第28話 おれ、幼女。目が覚めたら病院生活が始まる。


 どうして俺は患者服を着て病院で寝てるんだ。


「ほのかぁ! 起きろってば」


「あれ、起きてる?」


 俺の言葉に返事をしたのは、ほのかではなく、ベットの仕切りのカーテンを開けて入って来たピンクの髪と黒い髪が半々くらいの女冒険者だった。いつものように血色感があまりない地雷系というメイクでほのかのメイクとは正反対でお目目を真っ黒にしていない、目元がナチュラルに近い化粧をしている。


「おはようございます。せんぱーい」


「お、おはよう? えっ、先輩?」


 女冒険者の突然の「先輩」呼びに俺は戸惑う。


「なにとぼけちゃってるんですかぁ? もしかして、忘れていましたか? 私ですよ。わ・た・し」


 女冒険者はそう言って顔を俺の前まで近づける。


「……どちらさまで?」


 しかし、これだけ目の前に迫られても、俺は思い出すことができなかった。


「えっ、本当に覚えてない? こんなに顔を近づけて? 先輩……ひどっ、私の裸を見たことがあるのに……」



  えっ? 俺が裸を見たことがある女性と言えば母とほのか、あと一人は……



「もしかしてお前……さゆりか?」


 その名前に、目の前の女冒険者は顔をにんまりとさせた。


「正解〜、やっと思い出した。まったくこんなかわいい幼女になってるなんて、せんぱぁいも隅におけないですね。正解したご褒美になでなでしてあげましょう」


 さゆりはそうやって俺に腕を伸ばしてくる。


「うわぁ! やめろ。抱きつくな」


 俺は押し除けようと抵抗するが、さゆりの力に押し負けてぎゅ〜と抱きつかれる。俺の顔がさゆりの胸の中に埋まった。


 むにゅーー


 や、柔らかい!


 なんだこのほっぺで触ってるだけで幸福感を感じる弾力は!!


「はぁ〜合法ロリ癒されるわ〜」


 さゆりはそう言いながら俺を抱っこし続ける。

 しかし、その幸福は長くは続かなかった。


「お兄ちゃん……何してるの?」


 俺の耳に聞きなれた女性の低い声が響き、俺の首が錆びついたネジのようにギギギギッと動いた。振り向くと、背後に黒い影と般若のお面を出現させ、瞳に光のないほのかがいた。


「誰? その女?」


 髪の毛を一本口元にくわえ首を少し傾げるほのかさん。本当に怖い。お、怒ってますか?


「せんぱぁい、誰ですかこのケバいギャル?」


 さゆりは俺から胸を離すと、ほのかを睨みつける。


「はぁ? 誰がギャルだって?」


 自分のオシャレをギャルと一蹴されたほのかは普段見たことのない顔をしていた。

 うん、ほのかの怒った顔を初めて見た。妹の闘争本能全開の姿なんてお兄ちゃん見たくない。


「誰の許可を取って人の兄に手を出してるんですか。あばずれ」


 ほのかはさゆりに顔を近づけてガンを飛ばす。


「感動の再会の邪魔をすると大好きなお兄ちゃんに嫌われますけど? ブラコン妹」


 さゆりは余裕な笑みを向けてほのかを見下ろす。


「誰が、ブラコンだって? こんなの兄妹なら普通でしょ! お兄ちゃん早くこんな女から離れて!」


 ほのかが俺の肩を掴んで、さゆりから引き離そうとする。


「妹の言うことばかり聞いてるといつまでたっても彼女できないですよ。せんぱぁい」


 さゆりは俺のことを手元に引き寄せ耳元で囁く。


「お兄ちゃんは私が面倒見てるんだから他人が口出ししないで!」


 再び、ほのかが俺を引っ張る。今度はぐいっと引っ張られ俺の頭がほのかの胸元に埋まる。


「他人じゃないです〜。同じ部屋で寝食を暮らした仲です」


 さゆりの言葉に妹は俺から手を離し、「ほ、本当なの? お兄ちゃん」と震えた声で言う。

 さゆりはダンジョンで記憶喪失になり彷徨っていたところを俺が保護し、まともに生活が送れるまで一緒に同居していた。確かにさゆりの言ってることは事実なので、俺はコクンと頷く。すると妹からは「ふ、不潔……」と声と唇をわなわなと震わせ俺のことをキッと睨んだ。


