第29話 テスト結果。楽しいを答え合わせ
翌日。赤点を取れば特別補習が課されると話題の、夏休み前考査の答案が全て返却された。
絶望する者もいれば、有頂天になる者もいる。その日の昼休み、冬弥が机で答案を整理していると、視界に青髪の男が飛び込んできた。
「どうだったんだい? テストの結果は!」
薫は冬弥が赤点を回避するべく、過去に例を見ないレベルで猛勉強していたのを知っていたのだ。
「今回は──」
「……うん」
「ギリギリだったけどな」
冬弥はそう言うと、答案を見せた。薫はそれを覗き込む。
「大丈夫だったよ。五教科ともな!」
「……すごいじゃないか! どれどれ……うんうん、どれも悪くない水準だ。前回、ほとんどの教科で赤点を取った男とは思えないよ」
「だろ? 俺だってやればできる子なんだ」
冬弥は勝ち誇る。すると、横から深いため息が聞こえた。
「別に、人に誇れる点数じゃないと思うけど」
「灯織!?」
いつの間にか二人の前に現れた灯織が、呆れ顔で言う。
「冬弥は赤点が10点なら10点の勉強、50点なら50点の勉強って感じで、学びに主体性が無いでしょ。たかが全教科30点超えたくらいで、大袈裟な……」
「も、もうやめてあげて若宮さん! 彼が泡を吹いて倒れそうだ!」
灯織に正論パンチを浴びせられ、冬弥の口から魂が抜けて行った。
「でも、僕は本当にすごいと思うよ。古典なんて、上から数えた方が早いくらいだ」
薫は感嘆の声を漏らす。冬弥は少し照れたように鼻の下をこすった。
「まぁ、灯織のノートのおかげだな」
「べ……別に。それに、あの子のおかげでもあるでしょ」
「あの子って……初代のことか? たしかに、ちゃんと感謝を伝えないとだな」
冬弥は素直に答える。その時、灯織の顔が少し曇ったような気がした。
「どした? 灯織」
「な、なんでもない」
彼女は首を振ると、露骨に視線を外した。冬弥は不審に思いながらも、それ以上追及することはしなかった。
「それより、お前らの点数はどうだったんだよ。まさか俺より低いなんて言わないよな?」
冬弥がそう言うと、薫は鼻で笑った。
「まさか。僕を誰だと思っているんだい?」
「女子とまともに喋られない癖に妙にプライドだけ高い厄介オタクだと思っているが」
「ただの悪口じゃないか!?」
「ツッタカターによくいるやつ……」
灯織はそう零す。
「まぁいい。僕の答案はこれだ」
薫は冬弥の前に答案を差し出した。多くの教科で八割超の点数を叩き出している。
「うわ、すごいな」
「ふふん、僕はこう見えても割と成績優秀だからね」
「自分で言ってりゃ世話無いな……」
冬弥が皮肉を言う。一方、灯織は退屈そうな顔をしていた。
「そうだ。灯織はどうだった?」
「別に……文系科目ならぜんぶ満点だけど」
「!?」
灯織がそう言うやいなや、思わず二人は後ろにのけぞった。
「え!? マジで?」
「Q.『神は実在すると思いますか?』A.『はい。私の目の前に』」
「そ、そんなに!? そこまで驚かなくても……」
「驚くに決まってんだろ! あのテストで満点取るとかバケモンか!」
「しかも全部記述なのに! 有り得ないよ!」
「別に普通でしょ……」
二人の過敏な反応を見て、灯織はため息をついた。だから言いたくなかったのに──と心の中で思いながら。
「でも、そういうことなら……灯織、やったな!」
冬弥は目を輝かせながら、灯織の手を取った。彼女は困惑している。
「え?」
「特別補習を回避したってことは……思う存分夏休みを楽しめるってことだろ!」
「あ……」
灯織は思い出した。そういえば、『赤点を回避して夏休みを満喫する』なんて約束を冬弥と交わしていたっけ。
「よっしゃあ! やったな灯織!」
「やったも何も、元々、全部冬弥の結果に掛かってたんだけど……」
困惑する灯織を他所に、冬弥は大喜びしていた。それを見て、薫が口を開く。
「夏休み中、どこかに遊びにでも行くのかい?」
「あぁ。とりあえず海に行くってことは決まってるが、まだ細かいことは何も決めてないな」
「いいね。二階堂さんも誘うのかい?」
「それもまだだな。灯織、どうする?」
二人は一斉に灯織の方を向いた。彼女はしばらく考え込むと、口を開く。
「まぁ人数は多い方が楽しいんじゃない? わたしはエマちゃんを誘おうかな」
「わ、若宮さんが大人数を好む……だと!?」
「灯織は人見知りなだけで、別に人間が嫌いなわけじゃないぞ。な?」
「いや、嫌いだけど」
「嫌いなのかい!」
嫌いだった。しかし、灯織は前髪をかき分けてから続ける。
「でも……信用してる人はいい」
その横顔は、少し嬉しそうで。冬弥は胸がざわつく音がした。
