第4話:どう見てもストックホルム症候群

「あのぉ……なんでこんなにいい防具をくださるんですかぁ……?」


 翌朝、迷宮に向かう前、騎士/闘士の構成に切り替えた少女に渡した防具一式(全身鎧にカイトシールド2枚と防御系効果のある装飾品。いずれも店で買おうとするとかなり高い)を見て、少女は困惑したように訊ねてきた。

 無論、俺は彼女に無償で防具を提供するつもりはない。


「二人パーティとなると単独行動の半分しか経験値が入らないので、今日はとにかく強い敵を倒します。そのためには、一番いい装備をそろえなくては」


 今日から、全身を最高の防具で揃えた防御力の半分を乗せた闘士の連続攻撃で一体でも多くの敵を倒してもらう予定だ。敵が少ない間は《エンド・オブ・センチュリー》の使用回数を抑え、稼ぎの効率の向上に貢献してもらう。


「どんな敵と私を殴り合わせるつもりなんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 泣きが入ったが、今更後に引けると思ってもらっては困る。

 俺はヒモを養うつもりは毛頭ないのだ。


「強敵ほど経験値とドロップがいいのは原則です! さあ、行きますよ!」


「命の危機ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 泣きわめき、じたばたと暴れる少女を抱え上げ、俺は迷宮に突入した。

 ※昨夜縋りつく女の子に鬼畜極まる2択を迫った頭のおかしい少年が泣きわめく少女を迷宮に連行する姿が目撃されたため、勇気ある冒険者による少女救出作戦が立案された模様。



「さて……」


 まだ更地にしていない第3層に踏み込んだ俺は《誘引剤》を取り出した。


「ひぃっ!」


 誤って《誘引剤》を浴びて魔物に殺されかけたトラウマが蘇ったのか、少女が小さな悲鳴を上げるが、気にせず俺は10本の《誘引剤》を頭から被った。


「私にかけるんじゃないんですねぇ……」


「いくら俺でも、そんな見苦しいことを神に見せられるほど恥知らずではないつもりです。さあ、まずはぎりぎりまで敵を引きつけますよ!」


「優しいのかスパルタなのかわからないですぅぅ!」


 《誘引剤》の効果で物凄い勢いで襲い掛かってくる魔物の群れに向かって短剣2本を手に突っ込む俺を追いかけながら、少女はギャン泣きした。



「きりがないですぅ! むしろ数が増えてるしそろそろ死んじゃいますぅぅ! 助けてくださいぃぃ!」


 戦闘開始から1分ほど。泣きわめきながらも果敢に魔物を殴り飛ばし続けていた少女がついに限界を迎えたとき、《敵感知》スキルは脳内の地図を真っ赤に埋め尽くすほどの魔物の密度を訴えていた。


「頃合いか」


 俺は手近な魔物の喉を短剣で切り裂き、その死体を盾にして一瞬、魔力を練る。


「《エンド・オブ・センチュリー》!」


 俺を中心に発動した魔術の光は、少女には一切の影響を与えることなく、脳内地図を真っ赤に埋め尽くしていた魔物の群れを跡形もなく消し去った。


「これは気持ちいい、よし、もう一回!」


 すさまじい勢いで収納魔術に吸い込まれる戦利品を眺めるのは、本当に爽快だ。


「もう二度とやりたくないですぅぅ……」


 ホクホク顔の俺とは対照的に、HPが1割しか減っていないのに死にそうな顔をしている少女の頭にHP回復薬をぶっかけ、《加護転換》で自分の魔力を全回復させた俺は、まだ効果が残っている《誘引剤》に引き寄せられて襲い掛かってくる次の魔物の群れに突撃した。


「せめてHP回復薬はちゃんと自分にも使ってくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 まだHPは7割あるし、問題ないと思うが。


「じゃあ、行くか! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


「なんでHPを残り1割まで一気に減らすんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺は大量の魔物の群れに突撃しては《エンド・オブ・センチュリー》で爆殺し、また次の群れを襲う。

 昨日までと違うのは、《誘引剤》によって、単に轟音で呼び寄せられるよりはるかに大規模な魔物の群れが寄ってきていることと、少女が鬼気迫る勢いで俺を追いかけてHP回復薬をぶっかけてくれるのでHP回復薬を飲む手間が省けていることだ。

