第25話 おれ、幼女。知らないところで配信される。6
俺の手からナイフがするりと落ちた。
こんなやつに勝てるわけがない。
勝てるわけがない。
足が震える。寒くないのに歯がガタガタと鳴る。
死ぬのか、死ぬのか俺。
あの時のように。
何もできずただ奪われるだけで、また誰かの助けを待つのか。
『もう無理だろ』
『逃げて、逃げて』
『幼女は勝てない。古事記にもそう書いてある』
モンスターに踏みつけられ、それでも背中でモンスターの足を持ち上げ立ちあがろうとするバケツの冒険者。
そんな彼をモンスターは無惨にも踏み抜いた。そして俺を見る。
黄金に輝く鱗に覆われた爬虫類のような顔。
今この場所を支配するもの。
俺はその絶対王者に睨まれている。
死ぬのか俺。
いや、でもまだ身体を動く。
俺、1人ならモンスターから逃げることはできる。
だけど……仲間は……
俺は視線を後ろに向けた。
地面に倒れたほのかと女冒険者、そして前方には今だに諦めずに、立ちあがろうとするバケツの冒険者がいる。
俺は手のひらの拳をギュッと握る。
逃げるのか。
モンスターの視線はバケツの冒険者に向いている。
逃げるなら今しかない。
今、逃げなきゃ逃げられない。
俺なんかいても勝てるわけがない。
今だってなんの役にも立たないじゃないか。
俺はギリリッと奥歯を噛み締めた。
無力だ。
こんなにもみんなが命をかけて頑張っているのに俺は何もできない。
できてないじゃないか。
悔しさが込み上げて瞳に涙が溜まる。
ただ見ているだけで、俺はこの戦いの蚊帳の外だ。
モンスターは口に火球を溜め始め、足元で抜け出そうともがくバケツの冒険者に向けて火炎を放とうとする。そうしながら少し動いた俺の動きにモンスターは反応して俺に目を向けた。
「死にに来たのかおれは」
そんなはずはない。
俺は何しにここに来た。
ただ、守られて。安全に冒険をするために来たのか。
違う。
俺には力がないから、弱いからみんなのことを守れない。守る資格なんて……ない。
違う。
「おれはここに自分を取り戻すために来たんだろう」
ダンジョンに糧を、冒険を、自由を、そして元に戻るすべを。
その時、ふと、アパートで待つほのかの姿が脳裏に浮かんだ。
「お兄ちゃん」
窓から見える青い空と白い雲。風に揺れる風鈴の音。記憶にない見たことのない景色。そこにいる妹は少し幼く。紫色の浴衣を着て、手には祭りと書かれた赤い団扇を持っていた。
アパートの一室で彼女は俺に微笑みかけた。
あぁ、ほのかが待ってる。
ドクンッ
その瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。
「生きて……帰らなきゃ」
恐怖で縛られていた身体から鎖が解けた。俺は地面につく前のナイフを手に取りモンスターに向けて走り出す。
1歩、2歩、3歩ーー。
足を踏み込むたびに軋む。
軋んで悲鳴を上げた。
そして痛みが背中を駆け上がっていく。
だけど止まらない。
止まれない。
今だけでいい。
全力で前に進め。ここから戻れるなら足が壊れてもいい。
一生立ち上がれなくてもいい。だけどこの瞬間だけ、自分の限界を一時でも数秒でも超えて、命を燃やせ。
そうしなければ、俺は前の守られるだけの幼い子どものままだ。
時間にして1秒。一瞬にして距離を詰め駆け込む俺をモンスターは見ていた。予想外な急激な接近。モンスターの攻撃対象がバケツの冒険者から俺に変更される。
火炎の発射まではまだ時間がかかるはずだ。
俺はモンスターの顔の下に滑り込んだ。その瞬間、紙一重で炎の柱が、真横を通りすぎ、耳を焦がす。
そしてそのあとから入ってきた長い髪が炎で焼け落ちた。
俺は手に持ったナイフで下側からモンスターの首を捕らえジジジジッとナイフを走らせる。鱗は硬くて刃は通らない。完全に弾かれていた。
まるで石の城壁を斬りつけている感覚だ。
ナイフの突破は難しい。
火炎を吐き終えたモンスターはすぐさま俺に噛みつこうと首を内側に曲げた。俺はすぐさま上に1回転して避けて、体重を乗せてモンスターの頭上にナイフを振り下ろす。
一点集中。
「っーーくたばれ!!」
ナイフが鱗に当たった瞬間、刃が砕け散った。
武器の強度が足りない。
考えればわかることだ。
どうして考えなかった。
考える?
