第2話 おれ、幼女。 2


「ーーーー誰?」


 思わず俺は目をぱちくりして鏡に映る少女を見た。くりりとした長いまつ毛に、透き通るほど白い肌、何より美少女だ。

 そんな女の子がなぜ俺の部屋に?


 俺は鏡に向かって四つん這いで近寄ってみる。すると美少女も同じように近づいてきた。

 次に俺は鏡の前に座り、自分のほっぺを触った。たゆんたゆんと柔らかくまるでスライムを触っているようだ。鏡の中の子も同じように触っている。続いて胸をペタペタと触る。大きくないが少し膨らみがある。一つ疑問があるとするなら、自分の身体を触っているはずなのにどうして俺は目の前の美少女の身体を触っているんだ?


 これはあれだ。


 うん……俺、黒髪ロングの美少女になってる。


「ほぇぇぇぇぇえええええええ!!!??」


 驚愕の事実に、大声を上げて立ち上がると、ブカブカのベルトが落ちてズボンがズルッと脱げた。しかし、今はそんなこと関係ない。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 その場でクルクルと足踏みをするように周り、両手を口の前に持って来て慌てふためく。足踏みの振動で緩くなったボクサーパンツが床にぱさりと落ちた。とりあえず俺は足踏みしながらゆっくりとくるくる回転するのをやめ、目についた灰色のふかふかした大きな子ペンギンのぬいぐるみに大の字で飛びついた。


「なに、なに、なに!? 何が起こってるの!? 意味わからない。とりあえず落ち着け、落ち着け、落ち着け〜」


 念じるように唱えてペンギンの上で大きく深呼吸をすると、脳内で「あわわ、あわわ」とパニックになって行ったり来たりしていた美少女たち(俺)も冷静な思考を取り戻してくる。


「これはあれだ。昨日の宝箱のせいだ」


 声高な甘い声が頭に響く。


 今までダンジョンのトラップにひっかかって、性別が変わったことなど聞いたことがない。しかし、どう考えてもそれ以外に理由が思いつかなかった。


「一つ言えることは今、まぎれもなくおれはかわいい女の子になってる。それも絶世の美少女に!」



 言った側から耳から入るとろけそうなほど甘い声色にゾクゾクと背筋に電流が走る。


 はぅ!?


 自分の声に萌え死にそうである。

 こんな見た目で、まるで全国の男子の夢を形どったような超絶美少女で声まで完璧……そんなにわかに信じられない状況が現に起こっている。


 なんなんだ。なんなんだこれは。


「って言ってもどうせダンジョンのトラップだから、一時的なものだろ。明日には元に戻ってる、戻ってる」



 俺は片手を顔の前で横に振って、呑気にこんな状況が続くわけないと楽観的に考えた。

 永久的に効果が続く宝箱のトラップは発見されていない。毒や痺れなど身体に状態異常を起こすものはだいたい一日も安静にしていれば自然と回復する。

 つまり、明日になれば俺は元の身体に戻るということだ。

 それはそれでなんだか寂しい気がするが一時的に美少女になれたのだから良しとしよう。


「それにしても、今のおれはもの凄く可愛いな。どうしたら、あんな男がこんな美少女になるんだか」


 しかし、この身体では外に出られない。というか着ていく服がいっさいない。だって部屋にあるのは男ものだし、着るとダボダボ、ゆるゆるだ。鏡の前に立つとまるで大人の服を来て遊ぶ子どもみたいな格好になる。


「ふーむー、どうしたものか」



 幼い声であぐらをかいて腕を組み考える。



 一日中、部屋から出れないとなると、やることがない。



「こんな可愛い女の子になったのにできることがないって、人生ってどうしてこう上手く行かないんだろう……」



 仕方がないので俺はスマホで自撮りをする。


 今日のことは転性記念として写真に残しておこう。

 


「むぐぐぐ……上手く撮れてない……」



 普段から自撮りなどしていないから上手くとれない。

 普段撮っている写真なんて、綺麗だなと思った空や旅行先の風景、またはダンジョンで見つけたレアな素材、美味かったなと思う飯の写真そんなものばかりが俺のスマホの思い出を占めていた。

 その中でさっき撮った一枚の自信満々の自撮り写真。



「うわぁ……」


 なにこれ、顔を引きつったブッサ猫みたい。


 めっさ、可愛い。

 まったく……この容姿なら、人生勝ち組じゃないか?


