341話 人さらい




 依頼の話は持ち越しになった。


 ノーヴェとダインの意見も聞かなきゃいけないから、本格的な話し合いは帰宅してからだ。


 リーダーは悩んでいる様子だけど、ご主人とアキは依頼には前向きだ。ご主人は出かけたいんだろうし、アキはアキだからな。


 そういうわけで、俺たちは組合本部の建物を出た。


 ご主人が厩舎に行ってこちらに馬車を回してくれるようだ。3人で表通りのそばで待つことにする。


 すっかり日常が戻ってきた中央区の道路。でも屋台はたくさんあるし、人も馬車も往来は多い。そして寒い。


 ご主人が来るまで、ぼーっとそれを眺めていた。



 それがいけなかったのだろうか。


 一瞬の出来事だった。


 リーダーとアキが情報紙売りの人に気を取られている隙に。


 俺はさらわれてしまった。


 視界がブレたな、と思ったら知らない人に担ぎ上げられ、あれよあれよと手足を軽く縛られて口に布を巻かれ、麻袋に詰められていた。


 何が起こった?


 あまりに急だったのでまったく身構えられなかった。


 見事に攫われてしまった……。


 えっ。


 ええ……?マジで?


 こんな簡単に捕まっちゃうんだ。表通りで、あんなに堂々と、みんながいる前で。


 嘘だろ。


 どうしよう。


 荷馬車に乗せられたんだろうか、ガラゴロという振動が伝わってくる。幌がない馬車だからか視界は明るい。麻袋の隙間から景色が見えそうなくらい。


 心臓がバクバクうるさい。

 布で塞がれてるせいで息もしにくい。


 そろそろリーダーが俺がいないことに気づいただろうか。でもまさか攫われるとは思わないよな。


 俺が勝手にどっかに歩いていったって思われちゃうかも。まずは近くを探すだろう。


 俺だって自分の身にこんなことが起こるなんて思ってなかった。


 うわ……これ、やばいのでは。


 このまま気づいてもらえなかったら俺はどうなっちゃうんだろう。売り飛ばされるのか?


 お腹の底がヒヤリとした。


 ちらっと見た感じ、俺を攫ったのはミドレシアの商人の格好をしていた。でもたぶん外国人だ。


 あんなに堂々と素早く攫えるなんてかなり手慣れてる。下手に抵抗しないほうがいいか。脅されたりはしてないけど何をされるかわからない。


 無言。

 それが逆に怖かった。


 この馬車はどこに向かってるんだろう。


 賑やかな声がするからまだ人通りが多い場所を走ってるみたい。冒険者組合本部からはどんどん遠ざかってる。


 このままみんなに会えなくなったら。

 売り飛ばされちゃったら。


 殺されたら。


 どうしよう。


 そう考えると、すごく怖くなってきた。指先が震える。歯がガチガチ鳴るから奥歯を噛み締めた。じわっと視界が滲んでいく。



「ピ……」


 そのとき、とてもちいさな鳴き声がした。

 車輪の音に紛れてしまうくらい、ちいさな声。


 ロヴィくんだ!


 ポーチから出てきて、俺の顔をしきりに舐めてる。急なことだったから俺の装備までは外されてなかったみたい。よかった。


 ロヴィくん……。


 いつも通りの、笑った顔。どアップでほとんど見えないが。心配してくれたんだな。涙引っ込んだよ。


 そうだよ、俺はひとりじゃない。

 ロヴィくんを守らなきゃ。


 まだできることはある。

 縛られてるけど、手は顔の前に持ってこれた。


 さあ、いでよポメ!