考えてる暇などない。
止まればその時、俺は火炎で焼かれて死ぬのだ。
身体を全身に電柱が走ったように毛が逆立つ。
攻撃がくる。
「ちィッーー!」
俺はモンスターから離れようと2、3歩飛び退いた。
これで噛み付かれることはない。
だが、その判断は致命的なミスだった。
噛み付くのを止め、横に一回転したモンスターの尻尾が飛んでくる。
「あっ……」
モンスターの尾は俺の顔面を左耳から右耳に垂直にとらえていた。
俺の脳内に自分の頭がスイカのようにひしゃげるイメージが走った。
死ぬ……
そう意識した時、手が尻尾の上部に触り身体を持ち上げ、そのまま尾を掴みとり逆上がりをするように上空に身体を投げ飛ばした。
無意識だった。
だけど身体は意識しなくてもできた。
「生き……てる?」
上空で自分の手の感触を確かめ、まだ身体が動くことを確認する。そして腰のベルトにつけていた。予備のナイフを取り出して落下の勢いを生かして攻撃する。
頭に直撃し、モンスターの首が下向く。
「これでもダメか」
刃が割れたナイフを捨てて俺はモンスターから飛び退いた。
モンスターは俺のことを睨みつけグルルッと喉を鳴らす。
怒ってる。間違いなく俺を敵だと認識した。
「こいよ……相手になってやる」
俺は歯をギリリと食いしばって足を踏み込み加速する。足の筋肉がブチブチと音を立てて切れた。
モンスターは俺と平行に距離を置きながらも同じ速度で走った。
正直に言って攻撃が通用しないモンスターに勝つのは無理だ。
そんなことわかってる。
だけど何もせずくたばるなら、俺は死に物狂いで足掻いて足掻いた後に自分で選んだ結末を勝ち取りたい。
たとえこの命の火が燃え尽きても、目の前のドラゴンを地に這わす。
目標が定まった俺の瞳から闘志が溢れ、火のゆらめきを作った。
ドクンッ
意識して足を踏み込む。地面の石が後ろに蹴り上げられ舞った。
俺は急接近してから、蹴りを一発お見舞いするため、高く飛び上がる。
まだ戦える。
四肢は動く、口は呼吸する。そして脳は生きるために答えを探した。
しかし、それは諸刃の剣だった。
なんで……
俺の予測よりも早くモンスターの顔が目の前にあった。
理由はすぐにわかる。
俺は足がもつれ始めていることに気づいてなかった。
当然だ。酷使すればそれだけ身体に疲労が溜まる。
今の俺にはスタミナが足りない。
速さも落ちてきている。加えてパワーもなかった。
勝てる要素よりも負ける要素の方が多い。
だから、モンスターの瞳には食われることを自覚し、怯えて獲物の表情した俺の姿が見えた。
なに絶望してんだよ。
戦いはまだ終わっていないだろ。
俺は口を開いたモンスターの鼻先を飛び越えた。そしてその先に鱗を貫いて刺さっていた剣を見つけた。
どれだけ俺たちが武器で斬りつけても傷つけることもできなかった鱗をその剣は易々と貫いていた。
剣は持ち手が黄金の輪の特殊なものだった。その輪には読めない文字が書かれ、輪の先に刀身がついている。
俺はその輪に手をかけ引き抜こうとする。
しかし、抜けない。力を入れてもびくともしない。
「抜けろぉお!」
これがあれば戦える。
輪を引っ張る指が抜け落ちそう。鱗の上はツルツルと滑って足の踏ん張りが効かない。
そうやって強引に剣を引き抜こうとするとモンスターは痛みを感じたのか振り払おうと激しく暴れ回る。
「離してたまるかぁああ!」
俺は剣を両手で掴んだ。足が浮かぶ。
モンスターは空へと翼を羽ばたかせる。
