甘毒

「きれいだね……」


 若い女を見ながら老婆は呟くように言った。


 ここは占いなどの店がある街の雑居ビルを触媒に、老婆が居住空間を形成して作られた魔法部屋であり、十畳ほどの広さがあるその中央には若い女が横になっているベッドがあった。


 そのまわりには数百にもおよぶ小瓶や各種魔導書が納められた棚。

 何に使うか分からない器具なども壁にかけられ誰の目にも魔法使いの部屋として見て取れた。


 老婆もまさに魔女を体現するような黒のいでたちをしているため、とんがり帽子をかぶっていなくても何者なのかがすぐに分かった。


「じゃあ、はじめるよ……」


 そう言いながら老婆は左手に白い粉が入ってる小皿を持ち、右手に絵筆を持ちながら若い女に近づいた。


 若い女は二十歳ほどの年齢だが、眠っているような状態のため目を閉じたままであり、着衣も前が開いた白のワイシャツだけでそれ以外に身に着けているものはなかった。


 そんな状態の若い女に対し、老婆は小皿の白い粉を絵筆につけると、あらわになっている乳房に塗り付けた。


「ん……」


 わずかに感じる快感に声を漏らす若い女。


 その反応に老婆の喜びの表情を浮かべた。


「よしよし。それじゃあ反対側にも塗ってあげるからね……」


 白い粉をつけなおし、絵筆が乳房に触れようとしたした瞬間、背後に何かが現れた。


「おや?」


 気配を察し、振り向く老婆。


 するとそこには肩までとどく黒髪を左サイドでまとめ、両腕が透けた黒いワンピースを着る十歳くらいの少女がいて、赤い瞳が老婆を見上げていた。


「わたしはエフ、死神よ」


「なんと、死神さまですか。これはこれはお初にお目にかかります」


 孫を見るかのようににこやかな表情で言う老婆だが、その言葉に心はなかった。


「あなた、そうやって若い女の子をさらっては薬を塗って殺害してるわね。いい? 命はあなたの趣味のためにあるわけじゃないの。勝手に命を奪った報いを受けなければならないわ」


 右手人差し指を突き出しながら、少女は説教をするように言った。


「たしかに、私は彼女たちの同意なく死薬を用いていました。ですが、ただ単に命を奪っていたわけではありません。同時に快楽も与えていたのです。それも極上の快楽をね。だから彼女たちも満足してったのではないかと思います」


「はあ? 何を言ってるの。それが良いか悪いかは彼女たちが思うことだし、その魂は無念でいっぱいだった。あなたのおこないは完全に独りよがりよ!」


 神であることを認め丁寧に話す老婆に対し、少女は正論をもって責めた。


「さようですか」


 だが、老婆は悪びれることなく答えた。


「ところで死神さま。あなたはご存じないかもしれませんが、私が殺害したのは何も人間の若い女子おなごだけではございません。神も含まれています。そう、死神さまのような幼い神も私は逝かせたことがあるのですよ」


「何ですって?」


 驚いた表情の少女。


 すると突然、少女の顔から表情が消え、すとんと両膝を床に落として脱力した。


「私の結界を突破してきたのはさすが神ですが、ここは私の領域。私の意思がはたらけば空間毒として作用させることができるのですよ」


 不意にだが神をめ、満面の笑みを浮かべる老婆。


 少女に近づきその服を脱がしはじめた。


「さすが神。白くてきれいな肌をしていますな」


 小さな二つのふくらみをもつ全身を見ながら老婆は素直な感想を漏らした。


「それではベッドを用意しましょう」


 そう言うと小さなベッドが現れ、老婆は少女を抱きかかえて横にした。


 少女の瞳は開いているが、身体と同様に力なく、思考停止しているようなかんじだった。


「それでは幼い死神さま。この死薬はあなた様でさえ命を奪うでしょうが、快楽も感じられる。存分にお逝きなさい」


 言いながら小皿にある白い粉を絵筆につけ、それを少女の胸元に近づけた──。














「──は!?」


 寝落ちして気づいたかのように、老婆はふと我に返った。


 そして目の前には全裸で脱力しているはずの少女が現れたときの格好で立っており、その目線は自分と同等だった。


「なに、どういうことだ」


 わけが分からずにいると、下半身から包み込まれているようなねばねばした感触があり、見てみるとそこには一つの茶色いボールがあった。


 ボールといっても花が開いたように中心から外へ広がっていて、その中心に老婆は埋まっているような状態だった。


「これは、精獣!? 私は喰われているのか!」


 蛇が獲物を飲み込んでいるのと同じ状況にあるのだと悟り、老婆は驚愕と同時に青ざめた。


 すでに身体の半分以上がボールのなかにあり、毒に特化した自分の力では脱出が不可能だからだ。


「そんな、さきほどまでうまくいっていたのに……」


「うまくいっていた? 残念。わたしが自己紹介をしたときからあなたはわたしの毒に侵されていたのよ」


「ど、毒?」


「そう。見ることで影響を受ける視覚毒をね。だからあなたはあなたが見たいものを感じていたわけ」


「ばかな。死神が毒を使うなど……」


「いまは死神も多種多様なのよ。鎌でなくても悪い命を刈り取ることができる。それに」


「それに?」


「ほかの幼い神ならともかく、わたしは死神。死を司る神なのよ。そしてそれは命だけとは限らない。例えばあなたがやってる空間毒なんかにも死を与えられるわ」


「毒に死!? で、では……、毒を殺して無効化していたというのか!」


「そうよ」


 動揺がとまらない様子の老婆に、少女はあっけらかんと答えた。


「信じられん。私が知る範疇はんちゅうを超えている……」


「どう思おうとあなたの勝手だけど、あなたは罪のない人たちの命を自分の趣味というだけで殺害している。これは変わらない。だからきっちりその報いを受けないとね」


 少女がそう言うと、ボールは老婆の身体を中へ一気に吸い込み、外へ広がっていたものも閉じてバスケットボールのような球体になった。


 それを見届けると、少女は若い女のそばへ向かった。


「悩みがあるなら他にも聞いてくれるところはあるわ。次はしっかりした人にするのよ」


 声をかけると、少女はどこからともなく黒い布を出して広げ、若い女の肩から下にかぶせた。


「それじゃあね」


 ボールを両手で拾い上げると少女の姿は消えていった。



 ──数時間後。


 若い女は訪れた占い屋の一室で目を覚ました。


 少々狭い室内は西洋風で見覚えがあるが、他に誰もいなかった。


 魔女のような占い師と話をしていたんだよなと考えているうちに、自分が裸にちかい姿であることに気づき、目の前のカゴに着ていた衣服を見つけると若い女は慌ててそれを着た。


 そして、肌に感じる雰囲気からここにいてはいけないと思い、勇気を振り絞るようにしてドアを勢い良く開けて廊下に出た。


 雑居ビルの廊下は物理的な余裕はないが、聞こえる話し声から人が生活している街のなかにあると分かり、若い女はほっとした。


 結局、自分はどうしたんだろう?


 何気に振り返ると若い女は驚いた。


 自分が出た西洋風の占い屋が東洋風のものに変わっていたのである。


 何度、見てもそうだった。


 そのことから若い女は思った。


 自分は見たいものを見せてくれる甘い毒におかされていたのではなのか、と。

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