342話 ベハムーサの下




 俺は、とりあえず薄ピンク髪のお兄さんからちょっと距離を取った。


 人さらいから助けてくれたのは事実だが、こんなところに連れてきた意図がわからないからな。


 新たな人さらいかもしれんし。


 俺の態度を見て、お兄さんは頭をかきながら困ったように言った。


「すまんな、急に連れ出して。奴隷の子供がそのままあの場にいたら、ちょっと面倒なことになりそうだったもんでな」


 む、俺のためだったか。

 奴隷がいると何かまずいんだろうか。


 さっきはアキに似てると思ったけど、こうしてじっくり見るとそうでもない。アキは猫っぽい目だけど、この人はどっちかというと垂れ目だ。なんか、肌の色以外は『太陽の民』っぽくない雰囲気の人だ。


 うーん。悪い人ではなさそう。たぶん。


 俺のセンサーも反応しないし、ポメが騒ぐかんじもしない。今はとりあえず信じても大丈夫かな。警戒はする。


 よし、落ち着け。


 心臓はまだバクバクいってる。急に連れ出されたから余計にドキドキした。まずは深呼吸だ。



「お前の主人はどうした?一緒にいたのか?」


 うなずく。


 ご主人、今ごろどうしてるだろうか。ご主人なら俺の匂いをたどって探してそう。さすがに無理かな。でもご主人だしな……。


 そもそも、攫われたことに気づいてない可能性もある。俺が迷子になっただけって思ってるかも。


 ここからどうやって帰るか。それが今の問題だ。そして、それをこのお兄さんにどう伝えるかも問題。

 

 というか、俺たちはこの場所にどうやって来たんだ?ベハムーサ像の真下、像から垂れた布(石だけど)のおかげで絶妙に通りからは死角になってる。来ようと思わないと来れないかんじの場所っぽい。


 改めて見回すと、すごい場所だな。



「まー、ちょっとここで休憩していけよ。あとで主人のところに届けてやるからさ」


 お兄さんはチャラい雰囲気でそう言った。


 ここで?気が休まらないのですが……。


 というか、この軽いかんじのお兄さんをいまいち信用しきれないんですが。


 じっと睨むと、お兄さんは悩み始めた。



「警戒心強いな。良いことだが、どうすれば信用してもらえるか……『太陽に誓って』、いや俺は太陽とかどうでもいいし。うーん」


 お兄さんは太陽を信奉してないほうの人なのか。どうりで太陽の民っぽくない。



「そうだ!これならどうだ?『お天気おじいさんに誓って』、俺は悪者じゃない。お前もお天気おじいさんは知ってるだろ?」


 お、お天気おじいさん……?


 どうしてここでその名前が。


 でも、お天気おじいさんに誓われてしまったら、さすがに信用するしかないんだが。


 この王都に住む人たちは、なぜかお天気おじいさんへの信頼がめっちゃ高い。俺もです。お天気おじいさんに誓われてしまっては仕方ない。


 しぶしぶ俺がうなずいたの見て、ピンクお兄さんは安心していた。



「よかった〜。というか、お前を助けたのだって、じいさんに言われたからだぞ」


 そうなの?


 じゃあ信用しよう。未来が見えるお天気おじいさんが関わっているなら、きっとこれは意味のある出会いだ。



「来いよ。俺らの住処に案内してやる」


 俺が心を決めたのを見てとってニヤリと笑い、お兄さんはスタスタと狭く曲がりくねった通路を歩いていく。置いていかないで。


 見失わないように慌てて追いかけると、その先に目立たない扉があった。


 何だこれ、すごい!

 秘密基地みたいだ。



「ベハムーサ像ってデケーだろ。だからここだけ地下に水路が通ってなくて、柱をたくさん作ってしっかり下で支えてんだよ。そんで、水路のかわりに管理用の小部屋がいくつかあるんだ」


