女性画家と秘密のモデル ―貴女のヌード描きます―

矢木羽研(やきうけん)

18歳 真理恵さんの場合

人は誰しも、自分の体を人に見せたいという潜在意識がある。

特に女性の体は、しばしば芸術品の題材となって客体化されるので意識する機会は多い。

注意して街を見渡せばヌードの彫刻や絵画が溢れていることに気づくはずだ。


私の仕事は、彼女たちの「見られたい」という思いを密かに叶えること。

つまり彼女たちのありのままの姿をキャンバスに残し、匿名のモデルによる絵画として公開する。

今まで年齢も立場も異なる様々な女性たちを描いてきた。


***


今回紹介されたのは高校3年生の真理恵さん。アトリエには母親同伴でやってきた。

過去の作品を例に見せながら、制作の方針を改めて伝えると2人に強く共感された。


「私もちょうど18歳の頃に、今の主人にヌードを描いてもらったことがあるんですよ」

お母様がそう言う。

「ご主人に!それは素敵な体験ですね」

なるほど。これなら理解もあるわけだと思った。

「ご主人は今も絵を描かれるんですか」

「いえ、学生時代に遊びでやっていたくらいで、先生と比べるのは失礼ですわ」

「そうなんですか?機会があれば作品を拝見したいものですが」

私が話を振っても、お母様はろくに取り合わずに話を進めた。

「……友人のつてで先生のことを知り、せっかくなのでプロの方に描いていただいたらという話をしました。お会いできてうれしいです」

「こちらも、素敵なお嬢様を紹介していただいてありがとうございます」


「今日はよろしくお願いしますね」

真理恵さんもお母様に似て、自分の意思のはっきりした聡明な子のようだ。

「それでは私は失礼します。夕方の6時頃に迎えに参りますので」

お母様を見送ると、アトリエには私と真理恵さんの2人が残された。


「先生、さっき母が言っていた絵っていうのはこれなんですよ」

真理恵さんがスマホの画面ごしに若かりし頃のお母様のヌードを見せてくれた。

両手で股間を隠しながら、脚を揃えて椅子に座った姿を斜め正面から描いている。

「母が父の前で裸になったのはこのときが初めてだったんですって。あと絵では全裸だけど本当はパンツも履いてたって」

楽しそうに真理恵さんが教えてくれる。

「当時は恥ずかしくて仕方なかったみたいですよ。でも今思えば貴重な経験よねーなんて言ってました」

「いいお母さんなんですね」

「えへへ、そうなんです」

照れ笑いしながら答える彼女はとてもかわいらしかった。


「私も母と同じ構図で描いてもらおうかなと思っていたんですけど、先生はどう思いますか?」

「ううん……そうねぇ。ちょっと上着だけでも脱いでもらっていいかしら」

「わかりました」

少女は服を脱ぎ始めた。すでに絵の中のお母様よりも胸は大きいようだ。

ブラウスの下には、今日のために用意したのだろうか、真新しい白のブラを身に着けていた。

「素敵な下着ね。よく似合ってるわ」

「本当ですか?実は母と一緒に買いに行ったんです」

スカートを脱ぐと、揃いのデザインのショーツを履いていた。

「私もすごく気に入ったんです」

嬉しそうにくるくると回りながらお気に入りの下着姿を見せてくれた。

「背筋がまっすぐね。何か運動とかやっているの?」

「はい。バレエをやっています」

「ああ、だからこんなに姿勢が良いんだわ」

「先生から見ても良いんですか?良かったぁ」

ほっとしたような顔を見せる。

「もちろんよ。背中をよく見たいから、ブラも外してもらっていい?」

「はい、分かりました」

背中を向けてブラを外す。やはり背中がとても美しい。


「一つ提案なんだけど」

「はい、なんですか?」

彼女が振り向くと豊かで張りのある胸が弾む。もうすっかり大人の体だ。

「お母様が斜め正面だから、あなたは斜め後ろからにして、並べた時に向かい合うような構図はどうかしら」

「あ、いいですね!」

「後ろ向きだとお互い顔が見えなくてやりづらいと思うから、あの鏡を使うといいわ」

「ありがとうございます。じゃあさっそく始めましょうか」

彼女はショーツを脱いでスツールに腰掛けた。

「あら、意外と大胆ね。下は履いたままでもよかったんだけど」

「だってお尻の形とかちゃんと見えたほうがいいと思って」

そう言いながら、鏡の角度を確認しながら位置を調整する。

「そのあたりで大丈夫よ、それじゃ始めましょうか」

「はい、お願いします!」

斜め後ろからの構図だと、美しい半球形の乳房とぷっくりした乳首の形を立体的に描ける。

それに豊かに成熟した胸に対して、まだ少し小さいお尻の形もわかる。

まさに今の真理恵さんの姿をキャンバスに残すには最適な構図だ。


