64話 おかいもの




 さて、こうなってくると買い物もしたくなってくる。


 次に商工組合に向かうというリーダーの服の袖をちょん、と引っ張った。


 帯につけてもらった財布を見せて、『買い物をしたいです』アピールを試みる。それから西の方を指差す。



「うん?どうしたんだい。財布……向こうは厩舎、じゃなくて商業地区かな。そうか、さっそくお金を使ってみたいんだね?」


 伝わった!


 うれしくてピョンピョンしながらぶんぶん首を振ると、リーダーは俺に笑いかけた。



「そうだね、買い物の練習をしたほうがいい。じゃあ、商工組合と肉屋に行ったあと、買い物ができる場所に行こうか」


 やった!


 天に昇る気持ちだった俺は、その後の出来事をあまり覚えていない。


 商工組合で肉がめちゃくちゃ喜ばれたこととか、肉屋の倉庫で大量にぶら下がってる肉にちょっとビビったこととか、おそらくいろいろあって。


 気がつけば大きな商店の前にいた。


 三階建てくらいのその建物は、ぱっと見たかんじでは商店っぽくない。リーダーに「商店だよ」と言われなければ気づかなかった。


 扉のないアーチの左右に護衛が立っている。商店にはだいたい護衛がついている。



「この商会館にはいくつかの商店が集まっていてね。値段が手頃で、いろんなものがあるから、アウルにはぴったりだと思うんだ。僕もよく来るよ」


 デパートみたいなやつですか。


 すごいな文明。さすが、商人を聖人と崇めるだけのことはある。俺の想像以上に進んでるなあ。



「さて、何か買いたいものはあるかい」


 ちょっと考える。


 そういえば、拠点のリーダーの机の上にはインク瓶やペンがずらりと並んでいたのを思い出した。整理が苦手なのに、そこだけきちんと整頓されていたから印象に残っている。


 文房具を見てみたいです。


 文字を書く仕草をすると、すぐに理解したリーダーは俺の手を引いて二階に上がった。


 少し奥まった場所に、紙やインクが陳列された店があった。


 うわあ、すごい、すごいぞ。



「いらっしゃいませ、シュザ」

「こんにちは」


 上品な服を着た店員さんのような男の人が、名指しで挨拶をする。


 リーダー、さてはここの常連だな?



「ちょうど良かった、今日はこの子の買い物に来たんだ。しゃべれない子だから、ひとりで買い物をするのが難しいかもしれない。手助けしてくれるかい?」

「そうでしたか。かしこまりました」


 店員さんはスッとそばにきて、俺が指差したものを説明してくれた。


 鉱石が原料のインク、木の実の果肉を煮詰めたインク、動物の骨やツノを燃やして炭にしたインク。骨やツノもインクになるのか。黒いインクだけでも何種類もある。


 鉛筆もあった。黒鉛と何かを混ぜて焼いたものを木の板に挟んで作られているんだって。まるっきり鉛筆。


 紙もいろんな種類がある。藁半紙のようなものから、きめ細かい上質な紙。羊皮紙。薄紙。油紙まで。


 店員さんは俺を子供と侮ることなく、大人と同じように丁寧な口調で説明してくれる。商人の鑑のような人です。


 リーダーは、夢中になってる俺から離れて一人で別の棚を眺めていた。やっぱりインクとかペンとか好きなんだな。


 インクで書いた見本を見せてもらっている中で、気になるものがあった。


 インク自体は黒だけど、別の色でふち取られている。どうなってるんだろう。



「こちらは、書いた後インクが乾かないうちに魔力を少し流すと別の色のふちが現れるものです。最新作ですよ」


 おお、すごい。

 こういうのを探していたのかもしれない。


 俺が気に入ったのがわかったのか、店員さんは実際にそのインクで実演してみせてくれた。


 書いた後に魔力を少し流すと、きゅうっと真ん中に黒が寄ってふちに別の色が現れた!


 赤や青などのインク液に魔力に反応する黒い粒子が混ざっていて、魔力で黒の粒子を線の真ん中に引き寄せると、インク自体の色が見える仕組みなんだって。砂鉄みたいなかんじかな。わからんけどすごい。


 綺麗なガラスの瓶に入ってて、キラキラしたものが混ざってる。いいね。


 値段も銀貨3枚と、俺が買える範囲だ。

 


「こちらになさいますか?」


 うなずいてから、ちらっとリーダーの方に目線を向ける。


 かなり熱心にインクを眺めている。


 店員さんは俺のその仕草に少し首を傾げたが、すぐに理解して微笑みながらしゃがみ込み、俺にそっと囁いた。



「……贈り物として包装なさいますか?」


 察しが良くて助かります。


 大きくうなずいてから俺はポーチから羽根を取り出す。前にご主人にもらった彩色鳥のちっちゃい羽根だ。いろんな色があったけど、赤にする。


 これをつけてほしいな。


 店員さんに渡すと、うなずいて奥のカウンターでごそごそと作業をして、いいかんじに薄紙で包んだインク瓶を持ってきてくれた。


 ちゃんと真ん中に蝋で羽根がくっついてる。


 めちゃくちゃいい。最高です。


 俺がにっこりすると、店員さんもにっこりしてくれた。



「ご満足いただけましたら、何よりです」


 会計は銀貨3枚に、包装代銅貨2枚。そこにいろいろ説明してくれたお礼のチップとして銅貨1枚をさらに足す。


 こちらにもチップの習慣がある。俺はもらったことないけど。


 店員さんはほんの少し驚いた顔をして、丁寧に「ありがとうございます」と言った。こちらこそ。



 さて、どうやって渡そう。



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