 ここがその入り口のひとつ。そう言ってお兄さんが扉を開くと、蝶番がわずかに軋んだ音を立てた。


 階段があり、地下に繋がっているみたいだ。


 緊張のドキドキが、ワクワクに変わる。

 ぽっかりと空いた闇が俺を誘っていた。


 思えば、度重なる非日常と緊張の連続で、俺はおかしくなっていたのかもしれない。


 みんな心配してるだろうけど、俺はこの先に行きたくなってしまった。


 ぐぬぬ……ごめんなさい。俺は行きます。好奇心に勝てません。ご主人なら俺をきっと見つけてくれるはず。あとで、ちゃんと送り届けてもらうので。ちょっとだけ。


 念の為、扉に入る前に笛を吹いておいた。


 プィィィーっと間抜けな音が響く。聞こえるかどうかはわからない。でも、近くにいたらきっと聞こえるだろう。聞こえていたら、ご主人ならこの入り口を見つけられる気がする。


 お兄さんは怪訝な顔をして「犬でも呼んだのか……?」と言っていた。そうです。


 そうして、俺はついに扉の向こうに足を踏み入れた。



 階段は緩やかだった。ところどころに灯りがある。思ったより閉塞感はない。


 しばらく階段を降りていくと、通路に出た。アーチ状の柱が何本もそびえ立っていて、宮殿みたいだ。


 前に調査で行ったナクレ村の遺跡より、はるかに遺跡っぽい。ところどころにある灯りが、ぼんやりとこの地下宮殿を照らしていて、余計に雰囲気が出ている。


 お兄さんについていくと、言っていた通り小部屋がいくつもあった。柱と柱の間がしっかりした石壁で区切られていて、窓と扉がたくさんついている。長屋みたいだな。


 小部屋っていっても、ひとつひとつは拠点の居間くらい広い。


 そのうちのひとつから、いい匂いと賑やかな声がしていた。他にも人がいるのか。


 それはそうか。いかにも浮浪者とか日陰者っぽい人が住みつきそうだもんな。こんな場所、スラム化してないのが不思議なくらいだ。



「子供たちに紹介するよ、こっちだ」


 声のするほうへ行くと、10人くらいの子供が集まって料理していた。でかい鍋が鎮座している。いい匂いの発生源はこれか。


 大人がいると思ってたのに、子供ばかりだったから少し拍子抜けした。


 子供たちは、ワッとお兄さんに話し始めた。



「おかえりサーノ!」

「おかえり!」

「よう、帰ったぜ。こいつにも一杯スープをやってくれ」

「おかえり。子供は助けられた?」

「おう、ばっちりな」

「おかえり!その子は?わたしたちの新しい兄弟?」

「いいや、こいつはよその子だ。名前は……なんだ?」


 アウルです。


 単語帳から『アウル』の紙を探して、お兄さんに見せた。



「アウルか。お前、もしかしてしゃべれねーのか?……なんだ、俺を警戒してるのかと思ってたぜ」


 警戒してます。


 でも、子供たちはこのお兄さんによく懐いているようだ。


 子供しかいないが、どうして養育院じゃなくてここにいるんだろう。子供を洗脳して悪いことをさせたりしてないだろうな。まだ容疑は晴れてないぞ。


 俺はお兄さんを睨んでいたが、みんなはそれを気にすることなく俺を木箱に座らせ、スープの入った木椀を差し出した。


 いい匂い。

 独特のスパイスを使ってるな。ちいさく切った野菜もごろごろ入ってる。


 ……食べてもいいんだろうか。昼前だからお腹は空いてるが。


 食べるのを躊躇っていると、お兄さんは俺の様子を見て快活に笑った。



「んな顔すんなって。毒なんて入れてねーからよ」


 そんな心配は、ちょっとしかしてない!


 俺はマイスプーンをポーチから取り出し、浄化した。スプーンまではサービスしてもらえないようだ。


 うん、せっかくの食事だ。


 なんか、前にご主人に「アキに似た人にごはんあげるよって言われても信用するなよ」って言われた気がするが、今回のこれは該当するだろうか。アキに似てないからセーフだな。


 湯気を立てるスープをふーふーした。


 それを口に入れようとして……。


 俺は見てしまった。


 小部屋の天井のすみっこに、蜘蛛みたいに張り付く人影を。


 その人影がゆらりと首を縦に振ったので、俺はスープを口に入れた。あ、うまいかも。



 しかし、あれだな。


 ご主人、匂いで俺を見つけた上に、笛で呼んで来たんだな。中央区から東区まで。


 そうです。


 天井に張り付いてる人影は、ご主人だった。


 これで一件落着である。

 いや何も解決してないな?

 

 スープはおいしかった。





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