きっと気付かない

六畳のえる

きっと気付かない

「なあ結亜ゆあ、今年もチョコくれよ、チョコ」

「はいはい、分かってるって」


 帰り道の商店街を並んで歩きながら私の顔を覗き込む悠真ゆうまは、笑顔を必死で抑えるようにほっぺをむにむにと動かしている。


 二月一四日、火曜日。バレンタインの日に、私が悠真に、義理のチョコレートを渡す。そんな習慣が、初めて会った中一の頃から高二の今まで続き、もう五年目。中学のときはずっとクラスが一緒で、同じ高校に入ってからはクラスが違ってもこうしてたまに一緒に帰っている。


「はい、これ」

「おお、オシャレだ」


 百均って買ったカラフルな大きめの紙コップにチョコを入れ、コップ上部をとじるような形にしてパンチで穴を開け、赤いリボンを通して結んだラッピング。立体感があって、我ながら可愛くできたと思う。


 嬉しそうにリボンを解く悠真の顔は、まるでサンタクロースからのプレゼントを開ける小学生のようにウキウキしている。


「わっ、手作りケーキだ、美味そう! 結亜、これ作るの大変だったんじゃない?」

「ん、まあね。でもほら、他の女子とかにも配るから」

「そっか、それなら良かった」


 今年は市販のチョコに上白糖や薄力粉を加えたブラウニー。一八〇度で二十五~三十分焼く、というなかなかの手間。家にオーブンがあって助かった。


「年々作るものが高度になってる気がする」

「ふふん、義理チョコも毎年作ってると進化していくのよ」


 ちゃんとチョコが混ざっているといいけど、と心配すると、悠真は「結亜なら大丈夫だって」と根拠のない信頼で笑ってみせた。そんな私の言葉に嘘がたくさん混ざっているなんて、気付くことはないだろう。


 他の女子になんて、渡していない。たった一人のためにブラウニーを焼いて、焦げていない一番美味しそうな部分を選んでラッピングした。私の心の中では、義理なんかじゃない。


 去年のバレンタインからずっと悩んでいた。中学から渡していたこの茶色いお菓子から、いつ「義理」の二文字を取ろうか。別にバレンタインにこだわる理由もなくて、でも他の日にいきなり告白するには二人の関係が固まりすぎていて。積み重ねた友情を、一方的に愛情で上塗りして悠真が困らないか。それが心配で、居心地の良いこの場所から踏み出せずにいる。




 横断歩道で立ち止まった悠真が、まっすぐ前を向き、白い息を吐き出す。そして、そのまま私に目線を合わせずに口を開いた。


「俺……今年、本命チョコもらったんだよね」


 瞬間、心臓が凍り付く。脳まで凍ったかのように、表情もうまく作れない。


「え……誰から?」

「さすがにそれは結亜にもちょっと言えないなあ」


 濁した回答に「ふうん、そっか」と答えるのが精一杯。



 先を越された。想いを伝えられてしまった。その後悔だけが、血液に混じって体中を駆け巡る。



 何でもいいから、何か言わなくちゃ。違う。心にもないことを言わなくちゃ。



「良かったね! 返事どうするの? ホワイトデーで伝える感じ?」

「んん、まだ悩み中だよ」


「早く決めてあげなよ。あ、私、百均で買うものあるんだった! 悠真、またね! チョコ大事に食べてね!」

「おう、またな」


 ここが商店街で良かった。言い訳が、逃げ込める先がたくさんある。


「はあ……はあ……」


 自動ドアに体当たりするような勢いで店に入り、息切れしながらスマホを取り出す。悠真からメッセージが来ていた。



『今年もありがと! ホワイトデー、ほしいもの考えといて!』



 機内モードにしてからメッセージ画面に戻る。この状態で送っても、送信されない。この後、機内モードを解除したら削除すればいい。伝えられない想いを伝えた気分になれる、とネットで見た使い方だ。



『アナタに本命チョコを渡すチャンスがほしいです』



 彼に届かないメッセージを二回、三回と読み直しているうちに涙で視界が滲んでくる。


 悠真がこの想いに気付くことは、きっとないのだろう。焦げたブラウニーみたいに苦いバレンタインが、夕日とともに静かに終わろうとしていた。




 ***




 彼女と交差点で別れ、すぐにメッセージを送る。姿が見えなくなったのを確認してから、親友に電話した。


「ダメだった。気引こうと思って『本命もらった』って話してみたけど、普通に返された。やっぱり友達扱いなのかなあ。うまくいかないもんだなあ」


 結亜はこの想いに、きっと気付かない。

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きっと気付かない 六畳のえる @rokujo_noel

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