 あぁ、こんな女の子に生まれてみたら、俺も楽しい青春を送れたのだろう。帰りにパフェ食べたり、クレープ食べたり、たこ焼き食べたり……思いつくことが男でもできるな。


 とにかく! 小学校のクラスの男子全員が夢中になるのは間違いない。


 だって俺が小学生の時にこんな可愛い子いたらラブレター書いて渡してる。

 そして「ごめんなさい」と振られるところまでがセットだ。


「それにしてもネットになんか情報が落ちてないのかー」


 スマートフォンをぽちぽちいじって調べる。手が小さいせいか打ちづらいし、持つと重い。おまけに顔認証は機能しないので手打ちでパスワードを入れて毎回ロック画面を解除する。

「『宝箱、罠、性別変化、解除方法』うーん出てこない。あるのは初心者向けの罠解除講座くらいか」

 その後も『金の宝箱、ダンジョン』と調べてみた。確かにダンジョンには金ピカの宝箱はあるらしい。しかし、昨日、俺が見つけた赤や緑の宝石が宝箱の周りを囲った金ピカゴージャスな宝箱は一枚も写真が出てこなかった。

「『ダンジョンの宝箱で大儲け』って、できたらおれは今ごろこんな狭い部屋にいないだろ」

 冒険者になって14年。痛感したのは現実の厳しさと、全盛期を過ぎて目の前まで迫りくる体力の老い。

 今頃になって会社勤めしても、冒険者なんて職歴に書いたところでなれる職業はほとんどない。

 一度、冒険者として挫折し、転職活動をしようと思い立った事が俺にはある。

 だけど、結局はどこも採用されず腐るように冒険者を続けた。

 20歳の頃は伝説を作ってやると意気込んで冒険者になり、周りの同世代よりは稼げたが、それも年をとるごとに少なくなっていた。持てたのは6畳一間の小さな城と毎月の飲み代だけ。

「そう考えると、おれの望んでいたものとは少し違うけど、この身体はおれが欲しいかったものだったんだな」

 年をとるごとに感じる若さへの憧れ、二十歳の頃は感じなかった。



 あぁ、いい夢を見れた。



 気づけば日が落ちて窓の外は夜になっていた。

 俺は一日だけの女児体験に満足し、敷きっぱなしの布団の上に座る。


「もう寝るか」


 長いと思った一日があっという間に終わってしまった。

「さよなら、かわいかった……おれ」

 部屋の電気を消して万年敷かれている布団に身体を滑り込ませる。

 なんだか寂しい気もしたが、明日になれば全て元通り、ダンジョンに行って生活のため汗と血を流して仕事する。

 体温は高く足や手の発熱がよいせいか幼いこの身体は少し目を瞑るだけですぐ意識が遠のいた。やっぱり子どもの身体だから…………

 その夜、誰もが寝静まる丑三つ時に俺の身体が一度だけ金色の光に包まれた。


チュンチュンッ、チュンッーーーー


 朝になった。窓の外では木の枝に止まった三匹の小鳥が互いの身体をつつき、じゃれ合うように鳴いていた。

 俺は起き上がって寝ぼけ眼で手でこすった。

「ううん……」

 自分の手を見る。うん、小さいな。夢じゃないかとほっぺをつねる。ぷにぃっとスライム並みの、肌のはりと柔らかさだ。

 横にある鏡に映っていたのは昨日より髪がボサボサになった美少女のままの俺。

 目を大きく見開いて驚いた。

「なんで……なんで、戻ってないの」

 顔から血の気が引く。

 一日経っても戻らない。それは宝箱の罠での状態異常ではないことを示していた。

 この現象を俺が勝手に状態異常だと思い込んでいただけだった。

 つまりこれは……

「おれ……おれは……元の身体に戻れないのか……?」

 驚愕の事実に頭が混乱する。俺はその場で立ち上がると布団の周りをぐるぐる歩いて回り始めた。

「やばい、やばいぞ、これは本当にやばいぞ。いったいどうするんだよ」

 来ている服はシャツ一枚だけ、ズボン、パンツなどは体格が合わなくて着れない。

 この姿で外に行く?

 いやいやいや、警察に絶対通報される。

 だったらどうする。病院に行くにしても着替えがないし、そもそもダンジョンの宝箱を開けて女の子になりましたって医者に説明して信じてもらえるのか。いや無理だろう。

 とにかく今は外に行くために着替えが必要だ。それも女児用の。

 着替え、着替え、着替え…………

 あっそうだ。

 俺はスマートフォンを取り出すと電話をかけた。

「お願いだ、出てくれ」

 神に祈るように念じると耳元で鳴るコールオンが静かに響いた。

 きっとアイツなら助けてくれる。

 今の俺にはそれしか方法がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る