第6話 キライ=キライ
窓辺から、春の香りが運ばれてくる昼休み。灯織は退屈そうに、窓際から対角線上にいる冬弥のことを遠巻きに眺めていた。
彼の周りには今、多くの男子高校生が群がっている。どうやら冬弥は、女子よりも男子に人気があるタイプのようだ。
「転校生っていいよな〜。木曜まで東京にいたのか?」
「うん。その日、帰ったら俺の親が荷物を持って海外逃亡しててさ。借金5000万を背負うことになったんだ」
「マジで!? お前、すげぇな……」
かなりディープな話題だった。借金5000万、というワードにはさすがに男子たちもたじろぐ。
「そ、その借金どうすんだよ?」
「そうだぞ! 北海道だって一応日本だからな!」
「それは……」
どこまで言っていいものか、冬弥は言葉に詰まる。しかし、別に隠す必要も無いだろうと思い口を開いた。
「俺の親父が灯織の父さんと知り合いだったらしくてな。肩代わりしてもらえることになったんだ」
「灯織って……若宮さん!?」
「マジで!? 運命だな!」
灯織、という単語を聞いて、男子たちのテンションはブチアガる。彼らにとって彼女の存在はアイドル同然であり、手は届きそうにもないが遠くから眺める分には最高の美少女という感じだった。
「うん。まぁ、代わりに住み込みで喫茶店の手伝いをすることになったんだけどな」
「住み込み!?」
「マジかよ! しかも若宮さんのお姉ちゃんって超美人さんだろ?」
「美人と美少女に囲まれて暮らすのとか羨ましスギィ!」
男たちはあまりの羨ましさに雄叫びを上げる。美少女との同棲──誰もが一度は夢見ることだ。
「お前。まさか若宮さんと付き合って……」
「馬鹿、俺が付き合えるわけないだろ!」
「さすがにそりゃないよな〜」
やはり話題の中心が灯織のことに変わった。男たちは時折遠くにいる彼女の顔をチラ見しながら、恋バナに身を投じる。
「くぅ〜羨ましいぜ! 若宮さんと一緒に住めるなんて!」
「な、美少女と同棲するって実際どうよ?」
「コラ。あんまり踏み込むような質問は控えるようにだな……」
「灯織ちゃんの部屋着って何色なの?」
「キモすぎる質問もやめろ! 暖色系だ!」
冬弥が質問攻めされているのを、灯織は遠くから見ていた。知らない人たちに自分の話をされるのは心底不快だったが、それを止める勇気もないので黙っていたのだ。
「ねー……あそこ、ヤバくない?」
すると、灯織とは別の場所でご飯を食べていた女子が、冬弥たちを指さして言った。
「うわ、めっちゃ男だらけじゃん」
「んね。しかもあの子、灯織ちゃんと一緒に住んでるんだって」
「それな あんな可愛い子と暮らすとか最高じゃんね。てか、口止めしてないの?」
「そうっぽいね」
「マジか。灯織なら嫌がりそうなのに」
「どうせいつかバレるからじゃね? さっき、休み時間に睨みつけてたけど」
やっぱりかー、っと女子たちは笑った。髪にパーマをかけていたり砕けた口調で喋ったりと、かなりギャルの要素がある。
「灯織も大変だね。あの子、男に興味なさそうだもん」
「興味ないっていうか……怖いんじゃね? トラウマっていうか」
「そうなの。なんかあったん」
「詳しくは知らないけど、小学校の時に、男子にすげー嫌なイタズラされたとか……」
「うっわ。ほんと男子ってサイテーだよね」
女子たちはヒソヒソ話をしながら、灯織に同情する。ギャルたちは基本的に彼女寄りであった。
「あっ、灯織が立ち上がった」
「男子たちのとこ行くじゃん! 珍し!」
すると弁当を食べ終えた灯織が、一切物音を立てずに冬弥に近づいていく。その顔は無表情にも、怒りに満ちているようにも見える。
「それで、青木が足を滑らせて松原の胸に──」
「ねぇ、冬弥」
男たちがしょうもない話で盛り上がっている中、不意打ちのように灯織は現れた。
彼女が冬弥に話しかけた瞬間、周りにいた男たち全員がその場から一歩引いた。
「話があるんだけど……」
「ん、どうした?」
そのやり取りを見ながら、男子たちは羨望や嫉妬、恐怖で震え上がった。灯織が男と話しているところなんて、初めて見たからだ。
「今日は五時から店のお手伝いだから、そのつもりで」
「お、おう」
「あと────」
灯織は冬弥の耳を借りてから、こう言った。
「喋りすぎたら、殺すから」
耳打ちするや否や、灯織は去っていく。
殺気と恐怖に耐え切れなくなり、冬弥はその場に崩れ落ちた。
「水澄!」
「大丈夫か!?」
「あぁ……空がこんなにも青い……」
「ここ天井あるけど! 空見えないけど!」
「面白すぎるだろこいつ!!」
「うわぁ……」
「なんか灯織、あの転校生と暮らすの大変そ……」
それを見て男たちは大はしゃぎし、女子たちは引いていく。冬弥と灯織の溝は深まるばかりだった。
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