第五話 黄昏色の空と降り注ぐ轟音

美紅と兼人が別れる約一時間前、ニュースを知らない平野は終礼を終え平野と椿が入る探偵部の部室に足を向かわせていた。

旧図書室で、現探偵部部室。平野が部長を務めるこの部活はもともと椿と二人だけのチーム6の幾つか存在するサークル一つだった。部員は平野含め三名。椿と平野は現役チーム6のメンバーだが一年生の林こと林晴也は一年生唯一のAチームのメンバーとして所属している。中学までサッカー一筋で体力に自信があった林はAチームの選抜が入学式二日後であることを入学式にもらった各部活の載った新入生向け冊子で知り入学二日目で周りがボランティア部員と言った体力自慢の猛者たちが犇めくAチームの選抜に参加し入学早々パスした。そんな林が平野達と出会ったのは四月下旬のチーム6主催の校内並びに学校所有の裏山で行う両部員新入生歓迎演習だった。チーム6に入り自由降下訓練を終えたばかりの平野が自分と同じ新入部員でかつ同じ携帯ゲーム機をしてる林に話しかけたのがきっかけだった。

平野が部室のある四号校舎(主に工業科の教室や職員室がある)五階の部室の扉を持ってる鍵で開けるとそこには、さすが校舎の5階を占めていた旧図書室なだけあってだだっ広い空間に学校の古い倉庫から見つけた大きな円盤状の古い鏡と顧問の伊藤が林の持ち込んだテレビゲーム機をソファーに胡坐をかき家から持ち込んだのであろう、酎ハイ缶片手にプレイしてるのが目に入ってきた。

この24歳の新任で探偵部顧問になった工業科の数学教師、伊藤こと伊藤由美は部室の場所が全くと言っていいほど人が寄らないのを良い事に終業時間に満たない時間帯から〈それも酷い時は信じられない事に昼休みの時間中に一人入り込み〉飲酒をしてる懲戒解雇処分不可避の行為を平気でするいわば不良教師だった。どこの顧問にも属していないという理由で急遽任命されただけにあまりやる気がなく顧問を始めた当初から酒を持ちこみ平野達も最初のうちは困惑したもののゲーム機器の持ち込みや事の発覚を防ぐ為部員しか入れないように無断で部室の鍵を交換すると言ったまた別の問題行為を容認するに連れいつの間にか4人は打ち解けいつもの光景と化し何も感じなくなってしまった。

そんな平野が入ってきたことに伊藤は目もくれずゲームをする一方、別のゲーム機をプレイする林は平野が部室に入るのに気付いた。

「あっ先輩どもお疲れ様です。一昨日かぐやちゃんが買ってきた例の新作オンラインもできてサクサクできるので楽しいすよー」

「あーそれね。それちょうど昨日買えてプレイしてるところ。貸し出してる当たりどうせかぐや軽く二徹ぐらいして全クリしたでしょ」

「んー惜しい、先輩。二徹はしてないけど一徹の20時間ぐらいすねー」

「あ、まじで?あのゲームそんな早くクリアできんかよ・・」

多少困惑気味に言う平野に対して林も確かにとうなずいていた。

そんな他愛無い会話のさなか先ほど平野が入ってきた部室の鍵が開き、椿が入ってきた。

「椿先輩お疲れーす」

「うん、お疲れ。あ、由美ちゃん珍しくもういるんだ」

ここ数日みんなが帰る直前と言った、遅い時間に来ていた伊藤が珍しく早い時間に来てることに、すこし驚いてそう言うと伊藤は手を止め

「うん、工業科ここ数日いろいろバタついててねー。今日はなんか早くやること終わったしお酒片手に早く来ちゃった」

「そうなんだ、なんか由美ちゃんってさーお酒以外飲んでるの見たことないぐらい、いつもおいしそうに飲んでるね。なんかダメだけど一口貰って飲みたくなっちゃう」

「えへへ、じゃあ椿ちゃんも飲んじゃう?顧問の仕事も無いし職場で飲酒とか背徳感と言いドキドキ感が癖になっちゃうよ」

じゃあ頂きますと言わんばかりに、椿は伊藤から少し水滴が滴る飲みかけの缶酎ハイを受け取り一口ごくりと飲み冷蔵庫から缶酎ハイを取り伊藤の隣にすわると乾杯をした。

「なんか、明らかにやばいもの見ちゃいましたけど、俺たちも酔わない方で乾杯します?」

「うん、そうしよっか。なんか甘いもの飲みたくなってきたしね」

二人の乾杯を見た平野と林もつられてか冷蔵庫から、コーラ二本を手に取ると二人の輪に混ざり4人で再度乾杯した。

「そういえばだけどみんなさ、昨日殺人事件あったじゃん。朝通勤する時に知ってびっくりしたけど、みんなも帰り道気を付けてねー」

「おーありがとうございます、でも俺たちなら大丈夫すよー。先生こそ夜道気を付けてください」

「ありがとー林君。夜気を付けて帰るわー。よかったら林君もいかが?」

満面の笑みで伊藤は林にも缶酎ハイを差し出すが、林はさすがに部室で酒を飲むのはまずいと思い大丈夫ですと少し苦笑い気味に断った。その時林はふとあることに気づいた。

「あれ、先生気のせいかさっきからヘリのホバリング音ずっと聞こえません?」

「酔ってるせいか全然気づかなかったけど、言われて見れば確かに聞こえるね。二人は気づいた?」

「私も今気づいたかも。うちの学校の窓、断熱性と耐久性重視の防弾ガラスみたいな厚めのガラスなのにはっきり聞こえるあたりこの音結構低空でホバリングしてない?平野は気づいてた?」

