第37話 焼肉 shooting the sun
「そろそろお昼にしよっか〜」
砂浜に戻ると、寝転がっていたナギがそんなことを言った。冬弥が辺りを見渡すと、いつの間にかパラソルと椅子が増えている。
「えっ? もうこんな時間?」
灯織は驚いたようにスマホを見た。時刻は既に十二時を回っており、冬弥と一時間以上も海に入っていたことになる。
「……全然気づかなかった」
「あはは。ってわけで、早速始めよっか。冬弥くん、着いてきて」
「え? あ、はい!」
冬弥は首を傾げたが、とりあえずナギについて行くことにした。
彼女は鼻歌を歌いながら車のほうに向かって歩いている。冬弥は要件が気になって、ついに聞くことにした。
「えっと……なんで俺を呼んだんですか?」
「荷物運びだよー。やっぱ海と言えば、焼肉でしょ!」
ナギは車に着くと、トランクから炭火の入った段ボールと肉を焼くための七輪を取り出す。そして、冬弥に手渡した。
「いいですね。海辺で焼肉ですか」
冬弥は段ボールを受け取ると、悲しい顔で俯いた。
「薫の肉でも焼くんですか?」
「バカ。やめなさい」
そんなやり取りがあったあと、二人は砂浜まで荷物を運んだ。──なるほど。たしかに、海の風を感じながら肉を食うというのも乙である。
「ここに置いていいですか?」
「うん。ありがと」
冬弥は段ボールを砂浜の上に置くと、そのまま近くにあるトングを手に取った。
「あ、いいのいいの! 私たちでやるから」
ナギはそう言うと、冬弥からトングを奪い取った。炭火を入れ、うちわで扇ぎ始める。すると、みるみるとうちに火がついていく。
「おお……」
その光景を見て、冬弥は思わず感嘆の声を上げた。なんというか、魔法みたいだと思ったのだ。
「私たちで勝手にお肉焼いてるから、遊んできてもいいんだよ?」
「い、いえ。もう充分泳ぎましたから」
冬弥はそう言うと、キャンピング用の椅子にもたれかかる。慣れない水中に長くいたからか、疲労感が半端ない。こうして休んでいる方が疲れも早く取れるだろう。
「でも意外だね〜。冬弥くんが泳げないなんて」
「わかるー。ギャップってやつだよねー」
「そうですか……?」
「その肉体なら向こうの岸まで泳げそうなのにー」
「向こうの岸ってどこですか!? 海外!?」
あははーと笑いながら、初代の姉はクーラーボックスから肉を取り出した。そのひょうきんな性格といい胸のサイズといい、あまり初代には似ていない。
「あの……お姉さんって、本当に初代と姉妹なんですよね」
「うん、そだよー。どした?」
「なんというか、あまり似てないというか……」
「そうー?」
網の上に牛脂を敷きながら、初代の姉は人差し指を顎にあてた。
「まぁー、たしかによく言われるかなー」
「どう思う? 灯織」
冬弥はふと、隣でぼーっとしていた灯織に聞く。
「えっ? あっ、ええと……似てないこともないんじゃない? 髪の色とかそっくりだし」
「たしかにな。目もちゃんと二つある」
「もっと他にないの?」
まるで観察眼のない冬弥に、灯織が呆れたように言った。
「うーん。強いて言うなら、鼻も一つずつ……?」
「数から離れて! ……やっぱ一番は笑顔かな。さすが姉妹って感じ」
「そ、そうー?」
「はい。あと、物腰柔らかな感じとか」
灯織は次々と共通点を見いだしていく。すると、桃香は照れたような笑みを浮かべた。
「な、なんかー、照れるねー」
その笑顔を見て、冬弥は頷いた。──たしかに、目の細い感じと言い、無邪気な感じといい……その表情は、初代によく似ている。雰囲気で言えば、来るもの拒まずな感じとかも。
「意外だな。灯織に観察力があったとは」
「……馬鹿にしないで。初代ちゃんは大切な後輩だし、それに──」
灯織が何かを言いかけたところで、お腹からグ〜〜〜〜と、大きな音が鳴った。
「…………」
灯織は顔を真っ赤にして黙り込む。そして数秒後、恥ずかしさを誤魔化すかのように、慌てて肉をひっくり返した。
「あっははは!! 灯織、お腹減ってるんだ!」
「ち、違う! 今のはお姉ちゃんの音で!」
「……ふふー。灯織ちゃん、意外と大きな音が出るんだねー」
「だから違うって〜!」
灯織は顔を赤くして叫ぶ。そんな様子を見て、冬弥は思わず吹き出した。
「言い訳は見苦しいぞ、灯織。やっぱり身体は正直だったってことだ」
「その言い方はやめて……!」
灯織は恨めしげに彼を見つめるが、やがて諦めたように小さくため息をついた。
「もう………………早く食べたい」
「おっ、そろそろ食べれそうだよ!」
ナギはそう言うと、お肉を皿に盛り始める。冬弥たちも焼けた肉を取っていった。
「「いただきます」」
手を合わせてから、冬弥たちは肉を口に運ぶ。
「────」
口に入れた瞬間に広がる芳ばしい香り。噛み締めると溢れ出る肉汁。それはまさに至福のひとときであった。
「うん、美味い!!」
