#17 一夜明けて
湯船に漬かると自然と「ふぅ~」と息を吐いた。
今日は色々ありすぎた。
朝、ジョギングに行こうとしたらシューズが無くなってることに気が付き、それから他にも何か無くなっていないか部屋中の確認をして、盗難を疑い、誰が犯人かをグルグル考えて、恋人や妹、そして大学の友達を疑い、疑心暗鬼になって散々頭を悩ませてくれた。
その後、お昼には予定通り恋人のミキとデートに出かけたが、ミキの一挙手一投足に神経を尖らせ、そして犯人では無い確信を得て、全てを話して相談に乗って貰った。
そしたら今度はミキが妹のヒトミを呼び出してしまい、今まで恐れ避けていた恋人と妹が対面するという状況になるも、結果としてヒトミへの疑いは晴れ、そこからヒトミの現場検証と推理が始まって、ストーカーによる犯行の可能性を突き付けられた。
そんな状況でも俺は、不安になっているミキの前では弱気な姿を見せてはいけないと気を張っていたせいか、お風呂で一人になるとドッと疲れが出て来た。
今は新犯人の事や、今後の防犯対策、ミキやヒトミの安全のこと等考えなければならないことが沢山あるが、湯船に漬かったら気が抜けてしまい、考えることを脳ミソが拒否している。
今夜は疲れたからゆっくり休んで、難しいこと考えるのは明日にするか。
「ええええ!?」
「声が大きいですよ!もう夜なんですから」
湯船でぐだっていると、部屋の方からミキの驚く声とそれを窘めるヒトミの声が聴こえて来た。
俺の元カノ山根ミドリの話でもしているのだろうか。
だとすると、今出ていくのは得策ではないな。
もうしばらくこのままお風呂でゆっくりして、時間を空けてから出るか。
◇
「やっぱり湯船で寝てる! ヒロくん!起きてヒロくん!風邪ひいちゃうよ?」
「んあ? あぁ…、風呂で寝ちゃってたのか…」
「全然お風呂から出てこないから心配して見にきたんだけど、大丈夫?疲れてるんじゃないの?」
「ごめん、そうみたい。 出るね」
ミキに起こされて直ぐに湯船を上がると、脱衣所で体を拭いてミキが用意してくれた部屋着を着た。
部屋に戻ると、ミキもヒトミもリラックスしてる様子でお喋りしてたが、俺の顔を見たヒトミが「さっきの話、ミキさんに相談したから」と報告してくれた。
「そっか。 なんか悪いね。ミキには全然関係ないのに」
「ううん。 色々興味深い話も聞けたし、全然大丈夫だよ」うふふ
「興味深い話って、なんか怖いな」
「それで、ミキさんにミドリちゃんのこと調べられないかお願いしたら、早速知り合いとかに色々当たってくれたんだよ」
「へー、何か分かったの?」
「んとね、高校の部活関係の繋がりで、1年の後輩や2年の同期の子たちに知ってる子居ないか探して貰っててね、あとは友達でサークルやってる子とかにも名前聞いたことないか確認してるとこなの」
ミキが説明しながら俺の為に冷たいお茶をグラスに煎れ直してくれたので、それを飲みながら話を続ける。
「なるほど。ミキって女子にも人気ありそうだし、顔も広いんだね」
「それでね、『私の彼氏の元カノなんだけど』って付け加えてお願いすると、友達とか凄い喰いつき良かったよ」
飲んでたお茶、吹き出した。
「それ言う必要無くない!?」
「大丈夫大丈夫。それ以外は何も言ってないし、教えるつもりもないから」
「ホントに大丈夫かなぁ…」
元カノの調査に妙に積極的なミキに不安を覚えるが、今カノとしては俺の元カノが同じ大学に入学していると知って、気になるということだろうか。
とりあえず俺としては、『今は元カノのことは何とも思ってませんよ』とのアピールも兼ねて、「ホントは山根ミドリのことなんてどうでもいいし、ほどほどにね」と言うと、「でも付き合ってた頃は好きだったんでしょ?」と答えに困ることを聞いてきた。
「ヒトミも居るのに、答え難いんだけど」
「ふーん、答え難いんだ? それってホントはまだ忘れられないってことじゃないの?」
