62話 買取




 優雅なティータイムの後、ようやく今日の目的地、買取の窓口にたどり着いた。


 窓口……ではないな。


 奥にとても大きな観音開きの扉がある空間で、もはや窓口とは呼べない、小さめの体育館みたいだ。控えめなカウンターが幾つか、奥にデカい台がいくつかある。


 俺はびっくりしないぞ。


 大きい猪を狩った時に、こんなすげえデカい物どうやって売り買いするんだ?って思ってたので。


 奥は倉庫に繋がっているようだ。買い取った物を保管するところ。ちょっと寒い。


 リーダーが忙しく行き来する職員の一人に声を掛ける。



「ララキ、いいかな」

「シュザ?こんにちは。買取だね、何からいく?」

「大角猪の肉と素材、彩色鳥の羽、木の実と果物、それから薬草だよ」

「ああ、猪の肉は今いい値段になるよ。じゃ、あっちで肉出してくれる?アキが解体してるだろうから、奥に行かなくていいよ。倉庫の前の台ね」


 担当のお姉さんが指した場所にある低い台の上で、リーダーが鞄から肉を取り出し始めた。ものすごい量があるので俺も手伝う。


 まず肉。まだ熟成中で布と葉っぱに包まれた大きい塊をドン、ドン、ドン。


 そして内臓類をドン、ドン、ドン。


 ドンドン積み上がっていく肉の山に、周囲はあっけにとられていた。あ、葉っぱの隙間からモツがはみ出しちゃった。


 収納鞄ってすごい。こんなに入ってたんだ。これ何百人分くらい賄えるんだろう。



「えっと、一頭じゃないんだね?」

「ああ、ごめん。言い忘れていたよ、冒険者組合に卸すのは三頭だ。そのうちの一頭は『転化』だから、大きいんだ」

「『転化』もいたの?そうだよね、ハルクがいるパーティーだもんね、それくらいは……」

「あとの二頭は商工組合と肉屋に卸すつもりだよ。祭りがあるから、需要も高いと思ってね」

「まだあと二頭狩ったの……」

「最後の一頭はうちで食べたいってアキが聞かなかったものだから」

「そう……六頭……品質を確認するね……」


 お姉さんがどんどん遠い目になっていく。


 あれ?これくらい狩るのが冒険者の常識だと思ってたんだけど。


 ちがう……?



「確かに大角猪の肉と内臓が三頭分だね、確認したよ。まだ熟成してないけど肉質がすごくいいね、まるで瞬殺したみたいだ。ま、そんなわけないか」


 瞬殺だったが。


 瞬殺の時点で何かおかしいって気づくべきだったんだ。いや、気づいてはいたよ。


 やっぱり、あれ罠とか集団で囲んで倒すやつじゃん!


 このパーティーとんでもねえな。朝からずっとそればっかり言ってる気がする。


 このパーティーを基準にしちゃダメだ。ちゃんと世間の常識と擦り合わせていかないと。



「それで、その子が新しい見習い?」

「そうだよ、アウルっていうんだ。声を出せないから、気にかけてあげてくれるかい」

「わかったよ、こんにちはアウル。わたしはララキ。よろしくね」


 買取のお姉さん、ララキ。覚えた。


 動きやすそうな作業服っぽいのを着ていて、こげ茶色の髪をポニーテールにしている。


 俺がうなずくとララキは笑顔になった。「子供かわいい」っていう目尻の下がった顔だ。王都に来てから、よくその表情を見かけるようになった。


 ここでは子供が大事にされている。



「あなたが見習いを取るとはねえ。まさか、これ狩るのに連れてったりしてないよね?」

「うん?一緒に行ったよ」

「ちょっと!危ないじゃない!見習いの子をあなたたちみたいな怪力バカと一緒にしちゃダメだよ」

「そうかな、アウルも一撃で倒していたけれど」

「えっ!?」

「ほら、この小さいほうの塊、アウルの倒した個体だね」


 ……俺も瞬殺しちゃったんだった。人のこと言えねえ。


 でも、なんでリーダーが自慢げなの……ダメだ、この人も条件反射で「子供かわいい」の顔をする人だった。


 ララキの俺を見る目、かわいいものを見る目から、信じられないものを見る目に変わってしまったじゃないか。


 安全な狩り体験だと思ってたのに、ぜんぜん安全じゃなかったようだ。


 常識の擦り合わせ、急務です。



「アウル『も』って……みんな一撃で倒したんだ……あなたたち緑に上がったんだもんね…………高品質でうれしいよ」


 いろいろと諦めた顔になったララキは気を取り直し、紙に何か書きながら査定を行なっていった。


 ラベルを貼られた肉たちは、荷運びの職員によって倉庫に運ばれていく。


 それからリーダーは牙や骨や皮、晶石などを取り出して並べた。彩色鳥の羽根が入った袋も一緒だ。これもララキが査定し、紙にいろいろ書いている。


 晶石はともかく、牙や骨まで買取なんだな。何に使うんだろう。武器かな、アクセサリーかな。


 皮は、一旦はなめし工の元に送られるみたい。リーダーが、一枚はパーティーで引き取りたいからって、割符のようなものを受け取っていた。一週間後くらいに皮から革になったものを取りに行くんだって。


 氷漬けにされたバカでかい皮たちも倉庫に運ばれた。


 狩った生き物の素材が余す所なく使われるのは、いいことだ。良き巡りだね。


 採集した木の実や果物類も並べられ、査定が行われていく。


 最後に薬草を種類ごとに並べて、査定。


 ララキはカウンターに戻り、インク壺を開けて新たな紙に最終結果を書きつけていった。



「結構な金額になったよ。あとは窓口で入金と換金の手続きしてね。あなたたちは相変わらず一回遠征するとすごい量を卸すね。その子に無理させちゃダメだよ」

「わかっているよ。ありがとう」

「じゃあね、よき巡りを」


 紙を渡してくれたララキにお礼を言って(俺は頭を下げて)、買取のカウンターを後にした。


 けっこう時間かかったなあ。


 でも『買取』、覚えたぞ。


 それと『パーティーの常識を世間の常識と思うな』も覚えました。


 座右の銘にします。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る