第22話 おれ、幼女。知らないところで配信される。3

 俺は自分の意識が遠のくのを感じ、次の瞬間、身体は光になって消えた。


「うっ……うぅんん」


 どのくらい時間が経ったのだろうか、意識を取り戻した俺はふと目を開ける。


「…………」

「…………」


 白い髪を左右にお団子にまとめ、しゃがみ込み俺の顔を見下ろす、まふゆと目が合った。


「おはよう」

「……おはよう」


 俺は混乱した。

 なんでまふゆがダンジョンにいる? というかここはどこだ。


「あっ、やっと起きたのね。ガキンチョ」


 俺は後ろから聞こえた声に振り返る。そこには、ピンクと黒の髪を左右で束ねてハーフツインテールにした女性が立っていた。彼女は胸元にヒラヒラした飾りがある白いブラウスと黒のベルト付きフレアスカートを着用していた。一見すると清楚そうな見た目だった。しかし、その服装には似合わない厳つい大剣を手に所持していた。

 大剣はチェーンソウのような小さな刃がたくさん付いて、ピンクを基調としたカラーリングが剣の持ち手とチェーン回転用のエンジンが入っていると思われる角張った外装に施されていた。

 おかしいと思ったのはその大剣を彼女はやすやすと片手で肩に持ち上げていたことだ。

 いったい、その枝のような細い腕でどうやって持ち上げている。


「ここは?」

「さぁ、知らない。私たちも探索している時に急に飛ばされたのよね」

「そう」


 女性冒険者の言葉にまふゆはこくりと頷いた。

 周囲は薄暗いが、黄緑色に輝くキノコがぼぉっと明るい光を出していた。

 確か似たような場所は以前にも来たことがある。俺は初めて水色の髪の女性と会った場所と似通っていることに気づいた。


「出口を探しているんだけど、見つからないのよね」

「探してたら、先輩が倒れてた」

「そうそう、だからこの子が、様子を見てたの」

「そうなのか。ありがとう」


 俺はまふゆと女冒険者にお礼を言うと立ち上がった。

 念のため怪我をしていないか軽くストレッチをして確認した。痛みはない。怪我はしていないようだ。


「でも、まふゆはなんでここにいる? 研究室にいつもいるんじゃないか?」


 俺の質問にまふゆは背負っていた革リュックサックを開いて中を見せた。リュックサックの中には青白い宝石のような葉っぱがたくさん詰められていた。



「実験の素材の採取をしてた。一人だと不安だから、彼女についてきてもらっている」



 まふゆの言葉に女冒険者はニコッと笑みを俺に向け手を振った。

 つまり、彼女は俺の後釜をやってくれているということだ。

 人付き合いが嫌いなまふゆが俺以外にも親しい人がいることに少しほっと安心した。



「先輩は何してたの?」

「……誤って転移罠を踏んで、気がついたらここにいた」

「ブフッ!!」


 俺の言葉に女性冒険者が息を吹き出し笑った。

 それもそのはず。普通、転移罠に引っかかる人はいないのだ。

 なぜなら罠が転移陣なので目に見えてわかるし、踏み込んだとしても、中心までいかなければ転移はしない。そして何より冒険者にとって知らない場所に転送されるのは命に危険があるため「知らない転移陣は踏むな」と初心者講習で口を酸っぱくするほど言われている。

 そして講習の最後に締めくくるように言われる言葉がある「転移罠に引っかかるやつは間抜けだ」と。


「なら私たちと一緒に出口を探しましょうよ。まふゆの知り合いなんでしょ」

「うん」


 女性冒険者の提案に俺はこくりと頷いた。彼女は大剣を肩に担ぐと、重さを感じない軽い足取りで歩いて行く。

 俺とまふゆもその後ろをついて行く。



「気をつけて、モンスターはいなそうだけど、暗いから見通しが悪いの」

「えっ?」


 俺は彼女の言葉に少し違和感を覚えた。

 確かに彼女のいう通り、俺たち以外に他の生き物はいないようだ。俺の猫耳もなんの反応もしない。しかし、ここが暗いとはどういうことだろう。

 俺の見えている視界は薄暗いがまったく暗いとは感じず、洞窟の内部が見通せていた。


「あっ」


 そのことを俺が尋ねようとしていた時、洞窟の突き当たりで誰かが通り過ぎた。水色の長い髪だった。俺はその人と目が合う。そして彼女に以前に会ったことを思い出す。プチスライムの群れに襲われて意識を無くした時に助けてくれた女性だ。


「どうしたの?」


 俺の言葉にまふゆと女性冒険者が振り返る。



「今、洞窟の奥に人が通った」

「嘘、そんなの暗くて見えなかった」


 こんなにも明るいのに見えない? 