「それだけは絶対にない。スマホの元カノ関係のデータとか全部消してるし。 ヒトミからもなんか言ってくれよ。今週ヒトミから話聞くまですっかり忘れてたくらいどうでも良い存在になってるって」
「まぁ、実際のトコロ、本当にそんな感じだったね。 それに、私がミキさんのこと「大事にしなよ」って言ったら、「大丈夫。滅茶苦茶大事にしてるから」って顔真っ赤にしてたし」
「おいコラ!それは言うなよ!」
「ほうほうほう!なるほどなるほど~!」
「だって兄ちゃんが、何か言えっていうから」
「だから彼女と妹を会わせるのがイヤだったんだよ!こうなるに決まってるじゃん!俺が心配してた通りになってるよ!」
「え~、い~じゃん!こういう話、楽しいでしょ?」
「いや、楽しんでるの、ミキ一人だけだと思うんだけど」
その後もミキは3人でのお喋りを続けたそうに色々喋っていたが、妹の前ではこれ以上恋愛トークを続けたくなかったのと、疲れて眠かったので、タオルケットを引っ張り出して包まって、床でゴロンと寝転んだ。
俺が寝る体勢になってからも、ミキとヒトミはあれこれお喋りを続けて居たようだが、二人の会話を黙ってぼんやり聞いてる内に、俺は寝落ちしていた。
◇
翌朝、目が覚めると、タオルケットの中にミキも居て俺に抱き着いてて、ヒトミはベッドで寝ていた。
ウチの妹が居るっていうのに抱き着いて寝るとか、ホント、ここではフリーダムだな。
そんなミキの寝顔を眺めながら、昨夜のことを思い浮かべる。
昨夜は、ストーカーの話や警察へ通報するかどうかの相談してた時は、不安そうにして元気が無かったけど、俺が寝る頃には随分元気を取り戻してて、ヒトミとも楽しそうにお喋りしていた。
なんとかいつもの調子に戻ってくれて、ヒトミとも仲良くしてくれていることに、俺はぼんやり眠たい頭でもホっと安心してたと思う。
ミキは自分のことを、「何も役に立てなかった」と言っていたが、本当にそんなことは全然無くて、ミキが傍に居てくれるだけで「冷静にならなくては」とか「俺がしっかりしないと」とか自分を律することが出来て、目まぐるしい展開の中でも、逃げだしたり投げやりになることが無かった。
それに、最初は疑ってしまったけど、ミキはそのことにも怒ったりせずに「疑うのは仕方がない状況だった」と理解してくれて、一緒になって色々考えて、ヒトミのことでも助けてくれた。
ありきたりの言葉しか言えないけど、ミキが彼女で本当に良かった。
心底そう思う。
ミキと抱き合ったままぼんやりしていると、ヒトミが目を覚ました様で、ベッドから起きて来たので「おはよう」と声を掛ける。
「ん、あ、兄ちゃん起きてたんだ。おはよう」
「おう。昨日早く寝たお蔭で目が覚めるのも早かったみたい」
「そっか。ベッド、ごめんね。一人で使わせて貰っちゃって」
「ああいいよ。ヒトミも昨日は色々と疲れただろうし、気にしないで」
「それにしても、ホント仲良いんだね。 二人見てると、なんかホッとするよ」
「ホっと?」
「うん。ミドリちゃんの時は、内心面白くなかったけど、ミキさんは見てて安心感みたいなの、感じる」
「へー、でもまぁ確かに、気が利くし、積極的に喋ってくれるし、一緒に居ても気疲れとか全然しないから、そういう意味では安心感は確かにある人だね」
「そうそう。私とだって初対面なのに、昨日の夜は遅くまで色々お喋りしてくれたんだよ」
「そっか。なんだかんだ色々言ったけど、二人が仲良くしてくれるのは、やっぱ嬉しいな」
そう言いながら、無意識にミキの頭を撫でていたら、ミキが目を覚まして、寝惚けながら俺の首に両手を回して、がっつり濃厚なキスをしてきた。
油断していた俺は逃げることが出来ずにされるがままで、妹は「ありゃ」とちょっぴり呆れていた。
抱きつくミキを何とか引き剥がして「こら!妹が見てるでしょ!」と強めに抗議すると、「ごめんごめん」と謝りながらも、何故か嬉しそうな笑顔だった。
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