241話 物語のおわり
「『天子ラマカーナは、たいへん悲しみました。もう二度とマールカと会えなくなるからです』」
「てんし、ラマカーナは、たいへん、かなしみました──」
そうそう、国の闇、つまり『歪み』のやばいやつを浄化する装置に人間の生贄が必要になって、魔力量の多いマールカが選ばれたんだったな。
ラマカーナは反対したけど聞き入れてもらえず、泣く泣くマールカを送り出すことになった。俺も泣きそうになってきた。
泣きながらラマカーナは詩を書いた。
マールカとの別れを悲しむ詩だ。
うーん……たしか、ラマカーナとマールカってどっちも男の子だし、12歳か13歳くらいだよな。普通、その年齢の男児が詩を贈ったりするか?教養があるというか、住んでる世界が違うというか。そういうところに時代背景が表れてるのかもしれない。
しかも、その詩というのが「君の髪が揺れる様子はまるで宝石の川のよう」とか「瞳に映った空のきらめき」とか、そんなかんじだ。
言わないよな、友達に対して容姿を褒める言葉。
価値観の違いすごい。
涙が引っ込んだ。
これは子供向けの童話だから、この詩のところで詩歌の勉強をさせるっていう目的があるのかも。
ラマカーナは言った。「我が腹心マールカの英傑たる行いが未来永劫にわたって讃えられ、祝福されるように」と。
これが、マールカが『英傑』と呼ばれる所以のようだ。タイトル回収というやつだな。
惜しみつつ、2人は誓いを新たにし、別れた。
ついにマールカが『儀式』を受ける時が来た。
マールカは特別にあつらえた祭服を身にまとい、たくさんの踊りと音楽とともに送り出された。8つの光に囲まれた場所へ入っていく。そこには大きな大きな宝珠があり、マールカはそこへ溶け込むように中へ入っていった。そこから出てくることはなかった。
そうして儀式は完了した。
あたりはまばゆい光に包まれ、やがてそれも消える。
成功だ。
マールカが入った宝珠の力により、無事に浄化装置が稼働した。徐々に空は明るくなり、空気は軽くなり、闇が退いていった。
世界は再び光に満たされた。
人々は歓声を上げ、狂ったように喜んだ。
ついに夜明けがやってきたからだ。
マールカのおかげで、闇はなくなった。
すごいな、本当に英傑だ。
その時、空を割くような雷が落ちてきた。それはそのまま拝殿を砕く。
天龍の怒りだ。
人々は、その時ようやくマールカが天龍の加護を受けていたことを思い出した。
加護を与えた子が、知らぬ間に闇を払うため犠牲となった。天龍はそれはもう、怒り狂った。うん、そりゃそうなるよな。むしろなんで無事でいられると思ったんだ。
三日三晩、シンティアの国土に雷が落ち続けた。
天龍の怒りを買ったことを知った人々は恐れ慄き、恐ろしくて狂乱するものもいた。
でも、儀式によって宝珠と一体化してしまったマールカを取り戻す方法はない。不思議なことに、雷によって人が撃たれることはなかった。人々はただその轟音に怯えて、震えた。
ようやく雷が収まったころ、天空に顕現した天龍が宣託を下した。
「愛し子は本来なら宝珠の中で完全に溶けてしまってたところだが、加護の力によってその身体は守られている。役目を終え、再び目覚めるまで千年、そして百年、五十年、それから二年。それらの時が過ぎたのち『再誕』するであろう」と。
天龍はマールカを助けるために力を使い過ぎてしまった。だからもう顕現することができない。大きな加護も与えられない。マールカが『再誕』するまでは。
つまり、よく聞く『再誕』とは、マールカの目覚めと同時に、天龍の復活でもあるってことだ。
おお、謎が解けた!
それが来年、つまり明日から始まる年なのか。
でも、なんでそんな中途半端な数字なんだろう。何か意味があるのかな。
ご主人は、数字が書いてあるところを指差した。
「合計がいくつかわかるか?」
「……1152です」
「正解だ。さすがアウル、計算が早いな」
……なるほど。足し算の勉強のために、こんな書き方をしてるのか。でもやっぱり、変な数字だ。
「ご主人、どうしてこんな数字なんですか」
「ん?ああ、これに深い意味はないよ。昔の数え方を、今の数え方に直しただけだ」
「昔の数えかた?」
「昔の数え方だと、この数字は800だ」
800。
あれ?
もしかして……昔の数え方って、12進数?
1000年前は12進数だった?だから今も1年が12ヶ月なのか。
あれ……今、なんか引っかかった。
何か忘れているような。
「今は英暦1151年。明日からは1152年だ」
「えいれき……」
初めて知った!当たり前すぎて誰も教えてくれなかったやつだ。
そうか、マールカが宝珠の中で眠ってから、1152年も経つのか。英暦っていうのか。年号すらマールカ中心だとは。
「ほら、続きだ」
ご主人に促されて、俺は考えるのをやめて続きを読んでいく。
シンティアは、天龍の宣託を受けたあとは国として機能しなくなった。怒りを買い、加護を失ったと思った人々が国から出て行くようになったからだ。
繁栄を誇った大国シンティアは、やがてゆっくりとその歴史に幕を下ろした。国を闇から救うためにひとりの子供が犠牲になったが、その子供が原因で国は滅亡してしまった。とても皮肉な話だ。
30年も経った頃、国土は深い森に飲まれ、誰も入れないようになってしまった。ただ天将だけは残り、かつて栄えた首都を墓とした。
オリジャを始めとして、マールカを差し出すことに賛同した者たちは魔物に襲われたり、不慮の事故に遭ったりして消えていった。
オリジャも逃げるように姿を消し、その後オリジャの姿を見た者はいなかった。彼は後世に至るまで悪逆と呼ばれるようになる。ここでもタイトル回収だ。
天子ラマカーナもまた、国を出た。
家臣の幾人かと、それからマールカと共に育てていた12羽の鳥の雛たちと一緒に。でも、雛のうち5羽は死んでしまった。
かつて栄えた国は、もうどこにもない。
だけど、希望はあった。
1152年が過ぎれば、英傑マールカが目覚め、天龍が復活するのだ。
「『その時まで、マールカによって光が戻った世界を守ろうと天子は決意しました。そして目覚める時には皆が英傑マールカを歓迎し、称え、助け、再誕を盛大に祝いますように。』」
「そのとき、まで……うっ……ぐすっ…………」
「おいおい、最後の文だぞ?ほら、がんばれ」
「だって……マールカ……うう…………」
俺はぐしゃぐしゃに泣いた。
ご主人はちょっと呆れたように苦笑してる。
だって、この『英傑マールカ』の話、きっと天子ラマカーナが書いたんだ。
1000年後に目覚めて、変わってしまった世界でもマールカが受け入れられて、みんなが助けてくれるようにって。
みんながマールカを忘れないように。
英傑として童話にした。
だから、詩の中でわざとらしく容姿を褒めたんだ。あれは、マールカの外見の特徴を伝えるためだったんだ。
ラマカーナ……。
歴史を超えたその壮絶な友情に、俺は泣いた。
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