 どうして見えないんだ?


「ようじ止まって」

「んにゃぁっ!?」


 まふゆが俺の尻尾を突然わし掴むと背筋をゾワゾワした不快感が駆け上った。


「な、何するんだよ」


 俺は声を荒げてあげ抗議する。

 しかし、まふゆは気にせず俺の頭を両手で掴み固定した。


「じーっ」

「な、なに?」


 俺はまふゆに顔を近づけられて目を見つめられる。


「瞳が猫みたいに変わってる」

「へっ?」


 俺は自分の目を慌ててこすった。


「そんなことしても治んない」

 

 まふゆは手にペンライトを持って俺の目に近づける。

 眩しい。

 目の前が一瞬だけ真っ白になる。

 しかし、驚いたことにすぐに眩しさは無くなった。


「光源の明るさによって目の性質が変わるみたい。興味深い。あとで調べさせて」


 まふゆの言葉に女性冒険者も俺の目を覗き込む。

 顔が近い。


 「へぇ、変わった目をしてるわね。暗いところまで見えるなんて便利ね〜」


 あんまり他人にじーと観察するように見られると居心地が悪い。俺は視線から逃れるように前に振り返った。


「俺の目のことはいいからさっさとここから脱出しよう」


 そうして俺が前に視線を戻すと、人が一人簡単に入ってしまいそうな巨大な球体が前を横切った。転がるのではなく浮遊してだ。

 球体の周りには不規則に動く中心がない円状のものが二つあった。

 円状の物体は黄金色をして、表面には読めない文字が書かれている。


「なんだ……あれ」


 俺の声が響いたのか球体は一度、俺の方をジロリと見た。球体の真ん中に古代エジプトの壁画に書かれた赤い眼のようなものと視線が合い。その視線に睨まれた瞬間、全身の毛がビリビリと逆立つほど震えた。


「どうしたの?」


 尻尾の毛を逆立て震える俺に、まふゆは声をかける。


「いや、そこの通路にモンスターが……」


 俺の言葉に女冒険者は顔色を変えて走って向かう。

 

「モンスター? そんなのいないわよ」


 偵察に行った女冒険者は剣を下ろして周囲を見回す。



「いや、でも確かに見たんだけど……」



 俺の言葉に、彼女は通路の先まで走って行った。すると彼女は何かを見つけたように戻ってきた。


「ねぇ、向こうに光が見える。もしかしたら出れるかもしれないわ」


 俺とまふゆは顔を見合わせ、彼女の後ろについて行った。

 確かにそこには彼女のいう通り明るく光が洞窟内に差し込んでいた。


「何ここ。とても広い空間ね」

 

 光の差し込む場所に立つと、俺たちの前には巨大な空間が広がった。洞窟の中とは思えないほど明るく、そして都市一帯が入りこむほどの広さだった。


「上に太陽があるのね」


 洞窟の天井には一つだけ太陽のように輝く物体があった。


「とりあえず中に進みましょう」


 そう話して先に進もうとする女冒険者とまふゆ。

 二人とは別に俺は立ち止まり天井を見続けていた。


「……さっきまで光は向こうにあったよな」


 俺は天井にある明るい光が動いていることに気づいた。それを知らせようと前を進む二人に声をかける。


「なぁ。あれ、こっちに近づいてきていないか?」


 俺の言葉に反応して前を歩く二人が振り返った。

 その瞬間、俺の背後でどしんっと地鳴りが響き地面が揺れた。

 何かが落ちてきたのだ。


 俺は背後を振り返る。


『グルルルルルルルルッ』


 そこには今まで俺が見たこともない生き物がいた。

 頭一つで俺を簡単に人飲みできそうな巨体。潜水艦くらいある翼を地面に下ろし、鱗に覆われた顔と目があった。その瞬間、咆哮が響き渡る。


『グァアアアアアアアァアアアアアアアッ』


 鼓膜が引き裂かれそうになるほどの大きな声に俺は思わず耳を塞ぎ、目を閉じた。


「うぅ……」


 そして声が収まり、次に目を開けた時、俺の目の前には鋭利に並び立つ鋭い牙と赤い舌そして開いた口が迫っていた。


「えっ……」


「ばか! 早く逃げなさい!!」


 大剣を両手で持って走ってくる女冒険者。

 俺は頭では離れなきゃいけないことはわかっていた。でも身体が言うことをきかない。硬直して動かなかった。


「あっ、あっ、あ……」


 迫り来る恐怖に俺は目を閉じる。

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