「灯織──!」
「なるほどね…………海…………楽しんで……きて……」
薫はゲッソリとした顔でそう言いながら、地面に沈みかけていた。それを見て、慌てて灯織がフォローを入れる。
「よ、よかったら青木くんも一緒に行かない?」
「い、いいのかい!?」
「うん。少なくとも、冬弥よりは信用できるし」
「良かったな、薫!」
「君のメンタルは鋼でできているのかい?」
薫は呆れ気味に言った。しかし、その顔には笑みが浮かんでいる。
「……本当にいいのかい、若宮さん?」
「うん。青木くんは余計な煩悩も持っていないだろうし、大丈夫」
灯織が笑顔で言うと、薫はガッツポーズをした。
「よし……! これで二階堂さんの水着姿が拝める……!」
「煩悩まみれじゃねぇか!」
「……」
三人がそう話していたところで、教室のドアがガラッと開いた。
「ワタシもその話、混ーぜーて♪」
「きゃっ!?」
三人の前に、金髪二つ結びガールこと二階堂エマが現れた。彼女は教室に入ってくるなり、後ろから灯織にハグした。
「え、エマちゃん……」
「随分楽しそうな話をしてるじゃない! そんなの、聞き逃すわけに行かないわよ!」
エマはあくまでたまたま近くを通り掛かったということらしい。冬弥は呆れながらも、先ほどしていた話をエマにもした。
「そういうことなら、ワタシも行きたいわ!」
「エマはこういうの好きそうだもんな〜」
冬弥がからかうようにそう言うと、彼女はトーゼンよ、と言って腕を組んだ。
「来年は受験生なんだし、今年の夏休みを満喫しないでどうするのって話。楽しめる限り楽しみ尽くすわよ!」
「さすが、エマちゃん……」
「おぉ、カッコいいな!」
二人は感嘆の声を上げた。薫も冬弥の背後にピッタリ付きながら、うんうんと頷いている。
「あれ? アナタ、トウヤのお友達?」
「……ッ!」
見知らぬ男子が冬弥の背後霊みたいになっていたので、エマは声を掛ける。すると、薫はビクっと身体を震わせてから、冬弥の後ろに隠れた。
「お前、どうした?」
「ま、眩しくて──直視できないんだ!」
薫はガクガクと肩を震わせながらそう答えた。意味がわからず、灯織とエマはキョトンとしている。
「まぁいいわ。とりあえずワタシも海、行っていいかしら?」
「もちろん」
「やったわ! ありがとう!」
エマは満面の笑みを浮かべると、再び灯織に抱きついた。灯織も無抵抗で、満更ではないようだ。
一方、冬弥は後ろに隠れている薫の肩を叩いた。
「よかったな、薫。女子二人と海だぞ」
しかし、返答がない。冬弥が後ろを振り返ると、薫はひたすら肩を震わせながら俯いていた。
「おいおい、どうした──」
「生きていて……良かった……!!」
「!?」
教室の床に涙が落ちた。薫は顔を上げ、感動に打ち震えていたのだ。
「愛してくれて……ありがとう!!」
「そこまで!? つーかすげぇ嫌なエースだな!」
冬弥は思わず叫んだ。二人が怪訝そうな目でこちらを見つめている。
「あぁ。この際、君がやたらと女性に好かれる件については水に流そう──
「なんかキモいな! 感謝するなら灯織とエマにしろよ!」
「なんかよく分からないけど……日にちはどうするのかしら?」
エマが首を傾げて訊ねる。すると、灯織がスマホを取り出した。
「ええと、夏休みが明日からだから……」
「ワタシはいつでもいいわよ。灯織の部活がない日に合わせるわ」
「俺もそれで問題ないぞ」
「僕は、土日のどちらかなら助かるかな」
薫はそう答える。忘れがちだが、彼はテニス部員である。部内でもそこそこ強いらしい。
「わかった……じゃあ急なんだけど、明後日の日曜日でもいい?」
「もちろん。構わないよ」
「よっしゃ! 決まりだな!」
「灯織、水着はあるの?」
エマがそう訊ねるのに対して、灯織は小さく微笑んだ。
「大丈夫。実はもう買ってある」
「へぇ〜、いつの間に」
灯織は勝ち誇っている。そんな表情をするのは珍しかったから、冬弥は思わず目を見張った。それぐらい彼女は海に行くのを楽しみにしていたわけだ。
──冬弥はこういう時、灯織に何か余計なことを言いたくなってゾクゾクする。この衝動は止められない。
「まぁ、ナギさんの水着は入らないもんな! サイズ的に!」
「……………………」
刹那、灯織の手が冬弥に伸びる。そのまま胸ぐらを掴むと、彼女は思い切り彼を引き寄せた。
「死ぬか殺されるか選べ」
「──────ッ!」
冬弥は恐怖に慄き、息を呑んだ。
彼らは二日後、海に行く。
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