4話 お買い上げ
「その子は、まあ何というか……こう見えて簡易鑑定では9歳なんですよ。掃除と洗濯が得意だそうで。ただ読み書きはできませんし、いろいろあって普通には話せない状態でしてねえ。魔力量は多いんですが」
主人がつらつらと俺の説明をしていく。
俺、魔力量多いの? 初耳なのだが。
それよりお兄さんは俺が気になるようで、じっと見てくる。大人の中にひとりだけ子供がいたら、やはり気になるものなのだろう。
さっきの客のような、湿ったような嫌なかんじはしなかった。
冒険者、という職業で一瞬だけ嫌な赤い髪が脳裏をよぎったが、人格破綻者のアレとは格がまるで違うように感じた。
うーん。この人がいいな。
なんか放っておけないかんじがする。お世話が必要なご主人、奴隷冥利につきるだろ。
「……おそらく更に治癒も必要になるかと。一応治癒師を呼んで全員に回復はかけたんですがね」
「……回復がいるって、前の職場とやらが相当ヤバかったんだな」
「ええまあ……そういうわけでして、あまり労働に向きませんし、おすすめはしませんな」
「そうか、まあそのあたりは問題ないな」
奴隷商の主人は丁寧にデメリットを説明するが、先程の客のように値段を釣り上げることはしなかった。
ということは、奴隷商のお眼鏡に叶ってるご主人だということだ。奴隷センサーも、いいよって言ってる。
逃す手はないな。何としても買ってもらわねば。心意気が漏れて俺はちょっとピョンピョンしてしまった。
改めて俺に向き直ったお兄さんが、しゃがんで俺に目線を合わせる。
あ、目の色も紺色なんだ。
「俺と来るか?」
速攻で頷いた。
内定もらえました。
やったぜ。
………………
契約のため、別室に行くことになった。
部屋を出る時に振り返ると、みんな優しい顔で俺を見送ってくれていた。
先に決まったことが少しだけ申し訳なかったが、地獄を共に生き抜いた戦友たちは俺の就職を心から喜んでくれているようだった。
みんなもいい職場にいけますように。
こっそり願って部屋を出た。
「さて、服を脱いでくれますか?上だけでいいですよ」
別室に三人で入り、俺を椅子に座らせた奴隷商の主人が背中で何かしている。契約魔法かな?
「一般的な契約はこれでよし、ほかに要望はありますか」
「何ができるんだ?」
「そうですね、たとえば……契約主とだけ話が出来るように、とかどうでしょう?」
それ欲しい!
しかし新しいご主人は眉を顰める。
「強要するのはこいつの負担にならねえのか?」
「むしろ契約無しで強要するほうが負担になると思いますよ」
「む……わかった。それで頼む」
良かった。
意思を伝える方法がないのでどうしようかと思っていたのだ。この身体は言語を翻訳してくれるけど、字は読めないようだったので。
さらに命令があれば他の人とも話せるような契約も付け足したりして、契約の内容はまとまった。
そういえば、屋敷にいたときひとりだけ話せた人がいた。執事のような家令のような人なのに奴隷部屋に放り込まれていた。多分、その人のおかげで地獄から脱却できたのだが。元気にしているだろうか。
奴隷商が背中に魔力を流し、次いで新しいご主人が魔力を流す。ふわっと暖かい風が身体を通り抜けるような感覚があった。
こうして契約は完了した。
身体中にうっすら2センチくらいの太さで白い線が走っている。これが奴隷の証らしい。
魔力認証式のようなので、契約に名前が要らないんだな。
「これで終わりです。お疲れ様でした。ご存知かと思いますが、お買い上げの皆様には注意点をお伝えしております」
そう言って奴隷商はいくつかの注意点を挙げる。
奴隷の基本的な扱いに関すること。
奴隷に武器を持たせてはいけないこと。
契約主が死んだら契約はなくなること。
10年ごとに契約の更新があること。
解放する際には奴隷商で解除すること。
基本的に2年は契約の解除はしないこと。
などなどである。
ご主人に内容をまとめた冊子を渡していた。なんだか奴隷契約というより雇用契約じゃないか?と思える。
書類に色々と書き込んでいき、最後にご主人がどこからか取り出した金貨を支払って、終了。
とはならなかった。
なぜなら、言いにくそうにご主人が「なんかこいつに服とかあるか?さすがにこの服で連れ歩くわけにいかねえが……すっからかんになっちまって……」とか言い出したからだ。
そんなにギリギリだったのか。買われた俺が言うのもなんだが、大丈夫だろうか。
仕方ないですねえサービスですよ、と溜息をつきながら奴隷商は売り子の奥さんを呼んで俺を着替えさせた。
俺としては着ていた服でも良かったが、ご主人的にアウトだったらしい。
まあ、控えめに言って粗末ではあった。
奴隷商と奥さんが二人がかりで俺の服を取り替える。
この世界の、この国の標準的なデザインの子供服である。ゆるりとした袖、わずかに襟があり、お腹の上で帯を巻く。そして7分丈のズボンのようなもの。
驚くほどぴったりだった。
靴まで揃っているのだが、サイズが合っている。
うん、これ絶対あれだ。
俺のために用意してあったやつだ。
「……息子が昔着ていた服がたまたまあったので」
目を逸らしながら言い訳する奴隷商。
いま店に子供の奴隷はほかにいない。
靴のサイズまで合うのはおかしい。
どう考えても、俺が使うかもしれないからと用意した服だった。
あ り が と う。
口パクでそう伝えると、奴隷商はびっくりした顔をしたのち、感極まったように手のひらで口を覆って向こうを向いてしまった。
顔は悪どいが、やっぱりめちゃくちゃいい人だったな。
いい店に引き取られて本当によかった。
新しいご主人と一緒に奴隷商の店を後にした頃には、太陽は真上に昇っていた。
こっちの世界でも太陽が昇って沈むんだな。当たり前のことに感動する。
「じゃ、俺らの泊まってる宿に行こうか」
新しいご主人様が手を差し出す。
こうして、希望に満ちた新たな奴隷ライフが始まったのだった。
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