第二章 鳳凰

2-1 嗜欲



 花轎を担ぎ、長い石段を進む四人の担ぎ手たち。夏の陽射しは強く、なるべく日陰になっている端の方を選んで歩いて行く。


 朱漆塗で描かれた金蒔絵きんまきえや浮彫がほどこされた花轎は華やかで美しく、その周りには網目のある流蘇つきの赤布で装飾がしてあった。


 紅宮こうきゅうが用意したその花轎は、豪華さに関してはどこまでも惜しみない。


 紅宮こうきゅうの主である姚泉ようせんの命で動く担ぎ手たちの正体は、蓉緋ゆうひに反目するの一族の者たちで、この機に乗じて事を起こそうとしていた。


 朱雀の神子の候補者たちを、大金をチラつかせて遠くに追いやったり、従わない無駄な正義感を持った者はその手で葬ってきた。


 そうやって用意周到に鳳凰の儀に向けて進めてきた計画が、新たに現れた朱雀の神子の存在によって傾き始める。


 しかもこの花轎に乗っているのは、どうみても十代の少女だが、現宗主の"お手付"とも噂されている。幼い子を連れていたとも。


 つまり、噂が本当なら、人質にするには最適な人材という事だ。


 彼女からの指示は、朱雀の神子を途中で花轎から降ろし、紅宮こうきゅうに監禁するというものだったが、それでは面白くないと男たちの主は考えた。


 彼らは、炎帝堂えんていどうへ続く扉の前で、蓉緋ゆうひたちの前に立ち塞がった者の周りにいた者たち。


 日頃の怨みが募り、その矛先は宗主本人へではなく弱き者へと向けられる。だがその怨みも勝手なもので、蓉緋ゆうひが実際なにかしたわけではない。なにをするにも上手くいかないことがあれば、その元凶は現宗主であると思い込んでいるのだ。


「この辺りで良いだろう、」


 他の三人に手で合図を送って、石階段から逸れて物陰に入ると、男たちは担いでいた花轎を肩から降ろした。

 四人は花轎を囲むように立ち塞がると、中にいるだろうあの少女に声をかけた。


「朱雀の神子様、無事、朱雀宮に着きましたよ」


 にやにやとしながら、担ぎ手のひとりが言った。


「そうですか? まだ石段の半分くらいかと思うのですが、」


 奥から聞こえる声は少女にしては低く、少年にしては高い声音だったが、男たちは特に気にも留めなかった。


「いや、それはお嬢さんの勘違いでしょう? それに乗っている時と、自分の足で歩いた時の間隔は違うものです」


「確かにそうですね。担ぎ手の皆さん、ご苦労様でした」


 花轎の入り口に垂らされていた布に手がかかる。男はその細い手首をぐいと無理矢理掴むと、そのまま中にいる花嫁衣裳の少女を力任せに引きずり出した。軽い身体は簡単に花轎から降ろされ、そのまま地面に立たされる。


 肩の辺りまでしかない背の低い少女を見下ろし、その男は顔を覆っている紅蓋頭に手をかけた。


「こりゃあ、上玉だ。あの蓉緋ゆうひが手付にしたっていう噂も、本当かもな」


「規則を忘れましたか? 本番までは宗主以外、誰もその素顔を見てはならないはず」


 それは、鳳凰の儀において参加資格を失う行為であった。


「ああ、だが、ここには俺たち以外誰もいない。俺たちが少し力を使うだけで、お前はその口すら開けなくなる。その強気な態度がいつまでもつかな?」


 横にいた別の男が、形の良い顎を掴んで上に向かせると、嫌な笑みを浮かべて見下ろしてきた。しかしそれに対して、少女は表情をまったく変えることなく、大きな瞳で見上げてくる。その違和感に、誰も気付くことはなかった。


 ふん、と顎から手を放し、男は改めて下から上に視線を移動させる。目に留まったその真紅の羽織を指差して、またあの笑みを浮かべた。


「あの時、地下の炎帝堂の入口の前で、蓉緋ゆうひに抱かれていたのはお前だな?その真紅の羽織が証拠だ」


「それが、なにか問題でも?」


「問題? そんなものはない。つまり、お前は蓉緋ゆうひにとって最大の弱味で、それが俺たちの手の中に在るという事が、最大の好機という事だ」


 紅蓋頭をひらひらと揺らして、笑いながら正面に立つ男が言った。もう片方の手は少女の手首を握ったまま、力を込めてくる。


「おい、もたもたしていると奴に気付かれる。さっさと豊緋ほうひの所に、」


 奥の方にいた男の表情が凍り付く。同じく、その隣にいた男も目を大きく見開き、怯えた声でひとり言のように呟いた。


「な、なんであんたが!」


 花轎の正面に立つ男の横で、それに気付いたもうひとりも肩を震わせていた。


「どうやら早死にしたいようね、馬鹿で無能な男は必要ないわ」


 いつの間にそこにいたのか。

 突然現れたその者は、くすりと紅で彩られた美しい口元を歪ませて、微笑んだ。



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