第2話:傍から見るとイカレポンチ
その日の夜、大量の戦利品を抱えてホクホク顔で戻った少年は、3人のギルド職員を卒倒させた。
一人目は、帰還した彼を出迎えた女性職員。
HPが残り1割を切っていた少年を心配しHP回復薬はあるかと聞くとドロップ品含めて使い切ったと笑顔で返され、少年の壮絶な戦いとその中で受けた痛み、HP回復薬なしで迷宮内を行動する恐怖を想像してしまい、撃沈。
二人目は、少年の戦利品の買取にあたった男性職員。
確率数千分の1のドロップ品が多数混じる少年の戦利品がギルドの財政を一夜で破綻させうると理解してしまい、撃沈。
様子を見に来た別の職員が買取上限金額のルールを捏造し二束三文の低級素材だけを(それでも10万個以上)買い取ることで何とかギルドの財政を救い、以降それが正式なギルドのルールとして採用されたのはまた別の話。
三人目は、少年の健康状態を確認したギルド専属の聖術師。
聖術師は少年がレベル18に達していることを認識し、彼がこの10時間でどれほどの屍山血河を築いたかを考えてしまい、撃沈。
HPを死に物狂いで守るべき、というこの世界の価値観において、レベルを上げ、レアドロップ品を狙うという行為は相応に期間を要する作業だ。
本来なら、6人ほどの人数でパーティを組み、安全に倒せる敵を囲んで棒で叩くような作業を気の遠くなるほど繰り返し、時折1体かと思った魔物が徒党を組んでいて返り討ちにされそうになりながら、半年ほどの期間をかけてやっとこさ到達するのがレベル10。
そこにきて、この少年はHPを自ら減らしながら、大量の魔物を呼び寄せる大魔法を連打、無数の魔物を虐殺し、ドロップ品のHP回復薬で消費したHPを補うという狂気の沙汰を10時間ほど敢行することで一気にレベルを18まで叩き上げたのだ。
無論、ギルドが把握している世界記録を軽くぶっちぎるレベルアップ速度であり、いくら女王の肝入りという箔があると言っても異常である。
なによりも、HPをまるでリソースとしか考えていないその思考が、HPを一瞬で三割も失う苦痛に平然と10時間耐え続ける精神力が、もはや人間のそれではない。
こんなやつを、街を守るために命を賭して戦った勇敢な少年だ、などと推薦状に書いた女王の目は節穴でなければガラス玉だ。
かの少年は勇敢なのではない。頭がおかしいのだ。
翌日、俺はギルドの職員に別室に呼び出された。
聞けば、レベルが10を超えたので職業を選択しろということだった。
メイン、サブ(熟練度の上がり方がメインの方が早い以外特に差はないらしい)で1つずつ選べるようなので、HPが大きく減る補正がかかる職業、盗賊と錬金術師を選んだ。
何度も使った結果、《加護転換》は最大HPから3割の割合消費で魔力を完全回復させるものだと確定したため、HPを一定量回復させるHP回復薬の補給を魔物からのドロップに頼り《エンド・オブ・センチュリー》を撃ち続けるには、なるべくHPを低く保っておきたいのだ。
ギルドの老職員は悪いことはいわないからメインで好きな職にしたらサブは騎士にしろと強く強く勧めてきたが、HPに最も高い補正がかかる騎士など論外中の論外。
結局、何があっても自己責任だからな、と念を押される形で盗賊と錬金術師の構成を通した俺は、今日は第2層で爆殺祭りを開催することにした。
※老職員は「なんでHPが4割も減る職業をピンポイントで2つ選んでいくんだよあのイカレポンチは。HP5分の1とか正気じゃねえよ」と頭を抱えた。
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
第2層の敵はやはり、経験値もドロップも第1層より稼ぎになる。
が、せっかくならさらに効率の良い方法を求めたくなるのが人情というもの。
やはり独学ではこの辺りが限界か。誰かに教えを請うべきかもしれない。
そんなことを考えながら、ひたすら爆殺祭りを継続していく。
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》! ……ん?」
そろそろ第2層を更地にできるかという頃合い、《エンド・オブ・センチュリー》で吹き飛ばした壁の向こうで、1人の少女がなにかから逃げるように走っているのが見えた。
さて、女の姿を取る魔物だったりしないといいが、などと思ったものの、職業熟練度が上がったことにより習得した盗賊のスキル《敵感知》には反応していない。
浅い層に一人で、なにかから逃げる人間、となれば、俺と同じように単独でレベリングかドロップ品稼ぎをしていて、《加護転換》のような便利なスキルがない状態で継戦能力の限界を迎え、逃げるしかなくなった冒険者だろう。
つまり、彼女は今、多くの魔物を引き連れていると考えられる。
これは孤独の女神の思し召しに違いない。
恵みの魔物、ありがたく頂戴せねば。
(嬉しいことがあったらとりあえず私のせいにするのやめてもらえるかしら…)
女神の幻が見えた。かわいい。
「ひぃっ……!」
必死に逃げていた少女はついに足をもつれさせ、転倒した。それを見てニタニタと下卑た笑みを浮かべる多数のゴブリンから少しでも離れようと這って移動するも、完全に包囲された少女はとうとう壁際に追い詰められ……。
覚悟していた死は、まだ来なかった。
手にした棍棒の先で頭や肩を小突かれ、激痛とともに少しずつHPが減っていく。
それは地獄の苦痛だった。ただ痛いだけでなく、己の死がじわじわと近付いてくる恐怖。