「お兄ちゃんどういうこと!?」


「それはその……混み合った事情が」


 俺はさゆりの容姿が以前と変わっていることに気づかないほど、会っていなかったのだ。連絡もとっていない。前は化粧なんて興味ないっていう感じで、髪も染めていなかった。あと話し方ももう少し、さっぱりして、なんだか人間味がなかった。それがこんな歌舞伎町でホストを漁っている女の子みたいになるとは誰も思わないだろう。


「一時的な保護と申しますか……」


「そうそう健全な関係、特にやましいことはしてないけど、まぁ〜、先輩には裸は見られて全身こねくり回されたことはあるけど……同居していたんだもん。過ちの一人や二つ仕方ないよね」


 俺の言葉に、さゆりは言葉を被せた。ついでに胸も俺の頭に乗せる。


 あの、さゆりさん。それは火に油を注いでますけど。俺はほのかの方を向くのが大変怖くなった。


「お・に・い・ちゃん?」


 ほのかさん、今まで見たことのない満遍の笑みで俺の肩をがっしり掴んだ。いたっいたたたたたっ! 肩が痛いですよ。ほのかさん。


「お兄ちゃんがどんな人と付き合うのは勝手だけど、私、この女の妹になるのは死んでもごめんだから。もし、結婚とかするつもりなら、私はお兄ちゃんを殺して崖から身を投げる。そのつもりだから覚悟してねお兄ちゃん」


 うん、目が本気だ。妹はいつからこんなに物騒なことを言うようになったの? 昔はあんなに俺の後ろをついてきて可愛かったはずなのに、誰が彼女をこんな風にしてしまっただろう。


「あら奇遇、私もこんな兄が好きすぎる義妹を持つのは、先輩に土下座されてもごめんね。だったら犬を妹に持つお兄さんと結婚した方がマシ」


 さゆり、うちの妹は犬より可愛いぞ。なんなら世界一可愛いと思ってる。兄目線の話だけど。


「ふーん、気が合うわね」


「えぇ、とても仲良くできそうね」


 二人の視線が交差するとばちばちと火花が散っていた。あまりの険悪さにほのかの背後には龍がさゆりの背後には虎の姿が見える。幻覚が実体化して、ごぉーーと嵐を巻き起こす。


「二人とも、俺のために病院で喧嘩なんかやめろー!」


 俺はほっぺを二人の胸の間に挟まれて叫び声を上げる。


「お兄ちゃんは黙ってて」

「先輩は喋らないで」


 二人の争いを止めようと、俺はベットから降りて二人から逃げようとする。すると床についた足が自重を支えられず、お尻がベットの下にストンっと滑り落ちる。

 俺は尻餅をついてキョトンとした顔で床に座った。

 あれ? 足に力が……入らない。

 腕に力を入れる。

「むぅーー!」

 立てない。

 四つん這いになって起きあがろうとする。

「むぅーー! むぅーー!」

 俺の手足は生まれたての子鹿のように震えた。

 なんで力が入らない?


 その姿を二人はじっと何もするでもなく見つめていた。


「ちょ、ちょっとお二人さん手を貸してください……」


 俺が弱々しい頼むと、二人は口を両手で覆い悶え始める。

「か、かわたん……」

「な、なにこの小動物……可愛すぎ……」

 さっきまであんなに仲が悪かったのに、二人は仲良く意気投合していた。

 

「なんか腑に落ちない」

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