#14 妹の現場検証




「ヒトミ、ごめん。ちょっと試させてもらった」


「試す?」


「ここに書かれてるのは、今週俺の部屋から無くなった物なんだよ」


「んん? 無くなったって、捨てたとかじゃなくて、盗まれたってこと?」


「うん、そう考えてる」


「ちょっと待って。私のことを試したってことは、私が犯人だって疑ってたってこと?」


「疑ったのはごめん。でもヒトミだけじゃなくてミキのことも最初疑ってたくらいで。 先月今月と立て続けに部屋から物が消えててさ、誰が盗んだのかとか全然分からなくて凄く悩んだんだけど、今週俺の部屋に来てる人は持ち出すことが可能だったってことで、確認させて貰ったんだ」


「……」


 ヒトミに頭を下げて謝ってから事情を説明すると、ヒトミは更に困った様な表情をした。


「ヒトミちゃん、ヒロくん本当に悩んでてね、この部屋に来てるのは恋人の私と妹のヒトミちゃん、あとは学校の友達とか、みんな親しい人ばかりで、でも誰が持ち出したか分からないし、しかも下着とか歯ブラシとかも無くなってるから何だか気持ち悪いでしょ?」 


「はい…」


「だから怒らないであげて欲しいの。 もし自分が同じ様な目にあったら、凄く怖いし不安になると思うの。それなのに身近な人を疑わないといけないんだもん。きっと辛い思いを沢山するでしょ?」


「そうですね…、別に怒ったりはしませんよ。 ミキさんが言う様に、そんな状況になったら不安とか恐怖で、視野も狭くなるでしょうし。  それで、兄ちゃん。もう少し詳しく状況を話してくれる?」


「うん、ありがとうな。 それで、物が無くなった状況なんだけど―――」



 ヒトミにも、ミキの時と同じように、盗難事件の詳細を説明することにした。


 トランクスが無くなった時の状況から順番に、それぞれの物が無くなる前の状況、無くなったと予想される日時やその根拠、ミキやヒトミを疑うことになった要因、そして、残りの容疑者の三島と山田が今週遊びに来た時の様子や普段の関係も説明した。

 途中何度かヒトミが質問を挟み、それにも解る範囲で答えた。


 一通り話終えると、ヒトミは腕組みして「うーん」と考え込み始め、ミキは席を立ち、キッチンでお湯を沸かしながらインスタントコーヒーを煎れる準備を始めた。


 直ぐにお湯が沸いてコーヒーを煎れると、3つのマグカップをお盆に乗せて運んでくれて、3人の前に1つづつ置いて、角砂糖とミルクをローテーブルの中央に置いた。


 ミキが落ち着くと、ヒトミが話し始めた。


「あのさ、兄ちゃん。何で知り合いに限定して考えてるの? 空き巣の可能性だってあるじゃん。むしろ私にはそうとしか思えないよ?」


「え?」

「あー」


 俺とミキの声が重なるが、二人の反応は違う物だった。

 ミキは納得したような反応で、俺は意表をつかれたような反応をした。


「いやだって、金目の物は全然盗まれてないよ? それに玄関の鍵はちゃんと閉めてたし、ココ2階だからベランダから忍び込むのは無理だと思うよ」


 俺だって空き巣の可能性を全く考えなかった訳では無いけど、ノートPCやゲーム機は目に付くところに置いてあったにも関わらず盗まれては居なかったので、金目の物狙いでは無く、嫌がらせが目的だろうと考え、今週ウチに来ていた人物の嫌がらせ目的(ミキだけは別の目的)での犯行ではないか?と推測した。


「ちょっとベランダ見てもいい?」


 ヒトミはそう言って立ち上がり窓際に移動して、網戸に開けるために手を掛けると「ここの窓って留守の時も網戸のままだったんじゃないの?」と何か気づいた様子で首だけコチラに向けて質問してきた。


「今日のお昼過ぎに部屋に来た時は、ちゃんと鍵掛かってたよ。 私が換気した時、鍵開けたの覚えてるし」


「今日じゃなくて昨日は?」


「うーん、どうだったかな…。 普段から鍵掛ける様にしてるけど、毎回出かける度に確認してる訳じゃないからな」


「そっか…。 そこは後で考えよう」


 ミキと俺がそれぞれ答えると、ヒトミは窓の施錠のことは一旦保留にして、網戸を開けてベランダに出た。

 俺達も後に続いて、一緒にベランダに出る。


 このマンションのベランダは、床から高さ120~130センチ、厚さ15センチ弱のコンクリートの壁に囲われてて、隣室との境界には薄い仕切りが嵌め込まれてる。隣室の灯りが付いている程度のことは分るが、部屋の中の様子までは見えないようになっていた。

 仕切りが薄いのは、火事や地震が発生した時にぶち破って避難する為だと聞いたことがあるが、ウチの仕切りは外したりぶち破った形跡は一切なかった。


 ヒトミがコンクリートの囲いに手を置いて、顔だけ出して下の様子を覗き込んだので、俺とミキも同じように顔を出して下を覗き込む。

 眼下には、1階の部屋も同じ設計のベランダがあり、直ぐ目の前には敷地を囲うフェンスがある。

 それと、お向かいが2階建ての民家の裏手で、2階はそうでも無いが1階は日当たりが悪く、そして外部からは人目に付きにくい環境でもあった。


 地面から2階のコンクリート壁の手すり部分までの高さは、軽く3メートル以上はある。 フェンスによじ登った程度では2階のベランダに忍び込むのは無理だが、キャタツ等を使えば、コンクリート壁を乗り越えることは可能に思えた。


「梯子とか使えばよじ登れそうだね」


 ヒトミも俺と同じことを考えたようだ。


 ミキは、犯人がベランダによじ登る様子でも想像したのか、俺の腕を掴んで不安そうな表情を浮かべた。


「部屋に戻ろう」


 ヒトミに促されて室内に戻ると、今度は玄関へ移動して、「下駄箱の中も見せてね」と言って、俺の返事を待たずに扉を開いた。


 俺も傍に寄り、下駄箱の中を観察しているヒトミの様子を観察する。 その俺の背後からミキはずっと俺の腕を掴んだまま、黙ってヒトミの様子を見ていた。


「無くなった靴は、この位置にあったの?」


「うん、その位置に置いてた。何か分かりそう?」


「下駄箱は特に異常は無さそうだね」


「そっか」


 そう言って他にも玄関内を確認するように見回してから立ち上がった。

 次にクローゼットに移動して、今度は何も聞かずに扉を開いて中を調べ始めた。


「兄ちゃん、無くなった帽子はドコに仕舞ってたの?」


「帽子は上の棚に置いてたと思う」


「直ぐ目に付くところに仕舞ってたってことで良いのかな?」


「そうだね。 簡単にパっと取り出せる場所だったと思う」


 俺がそう答えると、ヒトミはその棚を覗いたあと黙って棚とは別の引き出しを引いて、中身を確認した。


「なるほど」



 他にも、脱衣所などでも同じような確認をすると、ヒトミがローテーブルに戻り座って、冷めてしまったコーヒーに口を付けたので、俺とミキも同じようにローテーブルに戻り、コーヒーを口にした。

 ミキはベランダに出て以降、ずっと俺の腕を掴んだままだった。


 妹の前でイチャイチャなんてする気は微塵も起きないけど、ミキの様子が怯えている様なので、俺の腕を掴む手を一旦離して貰い、安心させるつもりで掌で握り返した。





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