いや、死よりも恐ろしい結末が待っている。
ゴブリンは、人間の女の胎を使って繁殖するのだから。
「や、やめ……やめてくださ……ひぃっ!」
おぞましい未来への恐怖から、必死になって許しを請う少女。
しかしそれは、ゴブリンたちをむしろ喜ばせる。
「みんな……どう……して……」
ともに世界を救おうなどと言いながら、自分を置き去りにして逃げた仲間への恨み言も、今となってはただの無意味な、ゴブリンの興に花を添える鳴き声に過ぎない。
少女は、自分がすでにゴブリンの玩具に身を落としている事実に、絶望した。
「《エンド・オブ・センチュリー》!」
その絶望を、閃光と爆音が薙ぎ払った。
その大魔術を、誰かが少女を救うために放ったのなら。
それは自己犠牲というべきものだ。
こんな轟音を立てれば、ゴブリンだけでない魔物が大量に襲い掛かってくる。
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
だが、乱入者はさらに容赦なく大魔術を放ち続けた。
自らのHPを消費し、満身創痍というべき状態になりながらも苛烈な攻撃を一切緩めず。
「悪くない稼ぎだが……思っていたほどではないか」
乱入者は時折HP回復薬を呷り、回復したHPをまた魔力に転換する。
そして、うずくまっている少女の足元に5本のHP回復薬を転がした。
「とりあえずそれを飲んでください」
少女は、恐る恐る、といった具合に顔を上げ、その声の主を見上げた。
見てしまった。
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
少女の目に飛び込んできたのは、無傷でありながら《加護転換》の連続使用でHPが残り4割ほどになっている黒髪の少年が狂気に飲まれているとしか思えない笑顔でもう一度 《加護転換》を使用し、残りHP1割の状態で嬉々として大魔術を使用する恐怖の一瞬。
恐怖のあまり失禁する少女を見て、少年は「よほど恐ろしい目に遭ったに違いない」と納得しながらHP回復薬を5本まとめて呷った。
錬金術師は道具を一瞬で多数使用するスキル《マルチユーズ》を持つ。
少年は既に、そのスキルで5つのアイテムを同時使用できる域に到達していた。
そして、渡したHP回復薬が飲まれる様子がないことを認識したのか、少女の足元のHP回復薬を拾い上げ、蓋を開け、5本まとめて中身を頭から少女にぶっかけた。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
少年の乱雑な治療によってHPが全快したあたりでようやく我に返り、再び四つん這いで這って逃げる少女。
少年は、少女にそれ以上近付くことなく、努めて穏やかに語りかけた。
「落ち着いてください。寄ってくる魔物は皆殺しにします。当面は安全です」
「一番安全じゃない人が目の前にいますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
さんざんな言われようだった。
が、むべなるかな。なにしろ目の前の少年はさっきから気軽なトーンで気が狂うような痛みを伴うHPの3割消費を繰り返し、迷宮の地形を変えながら魔物を虐殺しているのだ。
まともな倫理観を備えていると期待する方がおかしい。
「轟音で魔物が寄ってくるから俺の近くは危険か……一理あるな。これをどうぞ」
次に少年が少女の前に転がしたのは、《携帯非常口》。
名前は間抜けだが、ギルドにつながるポータルをごくわずかな時間生成し迷宮からの脱出を可能とする、迷宮を探索する冒険者にとっては命綱のようなアイテムだ。
が、このアイテム、べらぼうに高い。切り詰めれば1年は食いっぱぐれない程度の金額が持って行かれる。
そんなものを気軽に渡されても使えるか、という話である。
そもそも安全じゃないの意味が違う。
「わ、私に恩を着せる目的は何なんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴のような声を出す少女に、少年は考えこむような表情でHP回復薬を呷り。
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
「ピィっ!」
少女がまたも恐怖で失禁する羽目になることを気にせず大魔法をぶっ放し。
「寄って来る魔物の経験値とドロップ品ですね」
爽やかな笑顔でサムズアップした。
「そ、それならぁ……これの効果がなくなるまでここにいますぅぅぅぅぅぅぅ!」
少女は少年に、自らの衣服を示した。
そこには、魔物を呼び寄せる効果がある《誘引剤》をぶちまけられた特大の染み。
「なんと、ありがとうございます! そして、女神に感謝を!」
少年は屈託ない笑顔で少女と神に感謝を告げ。
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」
魔物を爆殺する作業に戻った。
※少年は『《誘引剤》はこんなに魔物が寄ってくるのか。明日からじゃんじゃん使おう』などと不謹慎なことを考えており、少女がピンチに陥ったパーティメンバーに裏切られ、《誘引剤》をぶっかけられた挙げ句囮として置き去りにされた事には全く気付いていない。
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