「俺もなんか聞こえるなぐらいには思ってたけど、言われて見ればはっきり聞こえる。なんか嫌なことが起きてるような・・」

探偵部の部室の窓からこそ音の主は、間取りの関係で見えなかったがグラウンドと言った校舎外で活動する部活に入ってる生徒や帰宅する為外に出た生徒は白と赤で塗装された報道ヘリが校舎の上をホバリングしているのを目にしていた。

そのヘリを目撃した生徒の中にはたまたま夜間の演習の為高い塀で囲まれ外部からは隔絶された旧大和中学校グラウンドで演習の為装備を点検し終え最後の準備を行っていた、何も知らないチーム6の尾崎恵やそのほか部員もわずかながら薄暗い空を轟音と共に赤と緑の衝突防止灯を点灯させながら飛行する報道ヘリを目にした。

「あのテールローターは形からしてイタリアのアグスタA109、赤と白のペイントからして警察では無く民間機。報道ヘリか?しかし一体なぜ、、」

とあるチーム6の3年部員が空を見上げて言った。

並みの教師ですら知ることができない警備状況に校内、外での防衛や秘密作戦と言った機密度の高い情報にアクセスができるチーム6に所属する部員ですら、自分たちの耳に何も入ってきていない事に何かただ事ではない事が起き始めている。朝の事件の件だろうか。それはまだわからない。ただそこにいたメンバーは皆何か起きてることに瞬時に悟った。

話は戻る。

平野達がヘリの音に気付いた数分後突然平野の携帯が鳴った。

「んーなんか携帯鳴っている。誰だこんな時にー」

そう呟きながら携帯ポケットから携帯電話を取り出し電話の主を見るとそれは、かぐやからの電話だった。

「おっ、かぐやからだ。普段はやり取りいつもメールなのに電話なんて珍しい」

「へーかぐやちゃんから電話って確かに珍しいっすね。電話番号教えてるのに一回もかかって来た事無いっす」

「でしょ?でも何だろうこの時間に」

そう言うと携帯を耳につけた。

「学校お疲れ様。ねえ裕二君と晴也君が通ってる高校って名前、大和高校であってる?」

「あってるけど突然どうしたの?」

「えっとね、今裕二君の家でテレビ見てたら大和高校の校門前がテレビで中継されてるけど学校はもう出たのかなって」

「ああ、そういうことか。で、なんで中継してるの?」

「なんかテロップには被害者が大和高校の生徒で~って書いてるけど、これ今朝ニュースでやってたやつ?」

「と、とりあえずかけなおす!」

そう電話で言うと平野は慌てて電話を切った。

「先輩どーしたんすか?」

「今朝の殺人事件の被害者がうちの学校の生徒だったっぽくて報道陣が集まってるって!」

「マジっすか、ってことはさっきのヘリの音って・・」

「気になるなら野次馬でもして来たら?多分しばらくしたら緊急の職員会議で生徒は追い出されるし今のうちだと思うよ」

気だるそうにそう言うと何もなかったかのようにゲームを再開していた。

「どうします?見に行きたいっちゃ見に行きたいけど報道陣が増えたら俺たち追い出されても帰れなくなるし今のうち帰れなくなるんじゃ・・椿先輩は?」

「うーん私も見に言ってみたい気はあるし付いて行こうかな。」

そう言うと椿と林は平野の方を見た。

あまりテレビとかに映りたく無く見に行くのを渋っていたが、二人から感じる無言の圧のような何かを感じ

「んーじゃあ俺も行くよ」

と折れてしまった。

「ってな訳でじゃあ先生、ちょっと見に行ってきますね」

「はーい、行ってらっしゃい」

伊藤はゲームしながらそう言い、三人は探偵部の部室を後にした。

部室を出ると夕暮れで薄暗くガランと静まり返った踊り場が目の前に広がり、薄暗い空を映しだす窓をよそに静まり返った校舎を三人は階段を下り駆け抜けていく。

階段を教室がある三階まで降りると平野達と同様報道陣を見に玄関に向かう生徒が、何人も生徒玄関に向かって慌ただしく小走りで降りて行くのが目に入った。

全校生徒が使う生徒玄関口には物珍しさに校門の報道陣を見ようと外に出ようとする生徒が入り乱れていた。

平野達も入り乱れる生徒をかき分け校舎をでると校門からは照明の白い光が平野達を照らし、校門横の学校と外の敷地を隔てるフェンスを見るとその向こうには中継車だろうかアンテナのような物が取り付けてある大きな車両がうっすらと目に入り光の向こうにはうっすらとだがカメラを担ぐ人間とそれを対になすようにマイクを持ち早口で喋ってるリポーターがわずかながら目に入った。

そして報道陣のいるその真上、夕暮れ特有の黄昏色に染まった薄暗い空を報道用の回転翼機がバラバラとホバリングする轟音は平野達に容赦なく降り注ぎ赤や緑の衝突防止灯を光らせた。

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