彩雲華胥〜轉合編〜

1-5 消えた神子候補

　開いた扉の前には、蓉緋（ゆうひ）を先頭に、無明（むみょう）と白笶（びゃくや）が後ろに立っていた。清婉（せいえん）はほっと胸を撫で下ろす。ずっと息を止めていたかのように、気が気ではなかったのだ。

　竜虎（りゅうこ）は白獅子と昔話に花を咲かせていて、花緋（かひ）は無言で柱に寄りかかっている状態。従者である清婉（せいえん）は、口を開くことなくじっとしているしかなかった。

　なので、無明（むみょう）の姿を目にした時、安堵した。緋（ひ）の宗主は怖そうというよりは、気さくな印象があり、しかし何を考えているかは読めないところもある。

　あの奉納祭での振る舞いは、清婉（せいえん）にとってハラハラするような出来事でもあったからだ。

　あの頃、確かに無明（むみょう）をちょっとおかしな第四公子と思っていた清婉（せいえん）だったが、蓉緋（ゆうひ）の言動に対しては批判的だった。

　確かに女性の神子衣裳を纏い、舞台に上がった無明（むみょう）はいつも以上に手が付けられなかったが、罰を与えろなどと言い出した蓉緋（ゆうひ）の言葉には、正直、血の気が引いた。

（……無明（むみょう）様があの見事な舞を舞えていなかったら、）

　今更だが、清婉（せいえん）は背筋がぞっとした。

　宗主たちが目の前を通る気配を感じながら、前で腕を囲い頭を深く下げたまま、そんなことを考えてしまう。

「では、ここからは本題に入ろう」

　蓉緋（ゆうひ）はふっと口元を緩め、目を細めて言った。

「とりあえず、適当に座ってくれ」

　右手で促すように無明（むみょう）と白笶（びゃくや）に言うと、自分も本当に適当な場所に腰掛ける。客間の中央に置かれた黒く長い机に左右三つずつ、前後にひとつずつ椅子が置かれていた。

　蓉緋（ゆうひ）が左側の真ん中に座ると、花緋（かひ）はその右隣に座した。

　虎斗（こと）は竜虎（りゅうこ）に右側の一番右に座らせ、自分はその正面に座る。白笶（びゃくや）に真ん中に座ってもらい、無明（むみょう）はその左側に座る。

　清婉（せいえん）は自分は出て行った方が良いのかもと思ったが、なにも言われなかったので、立ったまま無明（むみょう）の後ろに控えることにした。

「ひと月後に、この朱雀宮で行われる儀式がある。花緋（かひ）、」

　はい、と花緋（かひ）は頷く。

「二年に一度行われる鳳凰の儀は、緋（ひ）の宗主と朱雀の神子（みこ）に選ばれた舞人（まいびと）が、四神朱雀に舞を捧げる儀式。半年前からその神子（みこ）として舞う舞人（まいびと）を数人集めて、その中からひとりを選出する習わしなのですが、集めた神子（みこ）候補が全員失踪しました」

「え、全員って……？」

　竜虎（りゅうこ）は思わず口を開いてしまうが、それに対して嫌な顔はされなかった。花緋（かひ）は感情のない表情のまま、続ける。

「五人です。緋（ひ）の一族の者もいれば、光焔（こうえん）の民も混ざっています。男が三人、女がふたり。皆、手練れの者でした」

「朱雀の神子（みこ）に選ばれる者は、鳳凰舞が舞え、なによりも強く美しいことが条件。今の頃にはそのひとりが選出されていなければならない」

　蓉緋（ゆうひ）は肩を竦めて補足する。それは宗主も同じくその舞を舞うためで、ひと月前である今の頃には、神子（みこ）候補が選出されていなければならない。

　蓉緋（ゆうひ）は日々この舞を舞うことを強制されているため、もちろん完璧に舞える。

　しかし神子（みこ）に選ばれた者は、舞は舞えても、宗主とお互いの息を合わせて舞うには時間がかかるだろう。それほど複雑ではないが、一朝一夕でできるほど単純でもないのだ。

　舞人（まいびと）として朱雀の神子（みこ）に選ばれた者だけが、儀式で舞うすべての舞を伝授される決まりである。

　候補となった者たちは、いくつかの課題を出され、その中で一番優秀な者が選ばれるのだ。最後の五人に選ばれた者たちもまた、何十人もの中から選ばれた、優秀な者たちだった。

「五人の神子（みこ）候補たちは形だけですが、男女関係なく朱雀へ嫁入りするという儀式に則って、それぞれ選出される前にこの朱雀宮に集められます。本物の花嫁衣装を纏い、花轎（かきょう）に乗せられてここまで来るのが、昔からの決まり事なのです」

　花緋（かひ）はほとんど感情のない表情のまま、淡々と言葉を紡ぐ。なぜ男女問わず花嫁衣裳なのか、とか、気になる言葉がいくつかあったが一切説明をしない。必要最低限、起こった事を話し始める。

　それは、半年前の話であった。