風圧が俺の顔を地面に落とそうとする。
苦しい。息ができない。
「あばっばばばばばばばばっ」
モンスターは岩肌が目立つ上空で一周りし、遠心力を使ってひっつく俺を振り払おうとする。
離さない。
「ばぁばっばばばばばばばばぁああ!」
死んでも離してたまるか。
『アヒルか』
『アヒルだな』
『幼女アヒルになる』
『クァクァ!』
『お前らなんでそんなに高みの見物してられるの?』
『心配じゃないのかよ』
『心配だけど俺たちは信じてるんだ』
『そうだ』
『必ずこいつならやってくれる』
『俺たちが信じないで誰が幼女の味方になるんだよ! それでもお前らロリコンか!!』
『すまん、俺ロリコんじゃない』
『俺もだ』
『俺も』
『俺もやで』
『お前、1人だけで草ァ! がんばれ!!』
『行け!』
『幼女ならできる』
地上スレスレまで一気に急降下し飛行して、俺の足がつくところギリギリで再び急上昇した。
ズボッーー
モンスターの赤い血が俺の顔に降り注ぎ、剣が抜けた。そして俺は浮力を失い落ち始める。
俺は反射的に横を通り過ぎていくモンスターの尾を掴む。
しかし、手は握力を失い抜け落ちる。ツルツルと滑って、やがて尾の先端から離れた。
「えっ……」
俺は空中に投げ出されそのまま地面に落ちていく。
これってやばい。
ビルの屋上くらいの高さから地面に向けて身体が落下している。
死ぬっ!
俺は地面に激突する。
痛い、痛すぎる。
骨は折れたに違いない。
俺は四つん這いで折れた足で立ち上がる。
あれ……痛く、ない?
おかしい、あんな高さから落ちたのに俺の両手両足は無事だった。
ただ、意識が朦朧とする。加えて目も霞む。額から血がドクドク流れ触った手が鮮血に染まった。モンスターの血か?
いや、自分の血も混じっていた。
ドスンッーーン。
目の前にモンスターが降ってきた。
俺は剣を構えた。
持ち方なんて知らない。
だけど、構えた。
モンスターは俺のことを睨みつけ、そして口端から火炎が渦がほとばしる。
来るーー
俺が避けようと踏み込んだ瞬間、足からガクンと力が抜けた。
こんな時にーー
足が言うことを聞かない。
炎が目の前に迫る。
ーー俺は終わるのか。
嫌だ。終わりたくない。終わりたくない。
逃げれなくて、ただ焼き尽くされるだけで、跡形もなく炭になって消える?
ーーそんなの嫌だ。
俺は逃げようとした足を炎に向かって方向を変えた。
「斬れろぉおおおおおおおおおおおお」
火炎が斬れるはずがない。
しかし、俺が振るった剣は炎を捉え一瞬の切れ目を炎に入れた。
そして灼熱の炎がその切れ目を再び塞いで押し寄せる。
ここで終わりか?
終わりなのか
俺は、本当に終わりなのか。
『お待たせしたでござる』
俺の前に、一瞬にして光の速さで剣を抜き、クチバシのようなヘルムをつけたフルプレートアーマーの冒険者が突如として現れる。
ズドォーーーン。
彼が振るった剣は斬撃を放ち火炎を真っ二つに切り裂いた。そしてモンスターの身体に衝突する。
斬撃と火炎が巻き上げた土煙が漂う。
その煙から現れたモンスターはやはり無傷だった。
『ヒーローは遅れてやってくる』
一本の矢が上空からモンスターに向けて降り注ぐ。
遠くから見たそれは矢であったが、それは矢ではなかった。
サーリットと呼ばれるヘルムを身につけたフルプレートのアーマーの冒険者が上空高くからモンスターの胴体に飛び蹴りを入れる。
ドォーーーーーーーン!