「真理恵さんには好きな男の子とかいるのかしら」

しばらく沈黙が続いたので気を紛らわすために話題をふる。

「えーと、実は3年生になってから付き合ってる彼氏がいるんですけど」

「まあ!それは素敵じゃない。どんな子なのか聞いてもいい?」

「はい。同じクラスのサッカー部で、優しくて頼りになる人です」

女の子は好きな人のことを考えているときの顔が一番いい。

「デートではどこに行ったりするの?」

「……そのことなんですけど、この前彼の部屋で遊んだ時に、その、体を求められて」

「嫌だったの?」

「いえ、全然。むしろ嬉しいくらいで」

「なら良かったじゃない」

「でも、私のほうはまだ心の準備ができていなくって」

「そう、初めてだったのね」

「はい。それで彼には悪いんですが、もう少し待ってほしいって言ったんです。でも彼もすごく謝ってきて」

「優しい子みたいね」

「そうなんですよぉ。母に相談したら、私も初めての時はとても不安だったから気持ちは分かるって言ってくれたんです」

母親とセックスの話をできるとは本当に良い親子関係だと思った。

「実は今日着てきた下着も、元はデート用に母が選んでくれたんですよね。ちゃんとした下着だと、そういうこともスムーズに進むよって言われまして」

そう、いわゆる勝負下着というのは、女性にとっては今日は脱がされても大丈夫という覚悟の証。

そして、意中の男性に対しては体を許してもいいというお墨付きを与えるようなものだ。

思えば私も、下着のせいで失敗したことが……いい雰囲気なのに見せられなかったり、下着に幻滅されて萎えさせたり……あったっけ。


「この前のことで彼を傷つけてしまったと思うんで、今度は私から誘ってみようと思うんです」

「いいわね!きっとすごく喜ぶわよ」

「そこで、ちょっと先生に聞きたいんですけど」

「なあに?」

恋の相談ができるほど経験があるわけでもないのだが、ここは年長者にふさわしい回答をしようと身構える。

「男の人にも心の準備みたいなものはあるんですか?」

「ああ、それなら気にすることないわ。あなたたちの年頃ならいつでも戦闘態勢だから」

「えーっ!」

大きな声で笑い合う。

これで緊張もほぐれたのか、以降はスムーズにデッサンが進んだ。


きりのいいところまで描きあげたところで今日はお開き。あとはお母様のお迎えを待つだけだ。

服を着直している彼女を見ながら、彼氏は幸せものだと思った。

「お母様にも言われてると思うけど、避妊にだけは気をつけなさいね」

「はい。彼は優しい人だし、私もちゃんと準備しているので」

そう言いながらバッグを開けて、ファスナー付きの内ポケットに隠すように入れられたコンドームを取り出す。

「立派ねえ、自分から言い出せずに避妊できない子って多いのよ本当に」

「今の子はしっかりしてるんですよ」

真理恵さんはアトリエを動き回ってストレッチをしている。同じポーズを続けて硬くなった体をほぐしたいのだろう。

「先生、見てみて!」

そう言って彼女はY字バランスを決める。フレアスカートがひらりと舞い上がり、スラッとした脚とかわいいショーツが露わになる。

「すごーい!これで彼氏もイチコロね!」

「もう、先生ったら」

アトリエに笑い声が響く。


そうこうしているうちに玄関のベルが鳴った。お母様だ。

「先生、お疲れさまでした。うちの子は何か失礼なことしませんでしたか?」

「いえいえ、とても真面目でしっかりした子ですよ。それに素敵なご家族だということもよくわかりました」

お母様にデッサンを見せる。

「あら、この構図はもしかして……」

「えへへ、お母さんは恥ずかしいから駄目って言ってたけど、見せちゃった」

真理恵さんがいたずらっぽく笑う。

「もう、この子ったら」

「いいでしょー、芸術なんだから。完成したら並べて飾ろうよ」

「まったくもう……」

恥ずかしそうな声を出すが、明らかに嬉しそうな顔をしている。


「それでは、私達は失礼します。来週もお願いしますね」

「ええ、よろしくお願いします。ご主人にもよろしくお伝え下さい」

「先生、またね」


母子を見送り、アトリエに戻って改めて描きかけの絵を見る。

今度来るときには真理恵さんはもうバージンではなくなっているかも知れない。そうしたら今とは雰囲気は変わってしまうだろうか。

いや、それでもいい。一人の女性の成長を1枚の絵の中に閉じ込めることができれば、きっと傑作になるに違いない。

私は彼女の恋が実ることを祈りながら画材を片付け始めた。

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