第38話 おれ、幼女。目が覚めたらボス戦だった。3
そこは見渡す限り一面に水が張った世界だった。
一本だけ線路がある。
俺はその場所に立っていた。
「ここは……どこ?」
見たことのない世界。いつも暮らす世界とは別な空間に来たように思える。
見覚えがあるのは青く四角い形をした中に赤いモヤのようなものが漂うキューブくらいだ。
それが水面や線路の上を少しだけ湧き出るように漂っている。
真上は雲ひとつない青空。線路の先の空は青から徐々に暗い色へと変わっており、1番遠くに見える地平線は黒かった。
俺は後ろを振り返る。
背後は同じ水面と日に照らされた線路だった。前とは違うのは綿雲のような白い雲が漂っていることくらいだ。
その時、俺の側を誰かが通り過ぎた。
「えっ?」
俺はその人影を追いかけるように振り返る。
さっき通り過ぎたはずなのに、彼らは50メートルほど先にいた。
バケツヘルムにプレートアーマーに身につけた俺の背なんて腰ほどもない背が大きい冒険者、その隣にはスーツ姿に赤いネクタイを締めオールバックに髪を整えた黒縁メガネをかけた男、そして腰に2本の剣を下げ、黒装束を着た忍者。
それは俺の前で赤黒い光線に撃たれ消えた3人だった。それなのに彼らはそのことがなかったように前を歩いている。
3人の元気な姿を見て思わず俺は走り出す。
「みんな無事だったの!」
しかし、追いつこうとしても、追いつけない。彼らは歩いて進んでいるはずなのに。
走っている俺は一向に距離が縮まらなかった。
「待って、待ってよ」
まるで追いつくことのできない蜃気楼の逃げ水を追いかけているようだ。
「ねぇ、行かないで」
俺の声が聞こえたのか黒装束の男が振り返り俺を見た。
その瞬間、先ほどまで距離が縮まらなかったのが嘘のように彼らの側に行けるようになった。
「や、やっと追いついた……」
荒い息を整え膝に両手をつきながら、3人を見上げた。彼らは前に見た時よりも灰色がかっていた。まるで白黒のテレビに映された人のようだった。
「ねぇここはどこだかわかる?」
俺の質問に3人は口を動かさなかった。
ただ、スーツ姿の男がまっすぐと線路の先にある。青い空のさらに向こう側の黒い空の下に輝いている光りの渦を指差した。
遠くから見ているので大きさはわからないが、彼らはあそこに向かうようだ。
バケツの冒険者が一歩踏み出し、3人はまた歩き始めた。状況が未だまだぴーんと来ていない俺は彼らの後ろを黙ってついて行った。
それから30分くらいたった頃。
右側に駅のような建物が見えてくる。
駅といってもターミナル駅のような大きなものではなく、田舎にあるような木材で建てられ、青いトタンで屋根を作ったまるでバス停のような無人駅だった。
俺が駅に着くと。
先に着いていた3人が俺のことを待っていた。
「ここが目的の場所?」
3人は答えずにずっと先を見ている。
俺が駅よりも先に進もうとすると、バケツヘルムの冒険者が俺の肩を掴んだ。
振り返った俺にバケツヘルムの冒険者は首を振った。
「向こうは行っちゃダメなの?」
俺の言葉に頷いた。そして駅の青いベンチを指差す。
「そこで待ってろってこと?」
バケツヘルムの冒険者はまたもや頷いた。
「わかった。そこで待ってればここにいる理由がわかるだね」
俺は言われた通り駅のホームに手をかける。
その時、3人は自分の懐から取り出したものを俺に差し出した。
「なに、これを受け取れって?」
俺の声に3人は同じようにゆっくり頷いた。
手を差し出すと、ひんやりとした金属のタグが3個、俺の手に乗った。
「これって……」
俺はそれはなんだか知っていた。冒険者なら誰もが身につける。自分を証明する証。
冒険証とは違い、使うのは人生で一度きり。それがあるかないか。
冒険者タグーー
ダンジョンでこれを拾うということはそれを持ち主の家族に届ける役目が冒険者に課されらる。たとえそれが無償だとしても、冒険者なら誰でも行うことだ。
つまりーー……
俺は預かったものをギュッと握った。
「わかった。これは預かっておくよ」
そういうと、3人は俺のことは止めた線路の先に進んだ。
「待って! 一緒にここで待とうよ!」
俺の声に3人は立ち止まって振り返った。
しかし彼らは首を横に振るう。
「どうして……?」
彼らは線路の先を指差した。遠くには上空へと眩しく輝く光の渦の柱が見えた。
「……あそこに行くから?」
彼らは頷いた。
ここから先は俺は一緒に行けない。
「ごめん。俺が弱いから……」
俺がそう言って俯くとバケツヘルムの冒険者は俺の肩を軽く叩いて顔を上げさせる。
そして前に握った拳を突き出した。
スーツ姿の男も黒装束の忍者も同じように手を突き出している。
「なんで……」
俺は拳を突き合わせる。
「……みんな優しいの。どうしておれにそんなに良くしてくれるの?」
3人は顔を見合わせたが答えなかった。代わりにバケツの冒険者が俺の頭を優しく撫でた。
そして彼らは俺から離れ先に進んだ。
俺は先に進む彼らを見続ける。
そして閉じて結んだ口を開いて大声で胸から溢れ出て来る言葉を紡いだ。
「ありがとう……本当にありがとう! またどこかで会ったら一緒に冒険しよう……必ず……どこかでまた会おう!」
3人は俺の言葉に一度だけ振り返り手を振る。
俺も腕を上げれるだけ高く上げ振りかえした。
彼らは前を向くと、右手の親指を突き立てて頭上に高く腕を上げた。
グットラック。
冒険者同士で相手の幸運を願う時にとるポーズだ。
同じように俺も右手の親指を立てて前に出した。
瞳に滲む涙で視界が霞むと、そこにいたはずの3人の姿はいつのまにか消えていなくなっていた。
俺はベンチに座ると。
絶えず溢れる涙を拭った。
泣き止むまで時間がかかった。
ようやく涙が止まり、泣き腫らした目で大きく息を吐いて深呼吸する。
これからどうしよう。
そう考える俺の耳にはまだ誰かがすすり泣く声が聞こえた。
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