 出てきたポメは、何もわかってないうれしそうな顔で俺のおでこに突進してぺろぺろした。いつも通りだ。なんか、すごくホッとした。もう少し危機感を持ってもいいのでは。


 よしよし、ポメや。出てきたばかりで悪いが、ロヴィくんをポメ空間に避難させてくれるか。そうそう、尻尾をパクってして。


 笑顔のポメ&ロヴィが消えて、ようやくひと息ついた。ひと息ついてる場合じゃないが。


 ロヴィくんさえ安全なら、俺はもう怖いものはない。


 子供だからと舐められてるな。こんな粗末な紐なんか簡単に外せる。持ち物はそのままだからナイフを使ってもいい。魔法を使ってもいい。魔法にしよう。


 まずは手首と足首を縛る縄をピンポイントで魔法で燃やして外した。あんまり勢いよくやっちゃうと、燃やした匂いで気づかれるかもしれないのでちょっとだけだ。


 口を覆う布も外す。

 よし、息がしやすくなった。


 それから手探りで収納ポーチからこっそりナイフを出し麻袋を切る。少しずつ。麻袋ってギシギシしてて切りにくいんだな……。


 切った隙間からまわりをうかがった。


 俺を攫ったのは2人か。どっちも御者席に乗っててこちらに背を向けてる。


 周りの荷物は……うわ。


 麻袋が3つくらい無造作に転がされてた。


 これ中身俺と同じように攫われた子供だよな。なんかもぞもぞ動いてるし。真昼間にこんな何人も攫うとか。怖い。


 しかし、これで俺だけ逃げるわけにもいかなくなってきたぞ。今ならさっと馬車から飛び降りても気づかれないだろうけど、残った子供たちも心配だ。


 どうしよう。

 どうするべき?


 とりあえず居場所をご主人たちに知らせなきゃいけない。


 通信ポーチ……はノーヴェが持ってるから、ダメだ。


 笛は、ここじゃ届かないか。


 小ワヌくんにおつかいしてもらう?いや時間がかかりすぎる。


 というか別にご主人たちじゃなくていい。衛兵やまわりの人に「この人たち、人さらいです!」って伝えられたらいいんだ。


 でも、どうやって。


 もし馬車が街道に出たり人のいない路地に入ってしまったらそのチャンスもなくなる。


 やばい、どうしよう。


 声が出せないことが、こんなにもどかしくて悔しいと思ったのは初めてだった。


 できることがないので、麻袋を少しずつ切っていつでも逃げられるようにしておく。


 チャンスは必ず来る。


 俺はそれを知っている。


 十分な隙間が開いたところで、俺はナイフをポーチにしまった。


 呼吸を整える。落ち着こう。


 アダンも言ってた、『怖いときこそ冷静に』って。今こそ、まさにその時だ。


 じっと様子をうかがっていたら、急に馬車が止まった。言い争う声が聞こえる。


 この馬車の前のほうで事故があって、道路を塞いで立ち往生してるみたいだ。興奮した馬のいななきや、怒鳴りあう声が聞こえてきた。


 これは偶然か?

 人が集まってきそうだな。


 ここで慎重に行動しないと。俺や子供を人質に取られたら面倒なことになるかも。


 さあ、いつ動くか。



 そう思って身構えていたら。


 ダン!


 誰かが俺の乗せられた馬車に乗り込んできて、馬車が揺れた。


 一瞬、ご主人かと思ったけど、知らない靴が見えた。


 その誰かは、俺たちと御者席の2人の間に立ったようだ。


 そして叫んだ。



「人さらいだー!子供を攫おうとした奴がいるぞ!捕まえろ!」


 人々の注目が、一気にこの馬車に向いたのがわかった。


 今だ!


 俺は麻袋の外に転がり出た。

 うお、眩しい。


 馬車に降り立った乱入者の男性は、アキに似ていた。『太陽の民』っぽい褐色の肌、そして薄いピンクっぽい髪。


 観察してる場合じゃない。


 俺はすぐに他の子供の麻袋をほどいて、中から出してあげた。乱入者の男性も、ナイフで結び目をカットして華麗に救出している。


 御者席の商人風の男たちは慌てていたが、人に囲まれて逃げられなくなった。衛兵も集まってきた。



「なんということだ!子供を攫うだと!」

「信じられないわ、あなたたちミドレシア人ではないわね?」

「衛兵に突き出せー!」

「子供は無事か!?」


 もう、大騒ぎだ。


 助けられた子供たちは泣き始めた。

 俺も泣きたい。


 でもよかった。何とかなりそうだ。


 攫われた子供たちは、俺も含めてみんな似ていた。赤みがかった髪で7、8歳くらいの外見をしている。女の子もいる。


 どういうことだろう。



「お前、奴隷か?」


 乱入者の男性が、俺の腕に黄色い目を向けた。


 うなずくと、彼は俺を抱え、ひょいっと馬車を降りて人混みをスイスイかきわけて馬車から離れていく。


 な、何をするんだ!


 人さらいから助けられて、また攫われてる!?


 文句を言えないまま、すごいスピードで通り過ぎていく景色を眺めることしかできなかった。


 何なんだよ。

 もう最悪だ。

 

 いったい俺が何したってんだ。


 やっと止まって地面に下ろしてもらう頃には、頭がぐわんぐわんしていた。視界が回る。


 どこだ、ここ。


 見上げると、すごいでっかい胸があった。

 片方だけで一軒家くらいありそうな巨乳。


 ここ、大戦士の聖人ベハムーサの像の真下だ。


 マジか。


 俺は東区まで来てしまったようだった。






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