第23話 おれ、幼女。知らないところで配信される。4

「あっ、あっ、あ……」


 迫り来る恐怖に俺は目を閉じる。


『あっ、配信再開された』


 しかし、痛みはいつまで経っても来なかった。


 その代わり、俺の身体は空中に浮いていた。


「先輩……無事ですか?」

「へぁ……?」


 俺は自分の身に起こったことが一瞬、わからなかった

 隣にいるまふゆの髪が揺れ、俺は地面に下ろされる。俺の襟首を掴んでいた手が離された。それはまふゆの手ではなく。機械で作られた手だった。そしてその手は手首だけで宙に浮いている。


『何が起こってるんだ?』

『え、ちょっと待って何あれ』

『ドラゴン?』

『なんでドラゴンがいるんだ』



 俺を食べ損ねたモンスターはこちらに視線を向ける。


「グルルルルルルルル」


 俺はその視線に怯えてビクッと震える。

 しかし、隣にいるまふゆは冷静だった。彼女は自分の白いワンピースのスカートをまくり、太ももにつけている皮ベルトから2本の試験管を指に挟むと向かってくるモンスターに投げた。

 試験管の中に入っていたのは白い液体と絵の具の青を溶かしたような液体だった。

 その二つの試験管はモンスターにぶつかって割れる。すると中に入っていた液体を撒き散らし、モンスターの頭部に突如として巨大な氷の結晶を作った。その結晶は頭部だけに止まらず地面へと広がって大地を氷河へと変えていった。

 


『何が起こったんですか』

『大氷結時代』

『俺は画面を目を離さず見ていたんだぜ。気がついたら目の前に氷の壁ができていた』

『俺もだ……何が起こったのかさっぱりわからないい』

『ヒャッハー! 新鮮な氷だぜ』

『溶ける氷はただの氷だ。溶けない氷は訓練された氷だ』

『お前は何を言っている』



 一面を覆うほどの氷の壁。まさか全部これをまふゆ1人がやったのか。

 俺は彼女の方を見ると、まふゆはモンスターがいた場所をじっと見つめていた。

「来る」

 彼女がそう言うと氷の壁が赤く色づき、やがてそこからピシッピシッとヒビが入り氷河の中から火炎が勢いよく飛んでくる。

 その火炎は俺の方へと向かってくる。

 まふゆは再び皮ベルトから試験管を2本取り出し、口で蓋を取ると中の液体を火炎に向かって撒く。

 すると先ほどモンスターの頭にできたように巨大な氷が目の前に現れた。

 氷は火炎とぶつかり相殺し合う。火炎の轟音と次々とできる氷結晶のピキピキっと空気が凍る音が響き渡った。

 火炎が削り取っても氷は次々と再生する。間違いなく優勢なのは氷の方だ。

 しかし、まふゆは表情を曇らせていた。

「持たない」

「え?」

 彼女は俺のことをわきに抱えると、彼女の白いワンピースの中から、たくさんの宙に浮く機械が飛び出してくる。いったいどこにそんな量の機器を仕舞い込んでいたんだ。ワンピースのスカートの中には収まりきらない量だった。