「ガァアアア!!?」
『はっ?』
『え?』
『誰ぇ?』
『なんで後衛職が前線に出てくるんですかね?』
『お前の背中についてる弓矢は飾りか?』
『いいぞもっとやれ』
『お前らのことを待ってたんだよ!!』
『突然の告白かよ』
『これはフラグが立ちましたね……』
『勝利のフラグがな!』
『ガハハッ勝ったな! 風呂入ってくる!』
『負けフラグ立たせる奴がいるか馬鹿もん!』
『みんなふざけてるけど、幼女ちゃん死にかけてるよ』
『目に光がない』
『えぐい傷、止血しないと死ぬで』
『誰か応急手当てを〜、このダンジョンに応急手当てができる冒険者の方はいらっしゃいませんか?』
『衛生兵ー! 衛生兵ー!』
『メディックーーー!!』
『すまん、踏まれて無理だ』
『医療は心得がない、無理でござる』
『ふぅんっ! 弓使いのエリートである私に四角はない。治しましょう。しかし、飛び立つ時に身を軽くするため道具は全て置いてきました。困りましたねぇ。メガネをクィッ!』
『おい、この場所、役立たずしかいねぇじゃんか!!』
『落ち着け、彼らはこれでも冒険者としてはトップなんだよ』
『不滅の盾、裸の紳士さんと閃光の貴公子、半蔵、そして必中の魔術師、ヨウジョー・スキー。彼らは顔を隠してソロで活動するトップ冒険者である』
『はぇー聞いたことないけどすごい人なんやね』
『世の中にはすごい人もいるんだな』
『期待のエースたち!』
『全員ロリコンの間違いじゃないか?』
『と言うか幼女ちゃん1人で突っ込んで行ってますが』
『死ぬ気か?』
『あれ、正気じゃないだろう』
『悲しいお知らせ刃が全然通らないでござる』
『続報、エリートの力を持っても攻撃が効かない』
『俺、足の下から脱出、そしてシールド無くす』
『悲報、ロリコンども役に立たない』
『お前らの何しに来たの?』
『ビギナーランクから出直して来てください』
『プチスライムでも狩ってろ』
『命懸けで助けに行ったのの辛辣なコメントもらってて草ァ!』
『やめろぉ! こいつらだってな、過酷な毎日を過ごしているんだぞ。いつも、女の子を尾行して通報されないか怯える日々をお前たちはにはわかるか?』
『そうだぞ。石を投げていいのは幼女を見てひよこをチキンにしなかったやつだけだ。フライドチキンにしたやつは素直に手をあげなさい。先生怒らないから』『はい』『はい』『はい』『はい』『はい』
『犯罪者しかいなくて草ァ!』
『でも、モンスターは撃退したようだぞ』
『よくやった』
『さすが我らの救世主』
『幼女親衛隊の完勝だな』
『伝説の始まり』
『盛り上がってるとこすまん。幼女の子ぴくりとも動いてないけど大丈夫なのか?』
『ほんまや』『まずいんじゃないですか?』
『これ放送事故やん』
『どうやら……息がないですね』
『お前やめろ。不吉すぎるぞ。えっマジで死んでるの?』
『白い髪の女の子ガン泣きしてるやん……』
『おい、復活の呪文を唱えろよ』
『俺、それ小学生の頃に無くしちまった』
モンスターが飛び去った後、俺の身体から力が抜け、視界が真っ暗になった。思考がまとまらない。
意識が散りじりなっていく。
やった……
やったけど……
俺ってだれだ……け……
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