「美味しい……!」
「ほんと? よかった〜」
冬弥と灯織が声を上げると、ナギも肉をタレにさっと漬け、口に放り込む。
「ん〜! おいしい! ビール飲みたくなるわ〜!」
「ダメだよ、お姉ちゃん。徒歩で帰る羽目になるから……」
「うう、わかってるけど……」
ナギは悲しそうな表情を浮かべた。それを見たからか、初代の姉は自分のクーラーボックスからノンアルの缶を取り出すと、そのままナギに投げて渡した。
「ほれー」
「桃香……!」
ナギは片手でキャッチすると、プルタブを開けた。プシュッという炭酸の抜ける音が聞こえてきたと同時に、勢いよく喉に流し込む。
「うんめぇ……!」
「ナギさん! しちゃいけない表情してますよ!!」
冬弥は思わず突っ込んだ。すると焼肉の匂いに誘われたのか、何者かが目の前に近づいてくる。
「あれっ!? 焼肉……!?」
「焼肉で……ございます……!」
エマと初代だった。砂浜から戻ってきたのだろう。二人とも目の前の肉に、目を輝かせている。
「食うか?」
冬弥は自分の取り皿に肉を盛り付けると、二人の前に差し出した。
「えー、いいのかしら!?」
「なんだか……申し訳なく……」
「大丈夫だ。元々取り置いてたから」
薫の分も取ってあるし、と言って冬弥は笑った。彼は現在、太陽の光を浴びながら口をあんぐり開けて寝ている。後で冬弥がその口に肉を一気にぶち込む予定だ。
「じゃあ、遠慮無くいただくわ!」
「頂き……ます……!」
二人はそう言うと、同時に肉を頬張った。
「うまっ!」
「おいひいでふ……!」
どうやら満足してくれたようだ。冬弥も肉を食べつつ、笑顔で頷く。
「ありゃりゃー。冬弥ニキー、
「でしょ? やっぱモテる男の子は違うよね〜」
ナギと初代の姉がヒソヒソ話をしていたが、冬弥は気にせずに肉を頬張っていく。二人が喜んでくれるなら、それでいいと思ったのだ。
「初代は……貴方様に一生……」
「いやいや、肉ぐらいでそんな大袈裟な」
「でも本当に美味しいわ! こんなの初めてかも!」
「はい……感謝の極み……です……」
初代とエマは頬を押さえて美味しさに浸っている。やはり運動後の肉は身に染みるのだろう。
「ふぅ……」
一方、灯織は一息つくと、そのまま椅子にもたれかかった。
「おいおい、疲れたのか?」
「いや……食べたら眠くなって……」
「じゃあ、ワタシが上に座ってあげるわ!」
エマはそう言うと、灯織の膝の上に乗った。
「エマちゃん!? ちょっとやめて、なんか砂っぽいし!」
「当然でしょ。さっきまで砂浜でビーチバレーしてたんだから」
「そうかもしれないけど……てか重っ!? 早く離れて! エマちゃん!」
「今、ワタシのこと重いって言った!? あんたの方が重いわよ!!」
「うるさい! アルミホイルぐらい軽いし!」
「違う! それはあんたのトウヤに対する愛の重さでしょうが!」
「軽すぎだろ」
そうツッコんでもなお、エマと灯織はギャーギャー騒いでいる。
冬弥はため息をつくと、ペットボトルの水を飲み干した。ちょうど手も空いたし、薫の口に肉でも突っ込みに行くとするか──。
「あの……貴方様……?」
冬弥がそう思った矢先、初代に声をかけられた。彼女は青いワンピースタイプの水着を身にまとい、冬弥の隣に立っている。
「少しだけ……お聞きしたいことがございまして……」
「ん、俺に?」
冬弥が聞くと、初代は小さく首肯する。
「灯織様と……エマ先輩は……お知り合いで……いらっしゃったのですか……?」
「あぁ。見てのとおり、仲良しだ」
冬弥はさらりと答える。
「そうなんですね。クラスメイト……なのでしょうか」
「いや、なんか大雨の時にたまたま出くわして、一緒に雨宿りしたら仲良くなったらしいぞ」
「なるほど……では……貴方様は……いかにしてエマ先輩とお知り合いに……」
初代は冬弥の側に立ち、そんなことを聞く。かなり激しい質問攻めに、さすがの冬弥も若干の違和感を覚えながら答えた。
「まぁその、小学校の時に色々あってだな……」
「東京で、仲良くしておられたのですね」
「あぁ、って──知ってたのか」
「はい……以前、灯織様が……お話してくださいました」
冬弥は驚いた。──まさか、灯織が俺の話をしていたとは。
「そして……貴方様が
「──!」
冬弥はハッとした。そういえば、初代にはその話をしていなかった。
「べ、別に隠してたわけじゃないからな! デリケートな話だから、いつ話すか迷ってただけで……」
「いえ……別に怒っているわけではありません……」
初代はそう言うと、冬弥に一歩近づく。すると冬弥の耳元で囁いた。
「…………貴方様に……お願いがあるのです」
「えっ?」
突然の申し出に、冬弥は戸惑う。すると、初代はさらに続けた。
「二人で……泳ぎませんか?」
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