175話(別視点)老人と男
中央区に立つ聖人アダンの巨像。
その足元には、目を閉じて座っている老人がいた。
一枚の長い長い布をうまく着こなし、瞑想するようにして座すその風体は、さながら修行僧のようだ。
老人はいつもそこにいた。
いつからいたのか、誰も知らない。
かたわらには壺が置かれており、道ゆく人々はその壺に銅貨を投げ入れる。そして老人に何かを尋ね、答えを得て去っていく。
何度も何度も繰り返される問答。
毎日続く、アダン像前の広場ではおなじみの光景だった。
ある昼下がりのこと。
ひとりの男が老人に近づいて、壺に銅貨を投げ入れた。
紺色の髪を後ろでまとめた、冒険者風の男だ。
「……教えてくれ。俺の道はこれでいいのか」
老人は目を閉じたまま黙している。
男は弱々しい声で、なおも続けた。
「もう間に合わないかもしれない。宣託の八百を経た。俺が行かねば、あいつは
男は老人の前にどっかりと座り込んだ。
道行く人は誰も気に留めない。
このように老人と誰かが話し込んでいるのが、いつもの風景なのだ。
「……光をひとつ消したか。光はいずれ戻る」
「無理だ、何年もかかる」
「もうひとつの失ったものは、代償を支払って得ることになる。重い代価だ」
「……何かを売らなきゃならんのか?」
「支払うのは、命」
「!」
男は息を飲んだ。
老人はうっすらと目を開き、どこか遠くを見つめたような焦点の合わない青い瞳を見せた。
「だが、案ずるな。誕生とは天雷の如き痛みを伴うものだ。再誕もしかり。支払った命は、買い戻される。そして八星が再誕を祝福するであろう」
「……そうか」
「闇を纏った隠者が邪なるものを呼び寄せんとして跳梁しておる。再誕は闇を払うのだ。貴殿の道は険しいが曲がってはおらぬ。弛まず登ってゆくが良い。星を繋げよ」
老人は再び目を閉じた。
男は老人と同じ形で座り直し、目を閉じて大きく息を吸った。そしてゆっくりと吐き出す。
その動作を3回繰り返し、目を開いた。
「感謝する」
「理に触れた時から、予見は我が使命。再誕の年へ至るは悲願であった」
「そうか。ついでに、明日の天気を教えてくれ、天星侯」
「……予見は銭一枚につきひとつのみ」
「チッ……ほらよ」
チャリン、と再び壺に銅貨が投げ入れられる。
「その道に翳りなし」
晴れやかな顔で言い渡された宣言を聞き、男は立ち上がった。そして、去っていった。
天星侯、またはお天気おじいさんと呼ばれることもあるその老人は、去りゆく男の後ろ姿をじっと見て、その背に向かって呟いた。
「……貴殿は再会を果たす、必ず。大いなる巡りが貴殿を果てへと導くであろう」
だが、その声はもう男には届かなかった。
***
別視点おわり。
2章はこれにて終了となります。想定より3倍ほど長くなりました。3章からは、年末から新年の祭りにかけての出来事を綴っていく予定となっております。
長い2章でしたが、コメントや♡で励ましていただいて、ありがとうございました。おかげさまで書き切ることができました。ここまでお付き合いいただいて感謝します。
二、三日更新はお休みして、新章に備えようと思っています。再開は7/24(月)を予定しています。(前後する可能性があります)
今後とも、アウルたちの物語をゆるりと見守っていただけましたら幸いにございます。
次回、2章の登場人物紹介です。(長いため読み飛ばし推奨です)
***
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