 つまり、時間的にも、《エンド・オブ・センチュリー》一撃あたりでも、昨日より稼ぎの効率が良い。

 ましてや昨日より一つ深い第三層で、昨日より盗賊の熟練度も上がっている。


「アーッハッハッハッハッハ! さあ、もっと経験値とドロップ品を寄越せ!」


 がっぽがっぽと荒稼ぎさせてもらおう。


「あ、悪魔ですぅ……」


 ばしゃばしゃと俺にHP回復薬をかけてくれる少女は、終始涙目だった。



 少女の希望で、《誘引剤》の効果が切れたタイミングで一度昼飯を食うために地上に戻った俺は、一つのことに思い至った。俺はまだ、この少女の名前を知らない。


「そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたね」


「名前という概念がない人ではなかったんですねぇ……」


 ぐったりした様子でサンドイッチをかじる少女の返答は、つまり少女が俺をそのくらい頭がおかしい奴だと思っていることを如実に物語っていた。


「メトと申しますぅ」


 少女、メトは簡潔に名乗った後、すぐに食事に戻った。


「どうも。メトさん。フェイトです」


 某忍者殺しのような返し方になる俺。

 思えば、ある程度会話してから初めて相手の名前を知るという経験は初めてだ。


「んふふ~。フェイトですかぁ」


 何故かはよくわからないが、メトの機嫌が少し良くなったのでよしとしよう。


「ところで私、ちゃんとお役に立ててますかぁ……? 昨日と同じで守られてるだけなので、気になってるんですぅ……」


 機嫌がよかったのは一瞬で、メトは目を伏せて深刻そうに訊ねてきた。

 俺に言わせれば、そんなことは全く気にすることではない。


「おかげさまで、午前中だけでも昨日の2倍ほどの戦利品が得られています。《誘引剤》の連続使用なんて無茶ができるのは、メトさんに背中を任せているからですよ」


 《誘引剤》レベリングは、1人でやるには事故のリスクが高い、と感じる程度には魔物がもりもり寄ってくる。

 ※10個も同時使用したせいだという事には気づいていない

 そこをメトが騎士のスキルで魔物を引き付けて殴り飛ばしてくれるほか、HP回復薬を投げつけてくれるので、今日の俺はHP回復薬を飲む隙から解放され、事故の心配は必要ない状態だ。その意味では、メトは当初の想定以上に働いてくれている。

 きっとこの出会いも孤独の女神の思し召しに違いない。


(もうそういうことでいいわよ……)


 女神の呆れ顔もかわいかった。


「そうですかぁ。じゃあ、午後もよろしくお願いしますぅ~」


 にぱー、と、子供のように笑い、メトは席を立った。

 休憩はそろそろ十分のようだ。



「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


(やってることはキチガイじみてますけどぉ、いい人みたいでよかったですぅ)


 メトは、フェイトと名乗った今日からのパーティメンバーの楽しそうな横顔にHP回復薬をぶっかけながら、ほっとしたように微笑んだ。


 この少年は、メトを使い捨ての囮にしたかつてのパーティメンバーとは、違う。


 防御しか能がない(攻撃系のスキルを一切持たない)ためにHP補正目当てでサブに据えられるのが一般的な騎士をメインに据え、素手で魔物と殴り合う自殺職と揶揄される闘士をサブにした構成を要求されたときには肉壁にされると思っていた。

 しかしやってみれば、譲り受けた防具でダメージはかなり抑えられ、盾を括り付けた腕で殴るだけで魔物はひしゃげて吹っ飛び壁の染みになった。


 少年はメトを使い捨ての肉壁にするつもりだったのではなく、最初から騎士/闘士の強さを認識していたのではないか。


 少年は常識外れな事はするが、誰かを裏切るようなことはしない。


 メトの名前を今日の昼まで聞かなかったのも、使い捨ての駒だからではなく、シンプルに忘れていただけだった様子である。


 今やっている《加護転換》と《エンド・オブ・センチュリー》の連打もそうだ。


 魔物の巣窟である深淵の迷宮の中で、命の加護たるHPを3割も失い、さらに失神級の痛みを伴うはずの《加護転換》を連続使用することで、

 使えば魔力がすっからかんになる上に轟音で多数の魔物を呼び寄せてしまう性質から自殺用魔術と揶揄される《エンド・オブ・センチュリー》を乱射し、

 結果、無限に呼び寄せられる大量の魔物を虐殺して荒稼ぎする。


 なんで自殺行為を二つかけ合わせると荒稼ぎできるのか、感情では全く受け入れられないが、目の前にあるのが現実だ。


 HPが一瞬で3割も消し飛ぶ恐怖と失神級の痛み(HPという加護に守られて生きているこの世界の人間基準)に耐える異次元の精神力があれば、ギルド職員が泣いて買取拒否するほどの大量の戦利品を得ることができる。


 その方法を、しかし少年は誰かに強要したことはない。

 少年にもわかっているのだ。そんなことを実行できる人間は存在しないのだと。


(きっとぉ、頭が良すぎて誰にも理解してもらえない人なんですねぇ……)


 それがメトの目に映る少年、フェイトの姿だった。

 誰にも理解してもらえない悲しみはきっと、HPを失う恐怖より、失神級の痛みより強いのだろう。だから少年は、嬉々として《加護転換》を連打できるのだ。


(いつか理解してあげられたらいいなぁ)


 そんなことを想いながら、メトはHP回復薬をフェイトにぶっかける作業に戻った。


「ヒャッハァァァァァァァァァァァァ! この調子で迷宮をすべて更地にしてやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

「理解できる気がしないですぅぅぅぅ!」


 速攻で心を折られたようだが。

 ※少女救出隊はなんだかんだ楽しそうにやっている二人のHP回復薬の消費量を認識すると、少女の救出よりHP回復薬をドロップする浅い層の魔物を狩る方針に切り替えた。

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