閑話 家令と傅役
・Side
私の名は、コーフカトゥナル・ザス・グゥトンドゥレック。領主貴族であるクヴァファルーク家の家令だ。
我がグゥトンドゥレック家は代々、クヴァファルーク家の家令を務めている家である。遡るとクヴァファルーク家の初代当主の頃から、我が家の当主は家令を務める譜代の家臣だ。
現在、クヴァファルーク家は非常にマズい状態にある。
現当主であるナキルダンマァ様が領主として統治に無関心になってしまったのだ。御当主様が無気力になられてしまった原因は、奥方様が産後の肥立ちが悪くて亡くなられてしまったである。
そして、奥方様が亡くなられた悲しみに対する憤りは、産まれた御子息に向けられてしまっていた。奥方様が存命の間に、王家に対して御子息を世子とする届けを出していたので、御当主様が怒りに任せて御子息を世子にしないという愚かな出来事にはならずに済んだ。
一度、王家から承認を得てしまったからには、世子の変更は容易では無い。変更する妥当な候補者を挙げなければならないからだ。
若様の次に継承権を有するのは、御当主様の長弟の弟君だが、御当主様との関係は非常に悪い。互いに憎悪し合っているほどだ。そのため、御当主様も世子の変更は出来ずにいる。
長弟の弟君は、一言で言うならば、人間のクズである。あまりにも人間性に問題があるため、マトモだった頃の御当主様とは折り合いが悪かった。
先代の御当主様からもよく思われていなかったため、現御当主様が世子時代に本来ならスペアである次男でありながら、留学の名目で王都に送られている。それから、一度も戻られたことは無いが、戻られても困るがな。
御当主様は奥方様が亡くなられた悲しみで酒に溺れ、暴飲暴食に走り、正常な判断が困難になってしまっており、統治が困難になってしまったため、無駄に野心のある者たちが水面下で蠢き始めていた。
家臣たちならば、家臣を統制する家令の私が抑え込むことが出来るが、問題は分家の方たちだ。自身が主家の分家であることから、家臣筆頭の私でも強く物申せないのを良いことに、好き勝手振る舞う者たちが現れる様になった。
本来なら、分家を取り纏めるべき筆頭分家のザナルハナヴェルツ家が、好き勝手に振る舞い始めているので、分家連中が言うことを聞く訳が無い。
クヴァファルーク領の統治に協力的な分家も数少なく、その殆どが分家の中でも有力では無い家や末流ばかりである。
最早、クヴァファルーク領の先行きは不穏なものとなっていた。唯一の救いと言えば、世子の若様が聡明なことだろう。
若様は3歳にして、文字を学ばれることを所望され、短い期間で文字を覚えられた。それも、魔法を覚えるため魔導書を読みたいからだとのことだが、魔法は貴族を貴族足らしめるものであるので、魔法に強い関心を抱かれているのは好ましいのとである。
そんな若様に、私も何度かお会いしたことがあるが、期待するに値する御方であった。そのため、私の跡を継ぐ可能性が低く、息子たちの中で一番出来の良い三男のサヴァルを若様の従僕としたのだ。
こうして、私は若様を支持し後ろ盾となったことを家中に示したのである。
そして、私の目の前には、クヴァファルーク家の分家の当主であるフワイダ・ザス・ユクピテ殿がいる。
ユクピテ卿は分家の中では有力では無く、クヴァファルーク領の統治に協力的な分家当主だ。奥方が若様の乳母であるため、乳母夫として若様の傅役となっている。
御当主様がまだマトモだった頃は側近としてお仕えしていた。奥方が若様の乳母に任じられたのも、同時期に子供を授かったユクピテ卿ならば信頼出来るからである。
そんなユクピテ卿が私を訪ねて来るということは、若様に関することであろう。
「ユクピテ卿、本日はどの様な御用件ですかな?」
ユクピテ卿は私のもとを訪ねて来てから、複雑な表情を浮かべている。本日は若様の魔法適性検査を行うと報告を受けていたが、良くない結果が出たのであろうか?
まだ3歳なので、結果は確定では無いはずだが、魔力が無いなどと言う最悪な結果でも出たのか……?
「家令殿、若様の魔力適性検査の結果なのだが……。若様は基本属性の全てに適性があった……」
「はっ……?」
ユクピテ卿の言葉に、私は思わず間抜けな返事をしてしまった。若様が基本属性の全てに適性があるだと……?
3歳で全ての適性があるなど聞いたことが無いわ……。あったとしても、どこの貴族家も言わないだろうから、そう言った事例はあるかもしれない。魔法貴族家ならば特にな…。
「偽りでは無い!若様は全ての属性の生活魔法を使えた。それに、私が若様に魔力を通したところ、大人と同等以上の魔力があった……。私では大きな魔力が、どれ程かは測ることは出来なかったが……」
ユクピテ卿の言では、全ての生活魔法が使えたらしい。しかも、ユクピテ卿が若様に魔力を通したところ、大人と同等以上の魔力があったとか……。そんなこと、聞いたことも無い……。あったとしても秘匿されているのだろうが……。
ユクピテ卿が若様の魔力を測れないなら、クヴァファルーク領で測れる者はいないだろう。ユクピテ卿は魔法においても武芸においても、クヴァファルーク領で有数の人物だ。
私も魔法には自身があるつもりだが、私が若様の魔力を測っても、ユクピテ卿と同程度しか測れまい。
クヴァファルーク領は辺境にあるため、家臣たちの質も高い訳では無い。優れた人物が仕官に訪れることも無く、魔法に秀でた魔法貴族を召し抱えることさえ出来ない。
一応は、魔法の指南役とする分家もいるが、堕落しきっており、私やユクピテ卿の方が魔法は上手いのだ。
「ユクピテ卿、このことは広めておるまいな……?」
「当然だ!部下たちにも口止めをしておる。家令殿の御子息にもな」
流石はユクピテ卿、部下たちに箝口令を敷いてくれた様だ。故に我が息子を任せるに足る人物だと改めて感心する。
ユクピテ卿は若様の傅役である故、若様のことをしっかりと考えてくれている様で安心した。
若様が3歳にして魔法の才能があると知られれば、分家連中は暗殺しようとするかもしれないし、魔法貴族などは誘拐を企てるやもしれぬ。
危険なのは魔法貴族だ。奴等は何を考えているか分からぬし、実際に魔法の才能のある貴族の子弟を誘拐し、無理やり養子にしようとしたり、弟子にしようとした事例は掃いて捨てるほどある。
若様に魔法の才能があることは秘匿しなければならぬ。
「ユクピテ卿、このことは我等だけの秘密にせねばなるまい。広く知られれば、災いを招くだけだぞ」
「分かっておる。そのため、家令殿に知らせに来たのだ」
その後、私はユクピテ卿と若様の今後について話し合った。魔法の勉強はしてもらいつつも、あまり目立たない様にやってもらう必要がある。
また、警護の家臣を増やすこととなった。口が固く、腕の立つものを選抜する必要がある様だ。
息子のサヴァルにも良く言い含めて、若様に奉公する様に諭さねばならぬ。四男を新たに付けるのも考えておいた方が良いかもしれぬな。
ユクピテ卿から報告を受け、私の仕事は増えることとなったが、若様に魔法の才能があることが分かり、クヴァファルーク家の将来に明るい兆しが見え始めることとなった。
私はクヴァファルーク家のため、我が家のため、若様が当主になられることに尽力することを改めて誓ったのであった。
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