第9話 変幻自在のハーフ美少女
喫茶店『ワカミヤ』には、往々にしておかしな客がやってくる。
例えば、ナギ(店主)とツーショットを撮るまで帰らないと言い張る人だったり、灯織(看板娘)の淹れたコーヒーでないと絶対に飲まないと言い出す人だったり。
要は、つい最近まで店員が女子しかいなかったため、非常識な男どもが問題行動を起こすことも大なり小なりあったということだ。
「え? 灯織を出せ?」
いつもの放課後。冬弥がそう聞き返すと、三人組の中の一人が椅子に深く腰かけたまま頷いた。
「あぁー。露出が多かったら最高だなぁ」
「お、おい! あんまりそういうこと言うなって──」
その中でも特にチャラついた金髪男がそんなことを言い出す。この見た目といい態度といい、おそらくあの荒れているN高の生徒だろう──冬弥はそう推察する。
「すみません。あいにく彼女は留守でして……」
「嘘つくな! いいから水着姿の灯織ちゃんを出せ!!」
冬弥はため息をついた。彼らも以前は女子店員(ナギと灯織)にそのような態度で接することが出来ていたのだろうが、今は違う。
──この店唯一の男である俺が、
「──良いでしょう」
「おう。早くしろ」
「俺の脱いだ服はどこに置けばいいですか?」
「お前が脱ぐんじゃねぇよ! 誰が野郎の裸なんぞ見たがるかボケ!!」
金髪の男はプンスカ怒っている。冬弥は普通に自らのズボンに手をかけていた。
「クソ……てめぇ、態度でけぇな!」
「なんですか?」
冬弥はとぼける。怒りで沸騰している人間には、いわゆる『二度聞き』が効果的だ。聞き返されることで少し冷静になり、事が穏便に済まされるケースが多い。
「てめぇ……死ね!」
「!?」
二度聞きはむしろ逆効果であった。男は激高すると、拳を冬弥に向かって振り上げた。
「!」
しかし冬弥は普通に避けた。危機察知能力は人並みにある。右に避けた後、スマホをポケットから取り出す。
「警察の番号って何でしたっけ?」
「110だよ!」
「クソ……帰るぞ!」
結局、冬弥の思惑通り(?)男子生徒三人組は店を後にした。あとでN高校に防犯カメラの映像付きでクレームでも入れておこう……冬弥はそんなことを思いながら、テーブルを拭いた。
「と、冬弥くん。なんか大きい声出してるお客さんいたけど、大丈夫だった?」
その時、厨房にいたナギがフロアに現れ、心配そうに言った。
「大丈夫ですよ。灯織を出せってうるさいので、帰ってもらいました」
変な奴もいたもんですね、と言って冬弥は笑う。
「それならいいけど……気をつけてね」
「はい。ナギさんこそ」
冬弥はそう言うと、『チリンチリン』という鈴の音を聞いて、ドアの方に向かった。
この仕事にも慣れてきた。まったく、自分はここに来てからというもの退屈を感じる間もない。冬弥は自然と笑みをこぼす。
「いらっしゃいませ〜!」
「へぇー、こんな感じなんだ」
かわいらしい女子高生三人組が、さっきのチンピラと入れ替わるように入ってきた。全員、白を基調としたセーラー服を身にまとっている。冬弥の通っている高校の制服だ。
「三名様ですね、こちらのテーブルにどうぞ!」
元気よく案内する冬弥。彼女たちが席に着くと、いつも通りの定型文を述べる。
「ご注文が決まりましたら、従業員をお呼びください」
「…………」
その中の一人が、立ち去っていく冬弥の後ろ姿をまじまじと見つめていた。
彼女は金髪碧眼の女の子で、三人の中でも容姿が特に際立っている。道端を歩いていたら、間違いなく目につくほどだ。
「どしたの、エマ?」
「いや、なんでもないわ」
エマと呼ばれた少女は、首を振った。顔立ちが実に美しく、西欧の美少女を想起させる。
「あの人、ちょっとかっこよかったね」
「えー、そうかしら?」
「何とぼけてんの! あんなにジロジロ見てたくせに〜」
素っ気ないエマに対して、周りの女子が肩をコツンと小突く。
「……まぁいいわ。とりあえず、ワタシはホワイトモカ!」
「あー、話逸らした〜」
「じゃあ私もー!」
すいませーん、と言ってエマは店員を呼ぶ。すぐに冬弥がやってきた。
「〜はい、かしこまりました。少々お待ちください」
そう言って、冬弥は頭を下げた。一瞬、厨房に戻る時に金髪の女の子と目が合ったが、すぐに逸らした。
「なんかあの子、どこかで……」
冬弥はそう漏らしたが、すぐに首を横に振った。気のせいだ。いやでも、確かにどこかで見覚えが──。
首を傾げながらも、そのまま業務に戻っていった。
☆
翌日。前日の晴天とは打って変わって。北海道全土を五月の雨が襲っていた。あまりの荒天に、外出している人間などほとんど居ない。
「暇だなぁ……」
冬弥は退屈そうな顔で、濡れた床の掃除をしていた。外出中のナギに店番を頼まれていたのだが、こんな大雨で客が来るはずもない。
「二人は無事に帰って来れるのだろうか……」
部活で汗を流しているはずの灯織と、食材の買い出しに行っているナギのことを思いつつ、冬弥は大きなあくびをした。
『チリンチリン』
その時、扉が勢いよく開いた。ナギさんが帰ってきたのか……と、冬弥は入口の方に振り向く。
「あ、ナギさ────」
「…………」
その時。冬弥は目を見開いた。ナギではなく金髪碧眼の女の子が、ビニール傘片手にこちらを見つめていたからだ。
「あの、一人なんだけど」
「……えっ、あっ、いらっしゃいませ!」
冬弥はそう言うと、急いで女の子の元に近づく。
「雨大丈夫でしたか!? あっ、よかったらコート干しますよ!」
「ありがとう。助かるわ」
冬弥は額に冷や汗を浮かべながら、女の子から手渡されたいかにも値段が張りそうなコートをハンガーに掛けた。
──たしか、この人は昨日店に来ていた女の子だ。金持ちそうなお嬢様で、まるで西欧の美少女のような……美しい顔立ちだったのを覚えている。
「この雨じゃ、さすがに店もガラガラね。ま、その方が都合がいいんだけど」
そう言いながら前髪をかき分ける姿が美しくて、思わず冬弥は息を呑んだ。
透き通るような金髪に、大きな青い目。身長は意外に低めだが、見るものを圧倒するオーラがある。まるで、漫画の中から飛び出してきたみたいだ。
「……なによ。早く案内しなさい」
しかし、エマ的にはあまり芳しい反応ではなかったのか、不満げに冬弥の顔を覗き込んだ。
「あ、はい! ただいま!」
そう言うと、冬弥は慌ててカウンターに彼女を座らせる。
不思議な感覚だった。店に自分と女の子しかいないというのもそうだが、以前にも彼女と会ったことがあるような気がしたからだ。
「お客様、ご注文は?」
「そうね……アイスコーヒーを二つ」
「二つ?」
彼女が指を二本立てる。冬弥は思わず素で聞き返した。
女の子は「ええ」と頷くと、隣の椅子をとんとんと叩いて言った。
「こっちに来て一緒に話しましょう。ね、トウヤ」
「……!」
彼女は目の前の男に向かって、挑戦的な笑みを浮かべた。それはたしかに、どこかで見覚えのある顔だった。
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