同級生について

「いつも図書館行ってるよね、何があるの?」

 司書室に、何があるんですか?


 騒がしい教室で、同級生がわたしに動機を聞いてくる。わたしが紫藤さんに聞いたみたいに。

 いつもみたいにスクールバックを提げてさっさと図書館に向かおうとしている最中。肩を叩かれ振り返るとそこにはいかにもハツラツとしていて、ポニーテールが揺れる元気な女の子がいた。にっこり笑っている口元だけれど、目の奥はどことなく肉食動物みたいな冷たさを感じる。自分の意思で話しかけたんじゃない。心配性の担任か、好奇心の塊の同級生か。そんな下心が冷たい瞳の奥にちろりと揺れている。


「別に」


 もしかしたら、紫藤さんも「別に」って言っていたのかも知れない。でもそんな乱暴な口調では言わないよな。じゃあ、「何でもないです」とか? なんだ、紫藤さん。ちょっと可愛い。何でもないわけがないじゃん。だってずっと篭ってるなら、何か読んでいるのか、それとも何かの仕事? 司書室が何でもないなんて、ありえない。

 同級生そっちのけで紫藤さんんことを考えてしまう。これはきっと病気か、もしくは好きだということだろう。

 目の前にいる彼女はわたしが一切こちらに興味がないことを感じ取ったんだろう。けれど、後には引かないようだった。ちょっとだけ作り笑いにヒビを入れながらも、話を続ける。


「暇してるなら、一緒に帰ろうよ。ユミとかシノブもいるんだけど」

「帰るだけなら1人でできるんだけど」


 バッサリと切り捨てる冷たい言葉。自分の口から出たとは思えない程のものだった。

「えー、じゃあカラオケとかどう?」

「やだ。歌とか歌わないし」

「じゃあ、ショッピングとか」

「やだ。服に興味ないし」

「うーん、スタバとか寄る?」

「誰かと一緒に飲みたくない」

 しつこいな。誘っても誘っても断られる気持ちって、どんなものなんだろう。冷たくあしらわれてもしつこく付き纏われるのってどんなものなんだろう。ねえ、紫藤さん。

 同級生は張り付けた笑顔を絶やさないまま、まだ探ろうとする。

「本とか、好きでしょ? オススメ教えてほしいなぁ」

「多分あなたが好きそうなジャンルじゃない本だから、つまんないよ」

 これはもしかしたら言い過ぎ、なのかもしれない。

「でも、もっと——さんと仲良くなりたいっていうか」

 ちょっとだけ顔を歪めながらも、声質は変わらない。まだまだ諦めないみたいだ。

「わたしは仲良くなりたい、って思ってないよ」

 面倒臭いなぁ。わたしのことなんて考えて欲しくない。ただの同級生Aでいいじゃん。どんな意図があるかはわからないけれど、これ以上関わってほしくない。同情なんてまっぴらごめんだ。

「そんな冷たくしなくてもいいじゃん!」

 同級生は、可愛らしく頬を膨らませる。まるでわたしの発言に傷ついていないと強がっているようにも見える。そこまでして、どうしてわたしと関わりたいと思うのか。

「文化祭も近いじゃん。何か係はやらないとだし、決めない?」

 ちょっとだけ苛立った顔で、でも底抜けに明るい声で話を無理やり続けている。口の端っこが不自然に釣り上がっている。あからさまな作り笑いだ。


 これが、本題?


 文化祭は確かにクラス全員で盛り上がらなくてはならない。各自役割を持って、当日までにセカセカと動かなければならない。そういえば去年もそうだったな……。

 同級生の真意がわかったところで、刺々しい態度をとるのをやめた。わたしと本当に仲良くなりたいわけじゃないのだ。

「何でもいいよ。余りの役やるから」

 買い出し係とかがいいな。人と話さない係。意外と何でもいいわけではないのかも。あんまり誰かと話はしたくない。仲良くなんかなりたくない。わたしは一人で大丈夫。

 大丈夫、なんだから。

「あー、わかった。文句なしだよ」

「うん」

 罵倒をグッと飲み込んだ、人気者の顔。その顔をしたまま同級生は去っていった。嫌われたかな。

 でも、嫌ってことは、好きってこと。好きになり得るってこと。真逆のことは同時に起こりうるって国語の授業で聞いた気がした。表裏一体って、つまりはそういうこと。


 多分、いつかは友達になれるんじゃないかな、いつかは。


 彼女は待たせていた他の同級生を引き連れて、こっちをチラチラ見ながら何事か話していた。今までの顛末を伝えているのだろう。多分、あの2人がユミとシノブだろう。ちょっとだけ意地の悪そうな表情がわたしに対する評価の低さを物語っていた。言葉よりも、雄弁だ。


 まぁ今は友達、いらないかな。頭はそう考えながら、体は図書館の方へ向かっていった。ちょっとだけ夕方の色になった渡り廊下を早足で抜けて。最近、日の入りが早い。

 

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