 機械達は宙に浮かぶ2本の機械の手に次々と合体していく。そして小船ほどの巨大な腕になり、まふゆの背中に翼のように接続された。

 そして機械の腕はそのまま地面を押し上げる。


『飛んだ』

『飛んだな』

『親方! 空に女の子が!』

『あの機械の手どうなってるんだ』


 上空に飛び上がった瞬間、足元が火の海に変わる。

「……間一髪」

「あ、危ねぇ……」

 火炎が通ったあとは氷を溶かし、地面は溶岩のように一部が赤く融解して燻り、黒い焦げ目ができる。

「なんて威力だ」

 あんなもの食らったらただじゃ済まない。

 その光景を空中で見ていた俺たち。

 しかし、機械の調子が良くないのかふらふらとバランスを崩し、高度が下がっていく。

 その間に火を吹いたモンスターはこちらを向き直っていた。

 俺たちは少し離れたところに着地した。

 次に、火を吹かれたり、突進されたらひとたまりもない。

 あんなの一度食らって耐えられる人間はいない。

「まふゆ、もう一度高く跳んで回避できるか?」

 俺の言葉に彼女は顔を横に振った。

「だめ……もう全てのエネルギーを使い切ってる」

 まふゆの背中にくっついていた腕はキュゥウウと音を立てて、青白く光っていた動力部の光が消えた。そして彼女の背から機械の腕は倒れ落ちるよう地面に転がった。

「なら……走れるか?」

「……無理、背中の結合パーツとうまく分離できない。試験運用もしていないのに無理矢理繋いだからパーツ同士が噛み合ってうまく離れない」

 そう冷静に話すまふゆの顔がいつもよりもさらに血の気がなくなり白くなっていた。

 それもそうだ。

 彼女は肩を小刻みに振るわせていた。

 怖いのだ。

 勘の鈍い俺にだってそれくらい理解できた。

 俺たちが動けないままそこにいる間、モンスターは俺たちに突っ込む姿勢をとっていた。

 まずい。

 このままだと2人とも犠牲になる。

「おれが囮になる。その間にまふゆは逃げろ」

 近くに落ちていた石を俺はモンスターに向かって投げた。そしてまふゆから離れるように走り出す。

 俺の攻撃にモンスターは痛くはないが勘に触ったのか。それとも最初から標的が俺だったのか。どちらかわからないが、その巨体を俺の方へ向き直る。そして足を踏み鳴らし、地面の感触を確かめ「グルルルルっ」と唸り声をあげる。

 釣れた。

「こっちに来い」

 俺は距離を取ろうとする。そして走り出したモンスターから逃げる。しかし、遠ざかるどころか、どんどんと追いつかれている。

「丸呑みはいや、丸呑みはいや。丸呑みはいやぁああああああああああ!!」

 俺は食べられないように必死に走った。

 心臓が痛い。足が棒のように重い。息を吸うのが辛い。止まりたい。

 だけど止まったら……

 俺は後ろをチラッと見た。

 大きな口を開けたモンスターがすぐそこまで追いかけてきていた。


『なぁこれ作り物だよな』

『映画の撮影とか?』

『本物だったらやべーな』

『てか勝てるのこれ?』

『どう考えても無理じゃねぇ』

『勝てたら英雄』

『勝てなかったら丸呑み』

『おい、見てないでお前ら助けろよ!』

『そういうお前が行け』

『上に同じく』

『というかここどこだ』

『ダンジョン内で見たことないな』

『秘境か?』

『それ積んでるやん』


 モンスターは開いた口をバクっと閉じる。俺はスレスレのところで身を捩って避け、モンスターの背中を走り抜けた。

 急に止まることができないモンスターはそのまま壁に突っ込み土煙が上がった。


「やったか?」


『やったか』

『やった(フラグ)』

『これはやりましたね』

『ふん、所詮は地を這うトカゲよ』

『ドラゴンさん。もう少し強くなってから出直してきてください』

『ふぇええん、何この幼女、強すぎ byドラゴン』

『ドラゴンスレイヤー幼女』

『この世に猫に勝てるものはいない』

『馬鹿、お前らそんなにフラグを立てたら』

『いいぞもっとやれ』

『これは……完全勝利だな』


 俺は崩れた壁のところを注視する。

 壁にモンスターが突っ込んでからやけに静かだ。これはもしかして壁に激突して頭を打って倒したのではないか。

 デカい巨体も流石に自重を管理はできなかったようだ。

 俺は表紙抜けしながら壁から離れてまふゆの元へ戻ろうとして振り返った。

 こうして終わって見るとずいぶんあっけないな。

 その時、俺の背後で土煙が晴れて、俺に向かって一直線に何かが突っ込んで来た。

「へっ?」

 それは口を開いて直前まで迫ったモンスターの姿だった。


『だから言っただろう!』

『誰だ。倒したと言ったやつは!』

『俺です。あとみんなです』

『逃げて! 猫ちゃん逃げてー!』

『もうダメだ。おしまいだ』

『これ初配信だよな?』

『放送事故だろう』

『ま、間に合わない』


「ようじィ!!」

 まふゆの叫ぶ声が聞こえる。お前、そんな大きな声を出せたんだな。

 俺は腹の皮一枚食わせて、右に避ける。

 危なかった。ひと息整え、逃げ出そうとした時、モンスターの顔は俺に合わせるように右を向いて方向を変えた。

 お前、自重管理できるのかよ。

 いくらなんでも学習するのが早すぎる。

 大きく開いた口が、目の前に広がる。こんな鋭い歯が並んだ口に食われたら一瞬で潰されてしまうだろう。

 無理だ。避けれない。

 俺が目を閉じる。

「あきらめるじゃないよ」

 上空から声が聞こえ、モンスターの頭部目掛けて、刃を回転させた大剣が振り落とされる。大剣は火花を散らしてモンスターの鱗を削り取ろうとする。

 キュィイイイイイイイという甲高い音が響き渡った。

 そのおかげで、俺はモンスターに食われずに済んだ。

「何こいつ。硬すぎ。全然、刃が通らない」

 女冒険者の驚いた声が聞こえる。

 彼女の攻撃にモンスターの鱗は何一つ傷ついていなかった。

 それどころか攻撃が効いていないように見えた。

 モンスターは攻撃をする女冒険者を煩わしそうに見た。

 女冒険者は大剣を振り下ろすのをやめない。その度にガンガンっと弾かれる鈍い音が響いた。

「冗談じゃない。こんなところで私は死ねない。まだ……まだ、たっくんと一緒にドンペリ開けてないんだからっ」

 彼女は鬼気迫る顔でそう言った。

 たっくん?


