汚い

エリー.ファー

汚い

 ジャズを聞かせて欲しいとねだる。

 この夜にジャズは必要だ。

 クラシックであってはならないのだ。

 自分の生き方を、ジャズを通して見ることが人生のものになっていく。

 非情な生き方を選んでしまったこともある。

 多くの人を傷つけてしまったかもしれない。

 ジャズを言い訳に使ったこともある。

 私は汚い男なのだ。

 ジャズまみれの人生に、満足という言葉を重ねようとしたのだ。

 どんな音が流れてくるのかも分からず、自分の息を聞いている女を無視した。

 ピアノがいい。

 品があるからだ。

 ドラムがいい。

 格があるからだ。

 サックスがいい。

 派手だからだ。

 ウッドベース。

 いや、好きではないから、無視してしまおう。

 私は気が付けばジャズの中にいた。

 酷い人生ではあったが、哲学を学ぶきっかけに溢れていると感じられる。

 私だけではないかもしれない。

 多くの人にとって、ジャズではなく音楽が教師としての役割を果たしているのだろう。

 考えすぎかもしれないが、そうやっていくうちに、音楽の本質に触れることになっていく。

 成長、と呼んで差し支えないかもしれない。

 音が頭の中で、飛び回っている。聞き過ぎて、血液の中に溶け込んでしまったのかもしれない。叩く音が、鉛筆が紙の上で表現を引きずる音が、私を架空の世界へと連れていく。

 静寂がいい。

 私の人生に最もつきものであると考えられる。

 小銭の音もいい。

 食べて、飲んで、騒いで、吐いて。

 私を失って。

 ジャズさえ失いかけて。

 怒られて。

 誰かのせいにして。

 扉を開けて。

 閉めて。

 指を挟んで。

 ジャズから距離を置いて。

 気が付けば、またジャズを聞いていて。

 もう二度と。

 ジャズの演奏できない体になって。

 この真夜中に似合う都市には、私という存在が見せる世界が必要なのだ。完全からほど遠いけれど、身動きのできないくらいの数値が必要なのだ。音によってしか表現できない世界など存在しないが、そう言いきってしまうような人格が必要なのだ。

 私の影は、スポットライトの光に耐えられるのだろうか。

 私の本当は、どこにあるのだろうか。

 ジャズの中にあると思っていいのか。

 いや、そんなわけがない。

 ジャズがあって、そこに私がいて。

 青春がある。

 すべてが、欲しい。

 私がここまで生きてくるのに、必要だったすべてが欲しい。

 いらない、と口にしてきたことは事実だが、それでも、今の私を構成してくれなければ困るのだ。

 私は、私をないがしろにしてきた。

 私は、私のことが嫌いだったのだ。

 私は、私を愛する術を持っていなかった。

 私には、私しかないのに。

 私の中には、もう、私以外の誰一人としてないのに。

 私が、私であることからは逃れられないのに。

 気が付けば、またも私は一人であり、その事実に絶望しているのである。

 特に慣れることもなく私の中に新鮮さを保って存在する、私好みの家に帰ろうとしている。

 どうすれば、ジャズを聞かせてもらえるのか。

 私はジャズに救われる人生を歩んでいるはずなのだ。だから、ジャズは薬であり、命であり、天国なのだ。

 誰かにそう教えてもらったような気がする。

 そうか、これもまた宗教なのか。

 私の信仰心の形は、私によく似ていたようである。

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汚い エリー.ファー @eri-far-

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