のことは言えないと思う。
「それもそうですねぇ」
納得した様子のメトに、俺は右の袖をまくって見せた。
「さて、昨日ドロップした速度上昇の腕輪を3つつけていますので、今日はこれから一気に第4層を更地にしますよ!」
午前中のロスを午後で取り返さなければならない。
目指せ一日一層、である。
「フェイトの辞書に容赦という言葉はないのですかぁ……?」
「害獣に容赦する必要があるんですか?」
魔物殺すべし慈悲はない。
全力で効率よく狩らせてもらう。
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