『何言ってんのこの人』

『ドンペリ……』

『こいつホスト狂か』

『なぁんだ同類か(アイドルオタク)』

『死にそうな時に言う言葉じゃぁねぇな』

『でもそんな姿に痺れる! 憧れる! あると思います』

『↑ねぇよ』


 そう叫んだ女冒険者の身体がくの字に曲がった。

「えっ?」

 彼女は自分に何が起こったのかわかっていないようだった。一回転したモンスターの尻尾が彼女の脇腹を見事とらえて吹き飛ばした。

 彼女はまるで水切りする石のように地面に何度かバウンドして転がっていった。

「グルルルルっ」

 俺の方へとモンスターは向き直る。俺はまた食いつかれると思って身を翻す準備をした。そのことをモンスターは予測していたのか。モンスター口を開くと、喉を赤く輝かせ口内に赤い輝きを集め始めた。

 俺は背後を見た。

 そこにはまふゆがいた。彼女はまだ背中の機材から抜け出せずにいる。

 まずい。

 俺が避ければ必ずまふゆに当たるだろう。

 そう考えてモンスターは無防備にも俺の前で攻撃姿勢をとったのだ。

 俺の攻撃が何もできないのをわかって、逃げれば仲間に当たるのを知っていてモンスターは挑発するように口を開いて止まっている。

 何してんだよ。俺。

 俺が身を挺してもまふゆが助かるかはわからない。

 足が震える。

 怖い。

 今すぐ逃げたい。

 だけど、臆病に後ろに下がる足を止めてその場に踏みとどまって手を弱々しく広げた。

 馬鹿だよ。

 本当に大馬鹿だよ。


『何やってんだよ』

『お前じゃ無理だ』

『そんなことやっても無駄!無駄!無駄! えっちょっと待って本当に受けるの?』

『死ぬ気か小娘ェ!』

『早く逃げて、逃げて』

『救助班どうなってる!!?』

『ダメです連絡がつきません』

『お前一人じゃ無理だ』

『やめろ死ぬぞ』

『死ぬな生きろぉおお猫ぉお』

『ぎゃぁああああああ』

『うわぁアアアアアアア』

『にゃぁあああああああんちゅううう!!』


 モンスターの口の中に巨大な火球が溜まってそれが煌々と輝いていた。まるで小さな太陽がそこにあるように思えた。

 その時に俺はふとその炎がとても綺麗に思えた。しかし、足がガクガク震え、おまけに涙が止めどなく頬をこぼれていった。

 俺、死ぬ?

 こんなことなら、ダンジョンに行く前に大好きなカツ丼を食べて置くべきだった。

 大人ぶってないで駄々をこねてほのかに作って貰うべきだった。

 最後の最後に思い起こすことが食べ物とは自分ながらなんて食い意地がはっているのだろう。

 そうだ。もし生きて帰ったら、畳の上に寝転がってほのかに「ほのかぁ。カツ丼作って作って、作ってくれなきゃいやぁだあ」と駄々をこねよう。

 それぐらい彼女だって許してくれるだろう。

 そう思う俺の顔に熱い熱風が吹きつけた。目の前が眩しくらい輝き、目を開けていられない。

 俺は目を閉じた。

 皮膚がジリジリと焼ける。

 熱い。

「?」

 しかし、いつまでたっても火炎はやってこない。

 いや、もしかして俺はすでに焼かれて死んでるのではないか? 

 そう思い目を開けると、目の前にバケツヘルムを被り、全身をプレートアーマーで身を包んだ巨人がいた。その人は巨大な盾を構え、モンスターから放たれる火炎を防ぐ。そして俺の方を振り返ると顔の横で親指を突き立てた。


『間に合ったンゴ』

『メイン盾来た!! これで勝てる!』

『おせーよ! お前』

『待たせたな』『待たせたな!』『待たせたな!!』『待ってたぜ!』『幼女ちゃん少しちびっちゃったな』

『謎の全身鎧の男ーー待たせたな』

『支援感謝!』

『俺は信じてた』

『うぉおおお、行けぇええええええ』

『まだまだこれからだ』

『すまん、拙者、道に迷ってる』

『支援行きます。もう少し耐えて』

『↑お前ら誰だよ』


 炎が鋼鉄の分厚い盾に引き裂かれるように二つに割れる。

 そして真横を焼けるくらい熱い炎が通りすぎる。

 俺はバケツ頭の冒険者を見上げた。

 筋肉隆々、恐ろしいほどの巨漢。その素顔はバケツヘルムで隠れている。

「だれ?」

 俺の声に目の前の巨人は答えなかった。

 答えるかわりに腰に下げていた剣を抜き、火炎を吹き終えたモンスターに向かって走りだした。

「ウォオオオオオオオオオオオォ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る